第三話 お化けごとぶっ飛ばすよね


「あれは、相当まいってんな」


 ブレットとセドリックが帰った後、ジークが疲れた様に零す。ハルシエはもちろんソファに寝転がった。

 普段何があっても決して弱った顔を見せなかったセドリックが、ハルシエの言葉で涙していた。

 毎日どれだけ気を張っているのか。想像にかたくない。

 ハルシエは最初からセドリックがやつれているのを見抜いていたらしい。心安らぐ効果の魔法を紅茶に注いでいた様だ。しばらくは安眠できることを祈る。


「多分、説明してくれた以上に厳しい空気なんだろうね。根本がわからないんだから、誰が犯人かもわからない。お化けを相手している様なものでしょ」

「お前は関係ないお化けごとぶっ飛ばすけどな」

「ジークもでしょ。でも、万年二位も学年トップも、僕達よりお人好しだから出来ないんだよ」


 確かに、ジークやハルシエなら犯人でなくとも自分達を――否、相手を悪く言う輩は全員微塵みじんにする。口にした時点で同罪だ。それは国が相手でもだ。

 しかし、ブレットもセドリックも、陰口を叩く彼らは踊らされている被害者だと看做みなす傾向がある。

 事実、彼らの要望は、犯人を明らかにして理由を問いただし、周囲の誤解を解きたいというものだった。

 結婚という晴れ舞台を控えていることもある。あまり禍根かこんを残したくないのだろう。恐らくそれは、両家の当主も同じだ。


 それでも、犯人の事情次第ではきっちり鉄槌を下す。


 その対象が犯人のみ、というのはジークにしてみれば甘い。

 だが、悪口を言う者全員を処罰すると伯爵家としては後々辛くなる。むしろ、堂々と冤罪を突き付け、相手に罪悪感を抱かせる方に重きを置こうとしているのだ。


「回りくどいけど、まあ、貴族らしいよなー」

「僕なら全部潰すけど」

「騎士団、ほぼ壊滅じゃねえか」

「ジークも構わないでしょ?」

「ああ、もちろんだ」


 父が泣くかもしれないが、とがめはしないだろう。何せこちらに『相談』として来たのだ。長引けばその可能性は視野に入れていたはず。

 それに、誹謗中傷程度では、現状団長は注意喚起することしか手を打てない。

 貴族の世界では、誹謗中傷など日常茶飯事。事件に発展しなければ周りも動けないし、家の力である程度コントロールしてこそという風潮がある。

 むしろ言いたい放題で増長させてしまうのは、家に力が無いと看做みなされるのだ。如何いかに周りを味方に付けられるかを含めて推し量られる。

 故に、騎士団もジーク達に相談が来た時点で万々歳だろう。つくづくややこしい世界だ。


「僕の父上も、問題が長引けばこっちに来るって予想してただろうしね」

「じゃあ、遠慮はいらないな」

「全部潰そうね。面倒だし」

「おう。――に、お仕置きは必須だよな」


 あの二人に累が及ばない様に考えるか。

 ジークは考えながら、ソファに沈み込んだ。

 先ほどまでの平和なぐうたらがすでに恋しい。友人が不当におとしめられていると知ると、何となく気持ちが重くなる。

 比重がほぼハルシエにかたよっているとはいえ、ジークにとっては数少ない友人だ。弱った姿を見せられたら、気持ちの良いものではない。


「でも、珍しいよね」

「何がだよ」

「ジークが気付かないなんて。あの、……前にあの二人と一緒に会った、……、……尻軽カツラ男の裏事情は把握してたのに」


 ハルシエが物凄く記憶を振り絞って思い出してきた。

 ブレットやセドリックと一緒に会った尻軽カツラ男とは、コーニー侯爵のことか。ハルシエは本当に名前も爵位も覚えない。



「ハルシエ以外については興味無いからな。裏を調べるのは、お前の敵だけだ」

「僕は、その場で叩き潰すから調べないけど。ちゃんと潰すからね」

「さすがは俺のゆいいつハルシエ。頼もしいぜ」

「僕の騎士様ジークも頼もしいよ。あのカツラ男、どうせ没落したんでしょ」

「ああ。『匿名』で告発があったらしいからなー。その後に興味はねえだろ?」

「うん」



 ジークもわざわざハルシエに伝えるつもりはない。大切な唯一ハルシエを表立って穢そうとした者は、どうせ二度と関わらなくなるのだから。


「しっかし、モデルフィクション本を持ってた奴は、本を処分したって言ってたらしいが……、まあ十中八九嘘だろうな」

「そうだね。怖いもの見たさで読んで、予想以上に危険だと感じて処分した人も少しはいるかもだけど」

「いざって時に、……その本をネタにって考えそうな奴らは一定数いるよなあ」


 むしろ、貴族の弱みをそう簡単に手放しはしないだろう。

 証拠が無いから家宅捜索は出来ないが、事件解決時にはきっちり残らず手に入れて廃棄しなければならない。手間が酷い。


「……今回は、俺達の平和をあまり邪魔するなっていう部下達への徹底した教育があだになったな」

「そうだね。僕としては平和が一番なんだけど。……僕が学院にいた間も、ジークって結構騎士団での仕事免除されてたんだよね?」

「ああ。お前に食べさせるの優先しろって、父が団長命令くれてな。……最低二ヶ月に一回は、部下達に地獄の特訓する条件は付いたけどよ」

「じゃあ、今とそう変わらないんだね」

「まあ、お前の護衛になる前の方が、長い時間団にいたけどな、……。……なるほど。確かに取りつくろうのは楽だったかもな」


 しかも、事前に訪れる日程も伝えてある。心構えがしやすかっただろう。悪知恵が働く者どもだ。


「……さて、どう動くかね」

「大丈夫。観察魔と自称弟子に動いてもらう」

「そうだな。明日来るらしいから、何か知ってるか聞くか。……その次の日、お前も一緒に騎士団来てもらっていいか?」

「いいよ」


 即答だ。出不精なハルシエとしては珍しい。一人で行けと言わないあたり、ハルシエも思うところがある様だ。


 ――何だか疲れたな。


 自分達への悪意には容赦なく処理出来るが、友人のとなるとそうはいかない。

 ジーク達はいつでも貴族社会を捨てて良いと決めているが、彼らは違う。これからもその世界で生きていくのだから、一定の規律は守らなければならない。

 簡単に、彼らを取り巻く悪意を排除出来たら良かったのに。

 セドリックのこらえた涙がどうにも脳裏から離れない。



「ジーク。おなかすいた」

「――」



 ハルシエの要望に、ジークは引き戻される。


「……お前、さっきまでフレンチトーストたらふく食ってたじゃねえか」

「おなかすいた」

「……。何をご所望だ?」

「チーズとソーセージとポテト」

「……ジャーマンポテトか」

「美味しい」

「まだ食ってねえ」

「美味しい」

「はいはい」


 ぽんぽんとハルシエの頭を撫でれば、んむ、と目を閉じる。

 そのまま立ち上がったら、くん、とそでを引かれた。ハルシエがじっと真っ直ぐに見上げてくる。

 澄み渡る深い夜の瞳に貫かれていく。胸の奥の何かが暴かれ、あふれそうになる。

 だから、何となく座り込んだ。ソファに寝転がったハルシエと目線が近くなる。



「ジーク」

「おう」

騎士様きみには唯一ぼくが付いてるってこと、忘れないで」

「――」



 ぽんぽん、とハルシエがジークの頭を撫でてくる。さっきと逆だ。珍しい。

 思ったよりも、まいっているのかもしれない。ハルシエの手付きが穏やかで心地良かった。


「そうだな」

「うん」

唯一おまえには騎士様おれが付いてるしな」

「うん」

「早くぐうたらするために、少し動くか」

「僕はぐうたらするけどね」

「そうだな」


 ぐうたらしたまま動く。それがハルシエだ。

 そんなハルシエがいるから、ジークはいつも幸せをたっぷり感じられる。

 それだけは、誰にも邪魔させない。


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