第二話 ミルクティーを飲むだけでいたい
渋々――本当に渋々といった風にハルシエがソファの上で身を起こす。
そのまま、女性にテーブルを挟んだ正面のソファに座るよう勧めた。かなりおずおずといった感じだったが、女性は素直に腰を下ろす。
「ハルシエ。紅茶は?」
「ミルクティー」
「茶葉は」
「お任せ」
「……。お前、俺に任せる時かなり適当だよな……」
はあ、っと盛大に溜息を吐きながらも、ジークはキッチンで湯を沸かし始める。どれにするか、と迷った手はルフナの缶を手にした。
それを見て、ああ、美味しいよね、とハルシエはご満悦になった。いきなり無表情で鼻歌を歌い始めたので、目の前の女性はびくーっと肩を跳ねさせていたがお構いなしである。
「それで? まず、君の名前を教えてくれる?」
「は、はい。……カロリナ・ディスパーダと申します。ディスパーダ子爵家の長女です」
恐る恐るながらも自己紹介した女性――カロリナは、真っ直ぐにハルシエの目を見据えてくる。
ディスパーダ。
その単語には
「確か当主のサリヤ子爵は質実剛健といった感じで、目立たないながらも堅実な仕事をして信頼されていると聞いているぞ」
「ふーん、そうなんだ」
「公爵の遠い部下だったはずだぞ」
「そう」
まるで把握していないハルシエにとって、ジークはありがたい歩く辞書である。
カロリナがきょとんと目を丸くしていたが、わざわざ彼は知らないんだと豪語する必要もないだろう。
ハルシエは、興味を持った人間以外を全て記憶から排除している。
腐っても公爵家の長男だったため、辛うじて魔術学院と騎士学院の同学年と二つ上の先輩の名前までは把握しているが、それ以外はほぼ覚えていない。
跡継ぎとしては致命的な悪癖。やはり父親はハルシエの教育を諦めて正解だったと言える。
「それで、……、……カロリナ嬢。ストーカーって誰?」
こいつ一瞬名前忘れたな、とジークは思ったが気にしない。
ツッコミがない故に、平穏に会話は進んでいく。
「……、ジョーサンダー男爵家のご子息、ライナス様です」
「誰?」
ぎゅっと、膝の上のスカートを握りしめながら言いにくそうに明かされた名前に、即座にジークを仰ぐハルシエ。こいつ、取り繕わないな本当、と思いつつジークは溜息を吐いた。
「文官の嫡男だ。確か今は補佐として働いているはずだぞ」
「へえ。優秀?」
「そう聞いてるけどな」
「ふーん。優秀なストーカーってこと?」
「優秀なストーカーって、潰さなきゃならない響きだな」
「つ、潰しはしないでください!」
思わずといった風に声を張り上げるカロリナに、ハルシエはこてんと首を傾げる。ジークは「どうぞ」と空気を読まずに二人にカップを置いて、ハルシエの隣にどかっと腰を下ろした。
ふわりと甘く香る湯気に、ハルシエがさっさと手を伸ばす。口を付ける仕草は、怠慢な態度からはかけ離れた優美さで、カロリナが目を丸くする。当然ハルシエは気にしない。
「うん、美味しい。やっぱりジークはミルクティーだよね」
「よく言うぜ」
「ミルクティーは君の以外は飲まないよ」
「はいはい」
カロリナが、
所在なさげではあったが、カロリナが恐る恐るといった風に紅茶を手にした。何となく躊躇っている様に見える。苦手なのかとジークは首を傾げながら己もカップを傾けた。
口に含むと、深くて甘い香りが舌の上に転がっていく。しっかりとした渋みも感じられるが、それがまた甘みと見事に調和して、味わい深い。しかも濃厚であるのに、喉を通った後味はとてもすっきりとしている。
ミルクティーの中でもかなり独特な味ではあるが、ハルシエに勧めてもらって以来、ジークのお気に入りの紅茶の一つだ。自分で淹れたにしては上出来だと自画自賛する。
それは、意を決した風に紅茶を
「おいしい……」
「そうでしょ。ルフナはおすすめ」
「私、前に一度飲んで、あまりに渋すぎて苦手意識持っていたんです。でも、これ、とてもおいしいです」
「そう。じゃあ、大通りの『紅茶は王すら平伏させる』っていう店で買うといいよ。あそこのは間違いないから」
「……え? お、大通り? に、そんなええっと、……王……、平……?」
「……地図渡すわ。あそこ、知る人ぞ知る、だからなあ」
あからさまに不敬極まりない店名を教えられ、カロリナは目を白黒させる。
まあ通常の反応だな、と思いながらジークは懐から紙を取り出して簡潔に地図を完成させた。
ちなみに店の由来は、本当に王を平伏させたからである。
ついでに王も公認な上に証書まで渡しているので、いちゃもんを付けられても逆に相手を平伏させてしまうというおまけ付きだ。
ジークから簡易地図を渡されて困惑するカロリナに、ハルシエは無表情のまま告げた。
「緊張解けた?」
「え? ……あ」
「じゃあ、そろそろ話してくれる? いつどこでどういう風にどんな付け回し方でストーカーをするのか」
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