第十四話 ふわふわたっぷりふわふわ


「お。ハルシエ、起きてたか」


 訓練所から帰ってきてから、何となく落ち着かなかったジークは、家の裏で一人素振りをしていた。

 てっきりハルシエはソファでぐーすか寝こけていると思ったのだが、意外にも目を開けていた。夕飯時だからだろうか。


「おなかすいた」

「おう。俺も腹減ったわ。何食うかね」

「オムライス」

「いいな。そうするか」

「ふわふわ」

「おう。じゃあ卵も奮発するか」

「ふわふわたっぷり」

「よし。メレンゲにすっか」

「スフレも欲しい」

「じゃあ、デザートはスフレな」

「ん」


 ぴょこぴょこ耳でも生えそうなほどに上機嫌だ。のそのそソファから起き上がるハルシエは、キッチンにまで付いてくる。ヒヨコか、と笑ってしまった。


「少しは晴れた?」

「……んー。いまいち。あそこまで駄目になってるとは思わなかったな」

「僕から見ても酷かったね」

「やばいよな」


 人参や玉ねぎをみじん切りにしながら、ジークは模擬戦を思い起こす。

 百歩譲って、ブレットやセドリックは仕方ないと看做みなそう。戦では命取りだが、仕方がない。

 それにしたって、他が駄目過ぎる。他にまだ骨があったのは、アーロンやスティーブにシャロンなど、本当に数名しかいなかった。

 足並みを崩した騎士団ほどもろいものはない。

 まさか弱体化でも狙っているのか。穿うがち過ぎた妄想まで出てきてしまう。



「違うでしょ。単純に、自分のことしか考えてない馬鹿だよ」



 後ろからひょこひょこのぞきながら、ハルシエが切り捨てる。相変わらず人の思考を読む。助かる。


「スティーブがいまいちわからなかったな。あの質問の意図も俺には謎だ」

「あれは、多分僕達を試してたよ」

「試す?」

「いざとなったらどういう立場を取るのかって。ただ情を優先するのか、弱者を切り捨てるのか、放置するのか。見極めてた感じがしたよ」


 言われてみれば、そうかもしれない。彼から敵意も感じなかった。

 ただ、完全に白かと聞かれると、断言しにくいものがある。そこもジークの胸に巣食うもやもやの一端でもあった。


「美味しい」

「お前、味見し過ぎたら無くなるぞ」

「大丈夫。ジークは見越して多めに作ってる」

「そうだけどな」


 フライパンで炒めているライスを、ハルシエがスプーンでひょいっとすくって食べる。いつもののんびりした動作からは考えられないほど俊敏だ。彼の労力は睡眠と食事と読書に全振りされている。


「鶏肉がジューシー。トマトの味も甘くて好き」

「それは良かった。次メレンゲな」

「ふわふわたっぷり」

「はいはい」

「美味しい」


 皿に丸く移したライスを、ハルシエが美味しい美味しいとパクパク食べる。相当大量に作ったが、半分くらいはつまみ食いで無くなりそうだ。

 このメレンゲ作りの労力が曲者だが、そこはハルシエ。美味しいものを食べるためなら、魔法で補助することもいとわない。おかげで、ボウルに入れた卵の泡立てがとても短い時間で済んだ。


「ほい。完成。メレンゲオムライスな」

「スフレも」

「こっちのボウルでやるから手伝ってくれ」

「ほい」


 ボウルを二つ用意し、卵黄と卵白に分けたものを高速でかき混ぜる。卵白の方は、ハルシエ様様だ。おかげで泡立てがとても素早く、かつ上手く出来た。食にかける情熱が素晴らしい。

 二つを混ぜて焼き上げれば出来上がりだ。ハルシエの手がすでに出来立てに伸びていた。ふんわりとくわえる横顔はやはりリスだ。


「おいひい」

「火傷すんなよ」

「ジークも」

「ん。……よし。うまく出来たな」


 食べかけを口に突っ込まれ、うん、と一つ頷く。このメレンゲ特有のふわふわ感がたまらない。あっという間に溶けていく甘さが後を引く。


「よし。食べるぞ」

「ん。持ってく」


 自分の分はきっちりテーブルに持っていくあたり、よほど楽しみな様だ。つまみ食いをした上で、たっぷり量を持っていくあたりがハルシエである。

 いただきます、と両手を合わせてオムライスを口に含む。しゅわっと溶けていく感覚がトマトの甘みや鶏肉のぷりぷり感と相まって、面白い。噛み締めるたびに野菜の旨味も混ざり合って、食べる手が止まらなくなる。


「やっぱり美味しい」

「おう。これ、出汁だしで作っても美味そうだな」

「美味しい」

「まだ試してねえよ」

「ジークの料理は美味しい」

「……色々試してみるわ」

「ふわふわ」


 無表情ながら手を止めないハルシエには、とても満足いただけた様だ。無表情で上機嫌な空気をかもし出す器用さは、見ていると結構楽しい。

 瞬く間に平らげて、今度はスフレを食べ始める。物凄いスピードでハルシエの口に吸い込まれていく光景も、ジークにとっては幸福のひとときだ。


「幸せそうだな」

「うん。幸せ」

「この瞬間がたまらないな」

「ジークは、僕が食べるの見るの好きだよね」

「ああ。作った甲斐がある」

「僕は食べさせ甲斐がある男」

「確かに」


 最近、ジークはとうとう休日以外も全日ハルシエの家で暮らすことになった。いちいち実家に帰ることが面倒になったためである。

 毎日三食きっちり食べさせることになったおかげで、ハルシエの顔色は健全だ。以前は少しでも放置すると食事をしなかったためである。

 元々、事件さえなければ食べることが好きなハルシエだ。いつまでもぐうたらしながら、好きなことをして好きな様に食べて欲しい。風呂は自発的にでも入って欲しい。

 しかし、大して動かないのに全く太らないのは何故なのか。それだけは永遠の謎である。



「――」



 ハルシエの紅茶が飲みたいと思った矢先、遠くで物騒な気配が上がる。

 今は夜も八時を回った頃だ。まだまだ大通りの方は行き交う人が多いだろう。


「んー。貴族街の入り口あたりか?」

「面倒」

「無視はできないだろ」

「致し方なし」


 ただの喧嘩なら放っておくが、今回は危険な香りがする。それに、当事者の一人は先程騎士団で会った人物だ。

 ハルシエを抱えて家を飛び出し、ジークは軽やかに地面を蹴る。そのまま音も立てずに駆け抜け、剣を交える様な金属音が迫るのを聞いた。


「頼む」

「致し方なし」


 今まさに襲われている人物に激しい雷が撃ち下ろされそうになったのを、ハルシエが防御壁を張って難なく防ぐ。それどころか、ばちいっと轟音が鳴り響くと同時、雷がそっくりそのまま術者に跳ね返った。


「ぎゃあああああっ!」

「寄ってたかって夜襲とは、なかなか楽しいことしてんじゃねえか。俺も混ぜろよ」

「へ? ……げ、げえ……っ!」


 地を蹴った勢いそのままに、相手のこめかみ目掛けて足を振り抜いた。当然見事に命中し、おかしな体勢で吹っ飛んでいく。

 剣は足を振り下ろしざま叩き割り、逃げ出す者達にはにこやかに蹴りをお見舞いする。


「逃げんなよ。夜襲は全滅が基本だろ?」

「ぐ、ふ……っ」

「もう終わりかよ。つまんねえな」


 あざけりながら短く息を吐き、周囲を見渡す。ジークやハルシエが倒した他にも、地面に伏せっている輩も何人かいる。襲われた者は、正しく応戦した様だ。

 それでも危なかったのは、魔法を使う輩が奇襲に参加したためか。


「よう、スティーブ。こんな危険な夜に一人で散歩か?」

「……ふ、副団長」

「こいつらは野盗崩れだな。……警備隊に引き渡す。ハルシエ、頼めるか」

「致し方なし」


 今、騎士に任せると隠蔽いんぺいされる恐れがある。父を通して秘密裏に警備隊で捕縛してもらう手筈を整えた。



「……ありがとうございます」

「おう。とりあえず、家に来るか? どうせ散歩の終着点は俺達だろ」



 くいっと親指で家を指し示せば、スティーブは観念した様に頭を下げた。


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