第十五話 今すぐ騎士団を壊滅か


 野盗崩れを警備隊に引き渡した後、スティーブを半ば引きずる様に家に連れてきた。

 所在なさげに立ち尽くすスティーブをなだめ、ジークがソファに強引に座らせる。

 ハルシエが面倒くさそうに魔法で紅茶を淹れ、スティーブの前に置いた。本日はカモミールハニーミルクティーである。相変わらず美味で、ジークは自然と頬が緩む。それを見て、ハルシエが無表情に喜ぶまでがセットだ。

 言葉が無くとも、ジーク達の空気が伝わったのだろう。スティーブは更に所在なさげに体を縮こませた。


「あ、あの……。……ボク、殺されたりしませんか?」

「あ? 誰にだよ」

「……。お二人に……」

「は?」


 どれだけ物騒だと思われているのか。まさか、この二ヶ月も訓練に来なかった騎士達は、ジーク達に殺されるとでも思いこんでいたのだろうか。

 ジークの低い声におののいたのか、スティーブがますます小さくなる。ハルシエではないが、確かに面倒くさい。


「殺さねえよ。何でそうなるんだ」

「いえ、その、……お二人の平和を乱したら、殺されるだろって」

「今まさに、騎士団内部のせいで乱れてるな」

「も、申し訳ありません……」

「その理屈でいくなら、俺は今すぐ騎士団壊滅させなきゃなんねえな」

「……っ」

「だけど、別に俺達を害そうとしてるわけじゃねえだろ。そのくらいで殺しはしねえよ」


 そこまで心は狭くない。滅するなら、昼間直接ハルシエを侮辱した騎士達だけに留める。

 ハルシエは我関せずだ。紅茶を出した後は、ジークの隣で黙々と本を読んでいる。

 その様子に、スティーブも一応信じたのだろう。恐る恐るといった風だが、深々と頭を下げた。


「……お時間をいただき、また、助けていただきありがとうございます」

「おう。あれは何だ」

「ぼ、ボクにも何が何だか……。……ここへは人目を忍んで向かおうとしていたんですが、急に絡まれて、……問答無用といった風に攻撃してきました。応戦はしたのですが、意外と魔法使いが有能で」

「苦戦してたと。……魔術師ってほどじゃあなかったが、まあ確かに……腕はあったか?」

「雑魚だよ」


 ハルシエのツッコミに、スティーブは悄然しょうぜんとした。実力差がありすぎるとはいえ、相手が雑魚だと言われればこたえるものがあるのかもしれない。

 魔術師は、魔法使いの中でも特に優れた者に付与される称号だ。ハルシエは学院に入る前から王族から授与された。ハルシエはとても面倒くさそうにしていた。返上したいとも思っている。

 そんなハルシエからすれば、魔法使いは全員雑魚だろう。スティーブが悪いわけではない。同情もしないが。


「襲われたことに心当たりはあるか?」

「……わかる様な、わからない様な、といった感じでしょうか。考えられるとしたら、……ここに来ようとしてたからとしか」

「まあ、普通に考えるとそうだな」

「あとは、……セドリックの件で誰かに恨まれているからかもしれません」


 誰かに、という言い方をした。

 昼間の様子とは随分ずいぶん違う。あの時は、ジークに真正面から物申していたが、今の彼はひどく儚い。遠くから目にして称される通り、月明かりに溶けてしまいそうな雰囲気をかもし出していた。燃える様な赤い髪の気質が見当たらない。


「……昼間は生意気を言って申し訳ありませんでした。……でも、あれで相談しようと決意を固めることが出来たんです。……殺されるかもと、恐かったのですが」

「はあ。……ハルシエの言う通りだったな」

「ハルシエ様はやはりお見通しですか。……敵いませんね」


 苦笑気味に目を伏せる彼も、近くで見るとやつれている。セドリックと同じ様に眠れていないのかもしれない。


「お二人は、どこまでご存じでしょうか。セドリックの件について」

「婚約した後から、セドリックの誹謗中傷が流れ始めたこと。その原因がスティーブに関する噂ということ。今ではお前の本まで出回って、セドリックが、思いを寄せてきたお前を面白おかしく玩具おもちゃにして、身も心もずたぼろに乱暴して捨て去ったっていう噂になってること。……それが騎士団内を中心に広まって、城下にも一部流れてる。最近は物理的な嫌がらせも増えてきてるらしいな」

「……、はい」

「あとは、婚約前にブレットが何か嫌がらせされてたってところかね」

「――っ」


 びくっと、スティーブの体が大きく跳ねた。

 ほう、と内心で目をすがめ、震え出した彼を観察する。


「どうしたよ。心当たりが?」

「……」

「ブレットへの嫌がらせは止まったらしいけど、何で次はセドリックに移ったんだろうな?」

「……っ、あ……」

「……ブレットに嫌がらせしたのはお前か」

「ち、がいます! ボクじゃない!」


 がたん! っと派手な音を立ててスティーブは立ち上がった。ぶるぶると拳は震え、サファイアの様な深い蒼は揺れながら濡れている。

 だが、隠しきれない恐怖と不安に足の方まで震えがきていた。

 嘘を吐いているのか。

 唇を戦慄わななかせる様子に、斬り込む様に睨み上げる。


「下手な嘘は吐くなよ。何かありました、って豪語してんじゃねえか」

「嘘じゃないです! 嘘じゃ、……っ、うそ、じゃ、……、――っ」


 唇を噛み締め、必死に嗚咽おえつこらえていた。その様子は恐怖や不安だけではなく、後悔までにじみ出す様だ。懺悔をしに来た罪人の様にも映る。

 はく、とスティーブの口が意味もなく吐息を漏らす。

 それを何度か繰り返した後、ずるっと、力尽きる様に座り込んだ。


「違うんです。嘘じゃない。で、も、……」


 皮膚を突き破りそうなほど両の拳を握り締め、スティーブは項垂うなだれる。



「ボク、なんです」

「何が」

「ボクが、……ボク、がっ。……ブレットを、階段から突き落としてしまったんです……っ!」

「――」



 絞り出す様な告白に、ジークの眉が無意識に寄るのが分かった。


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