【受賞感謝です!】ぐうたら魔術師は、紅茶(とお菓子と好物)だけを飲んでいたい ~仕事? なにそれ美味しいの?~

和泉ユウキ

第一章 ぐうたら魔術師は、ぐうたらしていたい

プロローグ 僕、ニートになる


 魔術師ハルシエは、今年二十歳になった一人の男性だ。


 生まれた国であるアウト王国の魔術学院をこの三月にぎりぎりで合格し、今まさに城下町の一角で一軒家を借り、ぐうたらぐうたら過ごしている毎日である。

 本来、十八歳で学院を卒業しているはずのハルシエが、何故二年も経ってから卒業したのか。



 ずばり、留年である。



 ハルシエは魔術の才能はあるのに、勉強が嫌いだった。大嫌いだった。もっと言うと魔術に興味が無かった。

 しかし、ハルシエは王国でも屈指のアウトライト公爵家の長男である。


 そう、長男。跡継ぎと目された長男である。


 だからこそ、「僕、大人になったらニートになる」と宣言するハルシエを、父親は無理矢理学院に放り出した。実家暮らしではなく寮生活にし、寮の中での厳格な生活や同級生との付き合いや規則やその他諸々の社会生活の最低限の基本ルールを学ばせるために学院に放り出した。

 それなのに。



「ハルシエ君がいない⁉ また⁉ 今日欠席したらもう今年度の単位は無しになるのよ!」


「先生ー。ハルシエ君が、透明人間になって脱走しましたー」


「担任! ハルシエ君がまた図書館の閉架区域に入ってます! しかも生体反応はあるのに見つかりません! どうしてですか! 無駄に才能をひけらかさないように注意してください!」


「ハルシエ君⁉ どうして庭のど真ん中の土の中に埋まってたんです⁉ 土中でなんで息ができるんです⁉ 無駄な魔術を使って逃げないで、テストだけでも受けて下さい!」


「ちょっと学院長! ハルシエ君が、またテスト時間に爆睡して白紙なんですけど! もう無理です!」


「公爵! もう限界です! 何とかしてください!」


「公爵ー!」



 ――そんな、国では絶大なる権力を持つ宰相であり、王族からの信頼も厚く、部下からも信頼される現アウトライト公爵のハルバートは。



「――陛下。あのぐうたら馬鹿息子を卒業させるため、半年ほど学院に出張してまいります」



 馬鹿馬鹿しい内容を心の底から真面目に告げ、本当に半年も学院に居座った。



 そして、逃げるハルシエの首根っこをつかみ、テストで爆睡したら叩き起こし、物凄い勢いで卒業認定の条件を満たさせた。

 通常、六年かけてこなす勉強を半年で習得させたのだ。

 考えようによってはとんでもない天才であるのだが、そこはハルシエ。今までの行いと行いと行いのせいで、教師陣には「やっと問題児から解放される」という涙を流しながらの印象しか残さなかった。


 幸いなのは、これだけの問題児だが、人として越えてはいけないラインは綺麗にきっちり守っていたことである。


 故に、透明人間という国の中でも公爵と彼しか実現できない、下手をすれば覗きや盗みや諸々の悪事に扱われてしまう超高等魔術を使用しても、「ハルシエ君だからね」で簡単に済ませられたのである。人間、誰しも一つくらいは長所があるものだ。



 そして、ようやく学院を卒業したハルシエは、宣言した。



「僕、ニートになる」



 学院入学前から全く変わらなかったハルシエに、父親はさじを投げた。跡継ぎにするのを諦めた。とても幸運なことに次男のバリエルが優秀だったため、特に揉めることもなく跡継ぎが決まったのだ。

 ハルシエもバリエルなら安心だと太鼓判を押したし、バリエルも兄はぐうたらさせていた方が良いと力強く肯定したために、両親も納得せざるを得なかった。両親にとっては実に不本意な結果となったが、兄弟にとっては最初から分かり切っていた結果である。


 そうして、ハルシエは晴れて城下町の一軒家でぐうたら生活に身を投じることになった。


 しかもこの一軒家、ぐうたらで面倒くさがりなハルシエのために、全ての部屋が風呂とトイレ以外は一つとなっている。玄関からすぐのところにリビングがあり、そのリビングの中にキッチンが併設され、奥の方にはベッドと大量の本棚があるのだ。

 おかげで恐ろしく土地の面積を食う家となっているが、部屋を移動せずに風呂とトイレ以外全てが事足りる。本人にとっては万々歳の理想郷だ。



「よう、ハルシエ。生きてるか?」



 そんなハルシエをたびたび訪ねてくる人物と言えば、家族以外にはただ一人の親友。ジークリートことジークである。


 騎士学院時代から頭角を現していた彼は、今やこの国の副団長だ。


 口調はお世辞にも品があるとは言えないが、これでも侯爵家の次男かつ騎士団団長の息子。口調とは裏腹に、仕草や身なりは洗練されており、見る者にはときめきを与える金髪美男である。

 だが、そんなどうでも良い情報などハルシエには何ら関係がない。本を読みながらソファに寝転がっていた視線を、あからさまに面倒くさそうに上げた。


「やあ、ジーク。大丈夫だよ。食べることだけは忘れてないから」

「風呂には入れよ。また魔術で綺麗にしただけじゃないだろうな」

「そんなまさか。昨日はオレンジの香りの魔術を使ったよ。僕にしては大サービスだよね」

「……魔術じゃねえか! 入れ! 今日は入れるからな!」

「えー。人間、風呂なんて入らなくても生きていけるよ」


 ぶーぶー文句を垂れるハルシエに、ジークは天井を仰ぐしかなかった。今夜は徹夜だな、と遠い目になる。――密かにハルシエの両親から世話を頼まれているジークに、逃げるという選択肢はない。

 彼は放置しておくと、生活面だけではなく、食事もお菓子と紅茶しか摂取しない。彼の場合はそれでも良いかもしれないが、やはり栄養面を考えるときちんとした食事も週に数度は食べさせた方が良いのだ。


「ったく。今日はさつまいもの肉巻き作ってやるけど、どうする。食べるか?」

「食べる」

「なら、風呂は入らなきゃ駄目だよな?」

「……。入る」


 ハルシエの即答とその後の渋々とした返答に、少しだけジークはにんまりする。

 お菓子と紅茶ばかり食べる彼ではあるが、家族やジークの手料理なら進んで食べる。宮廷料理だろうが高級料理だろうが平民で流行りの料理だろうが、関係はない。

 こいつも大変だなと思いながら、ジークが持ってきた食材の袋をキッチンに置くと同時。



 ぴんぽーん。



 ハルシエのやる気を急降下させる呼び鈴が鳴ったのだった。


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