第十八話 おおむね予想通りだったね


 ハルシエの言った通り、相談を受けてから五日目に動きがあった。

 更に欲を出した、くだんの問屋の店主が罠に引っかかって捕まったのである。


「最近、急に借金を背負わされたという問題が、更に三件ほど出てきまして。調査次第では、もっと出るでしょうね」


 夕食の準備をしていた時分に、バリエルが再度報告にやってきた。

 問屋の店主はまだ口を割らないが、尋問は過酷だ。時間の問題だろう。


「サクラを撒いたら、案の定引っかかりました。頭弱いですよね」

「でも、問屋は黒幕じゃないんでしょ」

「ええ。裏で手引きした人間がいます。そして、ディスパーダ家も同じ引っかかり方をしたこともわかりました」


 一瞬、じゃがいもを潰していたジークの手が止まる。ハルシエは変わらずに書物から視線を上げなかった。


「……。カロリナ嬢がか?」

「カロリナ嬢が、ではあるのですが……正しくはサリヤ子爵が、ですね」

「何でだよ」

「娘のために、出版社を立ち上げようとしたからです」

「は?」


 意味が分からない。出版社とは何故か。カロリナが本好きだから、それが高じて仕事に発展したのか。

 ジークが混乱している中、ハルシエが当たり前の様に言い放った。



「だって、カロリナ嬢がアキノーラだからね」

「そうか。カロリナ嬢がアキノーラか。……、……は、はああああああああっ⁉ アキノー、ラ⁉」



 とんでもない暴露に、ジークは目をいた。耳を疑った。嘘だと誰か言って欲しかった。

 しかし、ハルシエはもちろん、バリエルも当然の様に続ける。


「ええ、アキノーラもといカロリナ嬢が、自分の経験を元に考えていたようです。本を出したくても出せない才のある平民のために、出版社を作って後押ししたいと。サリヤ子爵も賛同し、色々準備を進めていたようです」

「いや、待て。まてまてまて。一体いつ、アキノーラがカロリナ嬢だって」

「え? 最初から」

「はあっ⁉」

「だって、アキノーラっていう名前、そのままカロリナ嬢だもの」

「は? ……、は……」


 そのまま、と指摘され、ジークはカロリナのスペルを思い起こす。

 カロリナは、「Carolina」。

 アキノーラは、……「Acinorla」。

 強引ではあるが、アナグラム、である。


「……そんなの、一瞬で思いつかねえよ……」

「ジークは語彙力が貧困だから」

「関係ねえからな。てか、Cの読み方……」

「まあ、本当は違うけど。カの並べ替えだから、キで読ませたんだろうね」


 そんな種明かしがあるか。

 だが、合点がいった。だから、初めてハルシエがアキノーラの作品を読んでいると言った時、あれほど慌てていたのか。

 別に刺激的だからとか、二人の物語でBLだからとかいうのではなく、単に自分の作品だったから。

 顔が赤くなっていた理由に、ジークはどっと疲労に襲われる。


「書くのが好きって、カロリナ嬢か……」

「うん、そう」

「ライナス殿も知ってんのかね」

「知ってるでしょ。だって彼、アキノーラのこと知り合いの様に話してたし」

「……。……もっと言い回しに気を付けるわ」

「そうしなよ」


 どんどん明かされる真実に、ジークは悟りを開く。次にカロリナに会ったら、どんな顔をするかは脇に置くことにした。


「しっかし、その出版社を立ち上げる過程で、その引っかかりやすい詐欺に騙されたってわけか」

「その通りですね。そして、その借金を盾にして、カロリナ嬢を結婚させろと迫っているようです」

「……トバイアスか?」

「ええ。黒幕は彼です。その借金を、勝手にトバイアスが『親切に』支払って、今度は彼が債権者になったというわけです」

「取り立て屋が変わっただけってか」


 騙されたと青ざめているところに、ある日突然「私が支払ったので、結婚してください」と迫る輩が現れる。カロリナが目当てなのは言うまでもない。

 爵位目的の可能性もあるが、トバイアスはハルシエにも興味を示していた。店の妻を狙っていたことといい、気に入った人間をはべらす趣味があるのかもしれない。


「カロリナ嬢は知ってるんだろうか」

「ストーカー自体は本当ですし、知ってはいるでしょうね」

「父親に訴えても何もしてくれないっていうのは、少なくとも真実だったと思うよ。でも、相談に来た時には全部知ってただろうね」

「……ライナスをストーカーにしたのは」

「巻き込むわけにはいかないから、距離を取らせるための策だったんじゃない。わざわざ『相談』まで使ってね」


 借金について子爵が動かない――動けないのは、過失があると思っているからだ。

 貴族にとって借金は恥だ。王宮で働く身としては、ますます公には出来ない。

 そう考えると、カロリナも一人で勝手に動けないはずだ。父の恥を娘がさらすなど、大抵はしない。

 ならば、カロリナから別の貴族に、ましてや公爵に突撃出来るはずがない。

 恐らく、ハルシエの父が把握した上で、カロリナに声をかけたのだ。

 カロリナは、その『相談』を利用して、ライナスを遠ざけようと、本格的に嫌われようとしたのかもしれない。

 だが。


「……俺達なら気付いてくれるかもって思った……ってところか」


 だから、嘘と真実を織り交ぜてハルシエのところに相談に来た。

 ハルシエとジークの話を書いた彼女なら、気付いていただろう。



 二人のところに持ち込まれた『相談』は、全て正しく処理されていることに。



「まあ、おおむね予想通りだったね。小物なのも予想通り」

「……ハルシエ」

「四ヶ月前から新刊が出ていないんだ。何かあったと考えるのが普通だよね」

「ライナスの毒は、……クッキーか」

「証拠として使えるよね、バリエル?」

「ええ。私のお墨付きですから充分です」

「……。そうか」


 お近づきの印に、という様なていだった。

 しかし、全員に渡していたらすぐに突き止められてしまう。恐らくターゲットは絞っていたはずだ。

 ライナスはカロリナと仲が良い。邪魔だと判断されたのだ。

 あの夫婦の片割れを、殺そうとしたのと同じことをした。もしかしたら、ジークのことも消そうとしたのかもしれない。


「毒が抜けてることを祈るしかねえな。……」

「抜けたんじゃない。来たから」


 ジークとハルシエが、同時に扉の方を見やる。バリエルも遅れてそちらに振り向いた。

 ぴんぽん、と鳴らされた呼び鈴はかなり焦っている様に聞こえる。


「は、ハルシエ様、……ジークリート殿! お願いです、……か、カロリナ、……カロリナを、助けてください!」


 どんどん、と激しく叩かれる音に、ジークは音もなく忍び寄って無造作に扉を開ける。

 急に開かれた扉で行き場を無くした手と共に、ごろんとライナスが転がり込んできた。髪は乱れ、息も切らし、ひどく慌てているのが伝わってくる。



「相談の内容はわかった?」



 ハルシエの淡々とした奥からの質問に、ライナスはぎゅっと唇をむ。


「はい、……はいっ。……か、カロリナが、……カロリナが……っ、僕を守るために、結婚させられようとしているんですっ。……家だけじゃなくて、よりによって、……僕のために……っ!」

「うん」

「でも、全部、……全部詐欺でっ。……お願いですっ。カロリナを、……あのトバイアスっていう男から、守ってください! お願いします……!」


 きっと必死に調べたのだろう。彼は優秀だと聞いている。色んな伝手つてを使って、がむしゃらに動いたに違いない。

 ああ、本当に彼はカロリナが大切なのだ。

 それを知れて、ジークとしては微笑ましくなる。



「その相談、承った」

「いいよ。……さあ、結末を見に行こうか」


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