第二話 面倒だけど面倒じゃないよ


 ハルシエの問いに、ブレットとセドリックはどちらともしばらく口を開かなかった。

 恐らく、ここに来るまでも迷ったのかもしれない。

 それでも来たのならば、相当困っているということだ。


「……すまない。どうしてもオレ達だけでは片付けられなくてな。力を貸して欲しい」


 二人がそろって頭を下げて懇願してくる。ジークの眉根が寄った。

 時々騎士団に顔を出しているのに、気付かなかった。とことんジークはハルシエしか見ていない。痛感する。


「何があったんだ?」

「……前に、お前達が本屋に行く前に会ったことを覚えているか?」


 確か、カロリナの事件を追っている時だ。二ヶ月も前になる。


「その直後あたりから、嫌な噂が広まってな。主にセドリックの方なんだが」

「セドリックの?」


 悪意ある噂となると、精神的に消耗する。

 だが、彼らも伯爵家だ。それなりに対処法も心得ているし、あることないことをささやかれるのは貴族の世界では日常茶飯事だ。度が過ぎているということだろうか。


「……ハルシエ。騎士団にいるスティーブを覚えていますか」


 セドリックの問いかけに、ハルシエがぱちっと瞬き。



「薄幸美人」



 淡泊に告げた。相変わらずあだ名で呼ぶ。

 だが、確かにジークから見ても儚げな美人ではある。燃える様な赤い髪をしながらも、月の光に照らされた姿は溶けて消えてしまいそうだと誰も彼もがささやき、学院時代は男女問わず惚れる者が多かった。気がする。興味が無かったのでよく覚えていない。

 そんな彼だが、騎士としては腕が立つ。ギャップがまた心をくすぐるのだろう。



「……そういや、セドリックに惚れてた奴だったか?」

「ええ。最近、彼について噂が広まっているんです。……私が、彼を手酷くもてあそんで捨てた。気を持たせるだけ持たせて、都合良く利用してからブレットに乗り換えた、と」

「はあっ?」



 とんでもない言いがかりだ。

 確か学院時代に告白を受けて、きちんとお断りしたとセドリックが話してくれたことがある。その後、相手の方の気持ちの整理が付いて友人付き合いをしているとも。


「何だ? 二人が婚約して再燃したのか?」

「いえ。実を言うと、スティーブはそんなことはない、ありえない、と否定している方なんです」

「火消しをしようと動いてくれているのだが、広がる方が早くてな。俺達も、噂をしている人がいたら誤解だと伝えて欲しいと言っているんだが、根本がわからないのだ」


 ブレットがほとほと困り果てた様に溜息を吐く。セドリックも額に手を当ててうつむいた。


「付き合いの深い仲間は信じてくれているのですが。……私は、友人以外には無愛想に見える人間らしくて。騎士団の中でもかなり遠巻きにされる様になってしまったんです」

「はあ? 何だそれ。……てか、俺が騎士団に顔を出した時は、そういう空気は無かったよな?」

「それはお前がいるからだろう」


 ブレットに断言され、ジークは首をかしげる。ジークがいようと、空気が微妙なら感付きそうなものだ。



「ジークはそういうくだらない話、嫌いでしょ」



 心を読む様なタイミングでハルシエが答えてくれる。

 嘘だろ、と思ったが、納得もした。


「俺達とお前は友人だし、副団長のお前がいる前ではみなもボロは出さん。お前がいる時間は短いし、前触れもあるからな。ごまかせるのだ」

「……言ってくれよ。てか、団長ちちも気付いてるだろ? どうしてるんだ」

「団長も調査はしてくれているのだが、判然としないらしい。……が、どうやら最近出版された本が、噂を更に拡散するキッカケになったらしいのだ」

「本?」


 嫌な予感がした。

 そして、ジークの嫌な予感は嫌なくらい当たる。



「作者不明で、スティーブのモデルフィクション本が出回っている。恋焦がれるセドリックに虐げられ、乱暴され、奴隷の様な扱いを受け、殊更ことさらにスティーブの負った傷の悲劇を書き連ねたものらしい」



 あくどい手法を取ったな。

 それがジークの感想だ。モデルフィクションはあくまでフィクションだが、事実も織り交ぜて書いた物語だ。実利が絡んでいる以上、それを真実と捉える者も出てくる。


「ハルシエ」

「僕の元には無いよ。見かけたこともない」

「そうなのか?」

「私達も情報をもらって書店を探し回ったのですが、見つかりませんでした。ですが、今でも持つ人が増えているそうで。……聞いたら、みんな処分したと言っていますが」

「いや、そいつらはどこで買ったんだよ」

「不定期にもよおされる市場で見かけたという人もいれば、ある日献上品という形で届いた、という人もいます」

「スティーブは人気があるからな。買う人も含め、怪しいと思っても読む人が多かったようなのだ」


 疲れた様に溜息を吐く二人の顔は、少し白い。まいっているのだと思い至って、ジークも怒りが込み上げてくる。


「だけどモデルフィクションって、人をおとしめる内容は禁止のはずだろ? 発行禁止にすべきじゃないのか」

「多分、正式な出版じゃないよ」

「は?」

「誰かが勝手に書いて、勝手に売って、勝手に人の家に配ってる。誰も見てないんじゃない? 売ったり贈って来た人の顔」


 ハルシエの指摘に、二人が揃って項垂うなだれる。

 かなりややこしいことになっている。ジークは天井を仰ぎたくなった。


「薄幸美人も、書くのは許可してないって言ってるんじゃない?」

「その通りです……。実際、自分は持っていないと言っています」

「……オレは正直、自作自演の可能性もあるんじゃないかと少し疑ったんだがなあ」

「私は、信じたいんです。……振られた相手に対して、気持ちの整理を付けてから友人として接する。それは、とても凄いことだと思います。私なら……恐らく耐えられません」


 辛そうに目を伏せるセドリックの手を、ブレットがぎゅっと握り締める。少しだけ寄りかかる様な素振りを見せるセドリックに、二人の支え合う姿を見た。


「私は、無愛想らしいですし」

「僕もです」

「近寄りがたい雰囲気も持っているようですし」

「僕もです」

「だから、遠巻きにしてくる人が多くて」

「僕もです」

「ハルシエー。ちょっと黙ろうなー」


 むごっと、ハルシエの口をジークは塞ぐ。むぐっと頷くハルシエは素直だ。

 そんなジーク達の様子に、セドリックがふっと笑った。ここに来て久しぶりに見た彼らしい笑顔だ。



「だから、こんな風に私と気軽に話してくれる人はとても貴重な存在なんです。貴方達も含めて、感謝しています」



 セドリックは確かに目が少し鋭いせいか、一見すると冷徹で近寄りがたい様に見えるだろう。

 だが、話してみると案外気さくだし、お人好しな部分も目立つ。少しツンデレではあるが、とても心優しい。ジークよりも騎士らしい騎士だ。


「ジークは僕の騎士様だからね」

「まあ、俺はお前最優先だからな」

「相変わらずラブラブだな、お前達は!」

「ええ。私達も負けていられませんね」


 顔を見合わせて微笑む彼らは、とても幸せそうだ。

 そんな彼らの仲を引き裂く様なことは断じて許せない。


「わかった。こっちでも調べておく」

「助かる! ……お前達に面倒をかけたくはなかったのだが、すまん」

「どうせ相談に来るなら、最初から素直に来れば良かったんじゃない」

「ぐう……」

「相談ごとは面倒だけど、君達なら面倒じゃないよ」

「――」

「面倒だけどね」

「どっちだよ」


 ジークのツッコミに、どっちもと答えるハルシエ。

 そんな二人のやり取りにブレットは笑い、セドリックも笑いながら目を伏せる。

 伏せた目がひどくうるんでいたことに、ジークは気付かないフリをした。


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