第十話 僕に弱いんです


 翌日、ジークはハルシエと共に外に散策に出た。

 直前まで出たくないと駄々をこねるハルシエの首根っこを引っつかんで外に出たのは、ジークだ。元々はハルシエが出かけたいと言ったのだ。たまには太陽の光を浴びろとふんぞり返る。


「はあ。この世の光の全てが僕を暴力にさらすんだよね」

「何の暴力だよ」

「睡魔の暴力」

「平和だな」

「あと目を潰す暴力」

「慣れろ」


 軽口を叩き合って、大通りまでやってきた。この大通りの中心部から、王城、住宅街、商店街などへとつながっていく。大事な主要路だ。

 道行く人が、ハルシエやジークを見て黄色い声を上げたり、ちらちらそわそわと頬を染めてはいるが、ハルシエはガン無視だ。ジークは知り合いには軽く手を上げて、ハルシエに集中している。


「フレンチトーストが食べたい人生だった……」

「お前、人生多いな」

「食べたい人生だった」

「わかったわかった。帰ったら作ってやる」

言質げんちは取ったよ」


 ふんふん、と得意げに鼻歌を歌うハルシエはとても嬉しそうだ。こいつ、食べるの本当好きだなと頬が緩む。


「そういや、どこに行くんだ?」

「本屋」

「カロリナ嬢が好きな?」

「うん。自費出版専門店」


 つまり、二人のBL本が売られている店である。

 人気本ということは、大量に平積みされている可能性が高いということだ。今から視界の暴力に耐えられるだろうかと、ジークは気が気でない。



「お、ジークじゃん!」

「ハルシエもいますね。外に出てるなんて久しぶりじゃありませんか」



 気軽に声をかけてきた二人の青年に、ジークもおお、と片手を上げる。

 ハルシエは完璧な無表情だ。嫌いなわけではないことは、彼をよく知る人間なら分かっている。


「学年トップと万年二位」

「ハルシエっ」

「あっはっは、懐かしいなその呼び名!」

「私としては不甲斐ないですが、……まあ、貴方がトップなら納得ですね」


 照れくさそうに顔をそむける水色の髪の青年に、セドリック……と感銘を受けた様にささやく翡翠の髪の青年。

 あれ、本当にこの二人、ハルシエの言った通りピンク色の背景だなとジークは気付く。聞くまで気付かなかった。


「ブレットとセドリックは相変わらず仲良いな」

「まあな! 婚約者だしな!」

「そうか、婚約者……って、こ、こんやくしゃあっ⁉」

「ああ、そういえば言ってなかったか! 半年前に無事に婚約が成立したんだ。なあ、セドリック?」

「ええ。ブレットの両親からは快諾をいただきましたし、私の両親も、……あの本のおかげで友好関係を結べたならば、と許可をいただけました」


 ブレットがセドリックの肩を寄せ、二人ではにかんでくる。

 悪意には敏感でも、好意には鈍感なんだな俺、とジークは猛省した。険悪だった仲をここまで発展させるとは――BL本、恐るべし、である。

 だが。


 幸せそうで何よりだ。


 笑い合う二人は、とても空気が優しい。


「おめでとう。式には呼んでくれよ」

「もちろんだ!」

「それで、二人はどちらへ?」

「書店。……俺達の本が並んでる」

「ああ。あの」

「二人の場合は、まだまだ序の口って感じだよなあ、あれは!」


 からりと笑うブレットの言葉は、的を射ている様だ。うんうんと無表情で激しく頷くハルシエは、満足気である。

 しかし、この二人にまで自分達の本が読まれたのか。恥ずかしすぎる。今すぐジークは逃げ出したい。


「ああ、しかし今日はお二人は、あまり出歩かない方が良いかもしれませんよ」

「あ? 何でだよ」

「お、あいつのことか。そうだ、さっき見かけたが、ハルシエにあまり良い印象持ってない――」

「おや。ハルシエ様、ではありませんか?」


 ブレットの言葉をさえぎって、嫌みたらしい声音が飛んできた。

 ああ、と納得したジークは、嫌々背後を振り返る。



「コーニー侯爵」

「ジークリート殿もいらっしゃったか。いやはや、今日も平民のお世話をされて。ご苦労なことですな」



 にやにやといやらしく口の端を吊り上げる中年男性に、ジークは溜息を吐く。

 心なしか、周りからの視線が痛い。男性が降りてきただろう馬車の中からも視線を感じる。不快でならない。


「侯爵。ハルシエは後継者で無くなっただけですよ」

「ああ、そうでした。一人没落された若君、でしたな」

「……あ?」

「しかし、騎士団の副団長ともあろうお方が、いつまでも貴族としての義務を果たさぬ者に付き従っているのは如何なものでしょうか。一部で噂になっておりますよ。――没落貴族に熱を上げている、頭の弱い弱い副団長だと」


 下世話な皮肉だ。


 彼も、恐らく二人の小説を知っているのだろう。読んでいるかは別として、弱みと見たらすぐに突っ込んでくる。貴族の典型例だ。

 傍にいる二人もまなじりを吊り上げていたが、口を挟むことをしない。任せてくれているか、とジークはホッとした。

 さて、と後処理を考えていると。


「ジーク」

「うん?」


 今まで無表情のまま黙っていたハルシエが、口を開く。



「この人、誰?」



 ぶっふー。



 思わず噴き出して、ジークは体をくの字に折った。必死で笑いをこらえる。

 反論するどころか、眼中にない発言をされ、コーニーの顔が真っ赤に染まった。見事なタコだと思ってから、タコに悪いかと思い直す。


「ぶ、無礼な! 貴殿の父がわしより位が高いからと言って、その発言はあまりに――」

「あと、ジークは頭弱くありませんよ」

「はあっ⁉」

「僕に弱いんです」


 堂々とずれた内容を胸を張って断言するハルシエに、コーニーは二の句が継げない様だ。ブレットとセドリックも遂に堪えていた笑いを吐き出し、肩を震わせる。


「それから。頭弱いのは、貴方の方ですよね」

「な、なんだ、と⁉」

「カツラ、ズレてますよ」

「えっ⁉」


 咄嗟とっさに頭に手をやり、すぐに憤怒の色に顔が染まる。そろそろ血管切れそうだな、とジークは他人事の様に思った。

 まあ、充分に楽しんだ。

 あとは、ジークの仕事だ。


「こ、こ、この……」

「ああ、侯爵。少しお耳を拝借」

「はあっ⁉」


 にっこり笑って、ジークはコーニーに忍び寄る。

 滑る様に隣に並んだジークに、彼が驚いて肩を跳ねさせると同時。



「――そういえば最近、シスターに手を出したって聞きましたよ?」

「――」

「神に仕える者に手を出すなど、神をも畏れぬその行為。世間に知られたら、――ああ、口にするのもおぞましい結果が待っているかと思うと、とてもとても」



 殺されないことを願っています。



 言外に匂わせて、ジークはどこまでも微笑む。一点の曇りもない笑顔に、コーニーは青ざめ、火が消えた様におとなしくなった。

 この王都では、神への信仰心が非常に強い。神に仕えるシスターや神父などへの視線も敬意にあふれ、王族も一目置いている。

 そんなシスターに手を出したと知れた貴族の末路は、数は少ないが口には出来ない様な事例があった。


「女遊びはほどほどに。うっかり、俺が口を滑らさないと良いですね?」

「は、はは……」

「あと、俺はハルシエ一筋なので。ああ、俺がそれを証明するために、うっかり貴方を引き合いに出さないと良いですね?」

「は、ははは……。……そう、ですな」


 では、とジークはきびすを返し、ハルシエを連れて先を行く。ブレットとセドリックにはまたな、と手を上げて別れた。



「ねえ、ジーク」

「何だよ」

「あれ、侍女や平民にも手を出してるよ」

「……、は?」

「周りから恨みがましい目つきで見られてた。あれ、全部お手付きだよ」

「は……」

「いつまで生き残れるか楽しみだね」



 事も無げに言い切るハルシエに、ジークはまだまだだな、と反省するしかなかった。


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