第十七話 餌付けしてる人生
泣きすぎて
ありがとうございます、と受け取るスティーブの声は消え入りそうだった。散々泣いたせいか、色々恥ずかしくなったらしい。
「……申し訳ありません。見苦しいところを」
「……お前、まだ好きなんだな。セドリックのこと」
「はい。好きです。……ブレットのことも」
きちんとブレットを口にするあたり、彼の中では確かに友人なのだろう。複雑だな、とジークは思う。それだけ相反する気持ちを持てるところは、ひどく人間らしい。
「まだ心は痛みますが、それでも、……今は、彼らの式に出て、心から祝福したい。そういう気持ちはちゃんとあります」
「そうか……」
「でも、この件が片付かない限り、ボクは彼らに顔向けが出来ない。……ボクの方でも調べたんですが、思う様に進まなくて」
「お前、誰かに今話したことって言ったか?」
「えっと、……階段のことは誰にも話していません。ですが、公園近くだったので……誰かに見られた可能性はあると思います。一応一般の人達も、階段上の公園にはまばらではありますがいましたし」
話してはいなくても、目撃者はいるかもしれない。
時期的には偶然か必然か。こうなると、セドリックごとスティーブを
「お前の本ってやつは、持ってないんだな」
「はい。見たことはありません。騎士の中でも持っている人はいるらしいんですが、手元に無い、処分した、と言われて追及が出来ないんです」
「調査はお前一人でやってるのか?」
「一人の時もありますし、マイルズ達友人と調査する時もあります。……かなり敏感になっているので、マイルズ達はボクには休んで欲しいようですが」
「友人は、セドリックとのことについてどこまで知ってる」
「……。セドリックに振られたことは知っています。まだ好きなことも知られてはいるかもしれませんが、話題になったことはありません。後は、ボクがセドリックの中傷について本気で何とかしたいというのは伝わっているんじゃないか、……とは」
自信が無さそうに告げるスティーブに、ジークはちらりとハルシエを見る。
ハルシエは相変わらず口を開かない。
だが、思うところはある様だ。探っている感じがする。
正直、ジークは何故スティーブに興味が無かったかというと彼の『友人達』が好きではなかったからだ。今朝も、ジークを見る目はあまり気持ちの良いものではなかった。煽ったことを差し引いてもだ。
上に立つ以上、そういう好悪で区別はしないが、何も無ければ絶対に付き合わない。そんな人種だ。ジークの勘が告げている。
「そうか。でも、結局進退は窮まってるってわけだな」
「はい。それで、その、……実は、考えていることがあるんですが」
「おう。何だ?」
「非公式でボクの本が出回っているのなら、ボク公認で公式本を出せばどうだろうって。例えば、……モデルフィクションの権威であるアキノーラという作家に依頼をする、とか」
ここでその名前を出すのか。
しかし、セドリックの父親が対抗手段で考えた様に、スティーブが出すなら効果があるだろう。
何せ、本人公認だ。しかも直々の依頼だ。宣伝も大々的にすれば、今の噂を
「でも、ボクは本人を知らないですし、手紙でやり取りをするにも時間がかかります。下手をすれば途中で握り潰されるかもしれないので、
「へー。まあ、騎士団内に敵がいるなら、手紙を見られるのはまずいかもな」
「それに、……どうせ嘘だ八百長だと思われるんじゃないか、と言われまして」
「は? 八百長?」
「はい。信じてもらえないばかりか、逆にボクが今まで以上に色々言われるか、もしくはセドリックが無理矢理書かせたと勘繰られるんじゃないか、と
「ふーん……」
モデルフィクションは、半分フィクションではあるが、『半分』なのだ。そして、正当な契約があって成立する。
つまり嘘つき呼ばわりするということは、作家だけではなく、依頼人まで侮辱するということ。
スティーブは仮にも伯爵の息子だ。表立って罵倒すれば問題になる。
「良い案だと思うぜ。むしろ、それで嘘つき呼ばわりする奴は、ちょっと怪しいな」
「――」
「どうした?」
「い、いえ。……そう、ですか。じゃあ、有効なんですね。……」
少しだけ考え込んでしまったスティーブに、ジークは追及するか迷う。
だが今は、モデルフィクションだ。本人が乗り気なら絶好の機会である。
「なら、アキノーラに取り次いでやる。明日にでも取材させろ」
「え! ……で、出来るんですか⁉」
「ああ。俺達、知り合いだからな」
「え!」
きらきらっと目を大きく輝かせるスティーブに、お、とジークは意外に思う。彼もファンの口かと納得し――自分達の本が読まれているんだなと諦めた。
「凄いです! ボク、ファンで! ぜ、ぜひ! 紹介していただきたく!」
「あ、ああ。いいぜ。……結構強烈だけど」
「そうなんですね。……良かった。これで、少しは力になれるかな……」
光が見えたからなのか、またくしゃりと泣きそうに顔を
「薄幸美人」
「え? ……あ、はい? ……もしかして、ボク、ですか?」
「そう。薄幸美人」
唐突に発声したハルシエに、スティーブが戸惑いながらも己を指差す。困惑しながらジークを見つめてくるが、スルーした。
「ここで話したこと、全部誰にも言わないこと」
「え……」
「友人も駄目。アキノーラに会うとも言わない。守れるなら、紹介してあげる」
淡々とした口調は、しかし鋭い刃が
それを嗅ぎ取ったのだろう。スティーブは、ぐっと背筋を伸ばして
「……わかりました。全部疑えってことですね」
「そう。あと、これ。この家に来る時だけ、必ず一つ食べる様に」
ぽいっと、ハルシエが無造作に真っ白な袋を放り投げる。
それを思わずといった風に受け取って、スティーブは口元を押さえた。
「……これって。もしかして、ハルシエ様のお菓子? ですか?」
「そうだなー。約束ごとは守れよ。この家に来る時『だけ』、一個食べろ。守れない場合はこの家に辿り着けないと思え」
「え……」
「ハルシエのチョコは美味いぞ」
「……チョコ、なんですか」
「おう。俺も欲しい」
「餌付けしてる人生」
「確かにな」
どこからともなくチョコを出したハルシエが、直接ジークの口に放り込んでくれる。
もくっと
「美味いっ」
「いくらでもあげる」
「餌付けされてるな」
「餌付けしてるからね」
いきなり何を見せつけられているのか。
そう言いたげなスティーブを尻目に、ハルシエは淡泊に続ける。
「薄幸美人。僕達の平穏を邪魔したら殺されるって、誰が言ってるの?」
「え?」
「誰?」
「……、えっと、……割とみんな、ですが」
「誰」
「……。……最近だと、友人達も言っています」
「そう」
話は終わったと言わんばかりに、ハルシエはもう何も言わない。ただひたすらに、ジークに餌付けを繰り返している。
そんな彼を見つめながら、スティーブは来た時とは別の不安を抱えている様だ。
嵐を予感しながら、ジークはひっそり溜息を吐いた。
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