第四話 前払いが多すぎるよね


「ハルシエ様、そのままで! その、うれいを帯びた眼差しで天井を見上げている姿、とても素敵です! 良い! 良すぎます! ――このものぐさながらも気だるげな愁いを艶やかにかもし出すそのお姿こそが、何故か吸い込まれる様に人目を惹きつける! どうしても目を離せない! ……もうすでに他人のものだというのに惹かれずにはいられない、この手に抱きたい、触れたい、振り向かせたい! いっそ奪ってしまおうか! そんなワンシーンを描かせていただきたいのです!」


 あれは、ただ遠い目になっているだけだろうな。


 ソファに寝転がってぼうっとするハルシエを、熱心に熱烈に熱望して模写するカロリナに、ジークは笑うしかない。半笑いだ。


「もちろん、ジークリート殿がこてんぱんにして社会から抹殺しますから! 安心してください!」

「ハルシエもやるぞ、それ」

「大丈夫です! ハルシエ様は、ジークリート殿を狙うけしからん輩の方を魂も残さずに叩き潰します!」


 過激だな。


 本人であるジーク達に会った影響なのか、カロリナの二人への印象は過激に振り切った様だ。確かに、カロリナを狙った黒幕を片付けた顛末てんまつを聞けば、そうなるかもしれない。ハルシエもジークも、敵に容赦はしないからだ。

 しかし、今まで書かれた物語から、その方向性は大丈夫なのだろうか。



「大丈夫だよ。巻を重ねるごとに、ライバルの消し飛ばし方が僕達に近くなってるから」



 心を読んだ様なタイミングで、ハルシエが太鼓判を押す。処分の仕方に不満は無いらしい。

 読んでもいないのにジーク達のBL本に詳しくなっていく。解せない。


「師匠、凄いです……! この、ホットケーキの黄金比率……! ふわっふわな感触が見るだけで伝わってくる上に、立ち上ってくる匂いが、もう、もう、とても優しい甘さに満ちあふれています! この優しい甘さは、ハルシエ様限定、師匠の愛! これぞ、今までに見たことがないホットケーキです!」

「いや、普通にどこででも見るホットケーキだぞ」

「何を仰います! 師匠のホットケーキは世界一です! 師匠のホットケーキが普通だと言うのなら、この世の全てのホットケーキは普通です!」


 こっちはこっちで、別の意味で振り切ったな。


 高速でメモを取り、様々な角度から写真を撮るライナスに、ジークは遠い目をするしかない。

 前にさつまいもの肉巻きを食べて以来、彼はジークの料理に惚れ込んでくれたらしく、こうして料理を習いにくる。

 師匠などと言われるほど大層なものは作っていないのだが、何を言っても師匠呼びが止まらないので好きにさせた。面倒になった。ライナスは人の話を聞かない猪突猛進で元気な人間だ。


「ふふ。ライナスのホットケーキ、楽しみにしているね」

「もちろん! 師匠直伝ホットケーキ、今度の差し入れに持っていくからね! 世界二位の味を目指すから!」

「凄い! 私も世界二位のお二人の本を書き上げなきゃ!」

「……ちなみに、何で世界二位なんだ?」

「もちろん、世界一位は本物のお二人だからですよ!」


 ぐっと拳を握って力説するカロリナに、ジークは全てを諦めた。この二人はどこまでもこの二人である。似た者同士だ。お似合いだ。


「……お前達も、来年結婚だって言ってたよな」

「はい! 夏に式を挙げる予定です! お二人をお呼びすることが出来ないのは残念ですが、こうしてお祝いを毎回頂いているようなものなので、恐縮です!」

「全然恐縮してないよな」

「……すごい数の前祝いを支払っている気分」

「何を仰います! 僕達二人は、ハルシエ様と師匠のためなら、いつでもどこでもお役に立ってみせますよ! あ、つまり、これは出世払いですね!」


 結局は前払いだよな。


 ライナスのこの図太さは、天性のものだ。ハルシエをぐったりさせる天才でもある。

 しかし、これで友好関係は広く、目上からも可愛がられているのだ。懐に入りやすいその性格は、世の中を渡り歩いて行くには強力な武器でもある。



「……。も、ということは、やっぱり昨日のお二人のこと、でしょうか」



 不意に、ライナスが静かに尋ねてきた。ホットケーキをジークがソファに運んでくるのを見届けてからの切り出し方で、タイミングが良い。


「お前達、ブレットとセドリックについて何か知ってんのか?」

「えっと……実は私達、昨日はお二人に話した方が良いんじゃないかと思ってお伺いしようとしていたんです。でも、偶然ご本人達にお会いしましたので、下がらせていただきました」


 カロリナの遠慮がちな言い方に、ジークは想像以上に重い事態になっていると再認識する。

 ぐったりしていたハルシエはジークの膝を枕にしてホットケーキを頬張ほおばっている。時々ジークの口にも運んでくれた。美味く出来ていると自画自賛する。


「最初は、よくある……よくあるのも嫌ですけど、誹謗中傷だったようです。僕も全く自分の悪口を聞かないわけではないですし、……聞く限りちょっと度は過ぎているな、とは思いましたけど」

「時期は?」

「サリヤ様から聞いたのが半月前です」

「半月前? 確かか?」

「はい。文官は防衛や視察など、様々な政策で騎士団と連携は取りますが、そういう調整はサリヤ様が行うので。僕はあまり接点が無いんです」

「父も、王宮でそういう噂が流れ始めたのは最近だと言っていました。どちらかと言うと、騎士団内が酷かったみたいですね。騎士団長や私の父……文官とはいえ上司がいる前では、そういう素振りを見せない様にしていたみたいなんです」


 だから、気付くのが遅れた。


 そう考えると、相手はかなりいやらしい戦法をっていることになる。

 しかも、周囲が連携してとなると計画的だ。やはり潰すしかない。


「実は、私は出版社の立ち上げで忙しくて……情報収集がおろそかになってしまっていたんです。城下のごくごく一部の平民達の間でも噂になっているみたいだと、支援している作家さんが話してくれました」

「城下……。平民達の間でもかよ」

「僕達、くだらない話したら殺されると思われてるもんね」

「それでもちょっと出不精でぶしょう過ぎたな……」


 とはいえ、ジークが買い物に出かけた時にそういう怪しい動きは察知出来なかった。

 噂をする場所も選んでいるということだろうか。そうだとしたら、益々ますます計画的だ。


「観察魔は、あの二人の小説もシリーズで書いてるよね」

「はい! ハルシエ様とジークリート殿の次に人気の作品なんです。一冊目も入念にご家族やご友人から取材したり、お二人を密かに観察して書かせていただきましたけど、二冊目からはご本人に取材をさせてもらっています! 理解度はばっちりのはず! です!」


 観察魔はどこまでも観察魔だった。

 まさか、二人を書くのに物陰から観察しているとは。

 ジーク達の時はどうだったのだろうと少し不安を抱く。変な視線は感じなかった。はずだ。


「あの二人の小説は、結構解像度が高いよね。一冊目の二人の、最初から実はお互い気になってたってやつ。あれ、とても良かったよ」

「ありがとうございます! ほ、褒められました……! ライナス、どうしよう!」

「これは、重版するべきだよ! もちろん、あの公爵家ご令息絶賛! 切なくも心震えるすれ違いの純愛、再び! って帯を付けて! ハルシエ様! 許可を下さい!」

「……好きにして」

「やった! カロリナ、やろう! 売れるよ!」

「そうね! 帰ったらすぐ準備をするわ!」


 商魂たくまし過ぎる。

 作家は凄まじいと思うジークの膝の上で、ハルシエは寝ながら言い放った。


「じゃあ、交換条件。あの二人の情報、全部渡して」


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