第二十一話 夜空と青空


 ハルシエは、夜空。

 ジークは、青空。

 昔から二人で並ぶとよく言われた言葉だ。

 二人の瞳が空の様だと、互いの家族からはよく言われた。

 ハルシエは、特に何も思わなかったのだが、ジークは違った。



「つまり、俺とハルシエで、一日ぜんぶしはいしてるってことだな!」



 面白いことを言うな、と思った。



 ハルシエは、対極にある様な性格のジークといる時間に退屈しなかった。相性が驚くほど良かったのだ。

 二人の両親は互いに幼馴染で仲が良く、必然的に子供も幼馴染となった。ハルシエとジークは同い年だからか、何かと行事が重なって合同でパーティをしていた気がする。

 ハルシエは本を読むのが好きで、ジークは外で遊ぶのが好き。もっと言うと、剣を振って訓練するのが好きな子供だった。

 だから、ジークが剣を振っている近くで、ハルシエが本を読んでいる、という光景は日常茶飯事になっていた。そこに時々ジークの三つ上の兄が混じることもあったが、大体ハルシエは本を読んでいた。


「おまえ、しょうらいまほうつかいになるのか?」


 ある日、よく本を読んでいたハルシエに、ジークがこんなことを尋ねてきた。

 魔法使いは、この場合、騎士団と並ぶ守護役である、魔法団に所属する者のことを指す。ハルシエの父は宰相であると同時に、魔法団にも籍を置いている。周りはきっと、息子も同じ道を選ぶだろうと見ていたのかもしれない。

 だが、ハルシエは違った。


「ぼくは、まほうはとくにすきじゃない」


 類まれなる魔法の才能があると言われた。国はじまって以来の魔力量だとも言われた。

 しかし、ハルシエは魔法の勉強をするよりも、こうして物語を読んだり大好きなお菓子や紅茶の辞典を見ている方が好きだった。


「ぼく、こうちゃのせんせいになりたいんだ」


 こう言うと、家庭教師は残念そうな顔をする。

 だが、ジークは違った。



「へえ。おもしろそうだな! ハルシエ、こうちゃ、くわしいもんな!」



 にぱっと笑って、受け入れてくれた。

 両親以外では初めてだった。


「おかしのせんせーにはならねえの?」

「おかし……」

「おう。おまえ、すきだろ」

「……。りょうほうやっちゃう?」

「おう! そのほうがぜったいたのしいって!」


 太陽の様な笑顔で、ジークがあれもこれもと夢を、未来を膨らませていく。

 青空に輝く太陽。

 彼はまさしく、朝と昼を体現する人だった。

 そんなジークは、やんちゃで体を動かすのが好きだが、本を読むのも嫌いではなかった。

 だからだろうか。



 彼との会話は、とても楽しくて、尽きることがなかった。



 けれど、そんな幸せな幼少時代は終わりを告げる。

 ハルシエに、特殊な魔法の才能があると分かってしまったからだ。

 隠そうとしたその事実を吹聴し、あろうことかハルシエを誘拐したのは、よく遊びに来ていた親戚の叔父だった。

 あまり好きなタイプではなかったが、親切だった。だから、あの日も彼が散歩に行こうと誘ってくれたのを拒まなかった。


 それが、愚かな選択だったと気付いた時にはもう遅い。


 ハルシエは彼の自宅の地下に閉じ込められ、縛られ、際限なく暴力を受けた。

 魔法を使えと脅され、嫌だと泣いたら殴られ、無理矢理魔法を使わされても思う様な結果にならなかったり力が足りなかったら、また殴られた。

 手を抜いている。騙そうとしている。恥をかかせるつもりだろう。

 そんな風に暴力と罵倒を絶え間なく浴びせられ、ハルシエは恐怖で壊れそうだった。

 しかし、そんな暴力は、あの時のおぞましさからすれば可愛いものだった。


「お前は、母親に似て顔だけは良いな」


 濁った眼差しで見下ろされ、気付いた時には服を破られていた。

 そのままのしかかり、己の服も緩める叔父が、ひどく恐ろしかった。

 伸びてくる手が気持ち悪くて、ハルシエは訳も分からず叫んでいた。



 叫んだ次には、叔父は転がっていた。



 ハルシエの魔法が暴発し、叔父を直撃したのだと知ったのは、数日経ってからだった。

 運良く、そのタイミングで両親が助けに来て、ハルシエは助かった。性のけ口にもならずにすんだ。

 叔父は死んではいなかったが、一生寝たきりになると後で知った。

 ジークがあの場にいなくて良かった。今でも思う。

 彼のハルシエを見る目が、恐怖と侮蔑で凍り付くのは見たくなかった。

 だって、ジークはとても優しいから。



「ハルシエ。このジンジャークッキーってやつなんだけどさ」



 あの時見舞いに来たジークは、包帯だらけのハルシエを目にし、ひどくショックを受けていた。顔を歪め、今にも泣きそうだった。

 それを見て他人事の様に、けれど泣かれたら嫌だなと、苦しくなったのは覚えている。


 だが、ジークはハルシエの包帯については何も触れず、まるで関係ない話題を振ってきた。


 紅茶の話をしたり。お菓子の由来について質問したり。外でバッタを追いかけたら、彼の母が草むらにいていた水を頭からかぶってびしょ濡れになったという話だったり。

 本当に他愛のない話をして、ハルシエを楽しませようとしてくれた。

 両親は、抱きしめたり、泣きながら頭を撫でてくれたりしたけれど。それも嬉しかったけれど。



 ごくごく普通に接してくれる存在は、ハルシエには遥かに救いだった。



 晴れ渡る青空を、いつだってハルシエに届けてくれる。

 そんな彼の存在が、ハルシエにはとてもありがたかった。好きだった。

 だから、あの日の出来事を、自分自身を、ハルシエは許すことはない。



 あの日。六歳のピクニックの時。



 互いの従者に一瞬で連れ去られたことを、今でも後悔している。

 あの時、むざむざと捕まったから。

 あの時、為す術もなく毒を飲まされたから。

 あの時、簡単に殺されそうになったから。



 ジークは、人を殺すことになってしまった。



 ハルシエ、と呼ぶ彼の声が、耳について離れない。



 あの時の、ジークの顔を。ハルシエは一生忘れることはないだろう。


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