第5話
真祖となった吸血鬼のサンを仲間に加え、ご主人様は更に奥へと進む。次に現れたのは下半身が蛇、上半身は美しい女性の四天王の一人ラミアのムーン。
「あらヤダ。寝返ちゃったの?サン。魔王様に悪いと思わないの?」
「我が主人はフェリシエンヌ様のみ。我が主人に比べれば魔王など有象無象の一人にすぎぬ!」
戦おうとするサンとムーンをご主人様が一歩前に出て、立ち塞がる。そう言えば、ご主人様は四天王を特に気に入っていた。響きがかっこいいと言って。
「あら?お嬢ちゃんはママのおっぱいでも飲んでなさい。ここに来るのは10年早いわ」
さっき、サンも同じ様な事を言っていたなぁと思いながらムーンのセリフを聞く。
そしてそのセリフを聞いたご主人様はニヤリと笑った。
「乳離れはとうにした!今、見たいのは貴様の血だ!」
悪役の様なセリフを吐く5歳児のご主人様。ああ、このセリフは前回のご主人様が良く言っていた言葉だ。
ご主人様はお気に入りのバターナイフを取り出す。
「はぁ?そんなもんでどうする気よ?サン、あんたの主人は頭がおかしいんじゃないの?」
「我が師が言っていた。この世のあらゆる物を武器にできて初めて一人前の剣士となれると。剣とは即ち拳。拳とは即ち自身の力。自身の力とは即ち信じる心!自分を信じる心が強さを呼び、その身に宿る力を引き出し敵を撃つ。つまり武器など必要ないのだ!」
ご主人様が自慢気に口上を述べる。これはご主人様が1番気に入ってるセリフだ。
ご主人様が一番尊敬しているお師匠様に言われた言葉。俺はこれを聞いた時に、なんだそれ?と思ったが、ご主人様はこの言葉で強くなった。
バターナイフにオーラを込めることにより、伝説の鉱石オリハルコンですら斬れる武器となる。以前の人生で世界最強と言われていたお師匠様が教えてくれたことだ。
つまりバターナイフでなくても、その辺の紙切れでもご主人様はあらゆる物を切り裂くことができる。つまりムーンに勝ち目はない。
ご主人様はオーラで力を込めたバターナイフをムーンの前でピピピッと軽く振り回す。するとその動きに合わせて、ラミアの身体に真っ直ぐな亀裂が走る。
ああ、なんて無残な姿だ。気の毒に……。
そして肉塊となったムーンの前に立ち、再び地獄の業火を召喚する。地獄の猛火を吸収し、復活したムーンはラミアから進化してエキドナになり、蛇だった下半身も人の姿に変わった。美しさは増し妖艶な魅力を放つ様になる。サンと同じ様にご主人様の手に口付けを落とし、永遠の忠誠を誓った。
そう言えば前回の人生でもムーンは情報操作が上手いとべた褒めだった。今回ご主人様は身分を詐称するために傀儡政権を作る予定だ。なるほど、ムーンの力は必要だ。
ムーンとサンを従えながら、更に奥へ奥へと進む。
「後の二人はいらないな」
「そうですね、脳筋と脳筋ですし」
俺はご主人様の意見に同意する。前回の時にはある意味必要だったが今回は目的が違う。後ろの二人と魔王がいれば事足りる。
「ではもう歩くのも面倒臭くなって来たし、そろそろお昼寝の時間だ。魔王の元に一気に行って回収したら家に帰ろう」
「……そうですね」
珍しい事もあるものだ。今までの人生では5歳児らしからぬ幼少期を送っていたのに、今回はお昼寝とか言い出した。
でもこんな人生も良いだろう。今までがおかしかった。
それに5歳児のご主人様は足が短いから歩みも遅い。後ろを歩くサンとムーンが頑張って追い抜かない様にちょこちょこ歩きをしているのも可哀想だ。
「では転移しよう」
ご主人様が指を鳴らすと、一気に魔王のいる玉座の間に辿り着いた。
そこには頬杖をつき、長い足を組み、優雅に豪華な椅子に座る魔王がいた。
「良く来たな……」
ふふふと続いて笑う魔王。もう4度目だ。そうなるとさすがに怖くない。
魔王は頭に大きな角がある以外は人間そのものだ。猫の様な金色の瞳には情など感じない。血の様に赤い髪は長く、床まで伸びている。長い爪、口から見える牙。
魔王はドラゴンの化身だ。その炎で街を焼き尽くし、その凍える息吹で街を氷の世界へと変える。
過去のご主人様はこいつのせいで死んだ事もある。魔王には剣が効かない。その硬い鱗で全てを弾いてしまう。鱗の硬さは世界一の鉱石オリハルコンを遥かに凌ぐ。ご主人様自慢のバターナイフでは太刀打ちできない。
またその鱗は全ての魔法も弾く。ご主人様は誰もがなし得なかった究極魔法をいくつも使える。だがそのどれもが、魔王には無意味だ。聖女の究極魔法、神霊召喚ですら太刀打ちできない。
「余裕だな?魔王……覚えていないと言うことがかくも羨ましい事だとは思わなかった。私が貴様に与えた
相変わらず5歳児のご主人様が悪い顔をする。なんだかこれが普通に思えてきた。
ダメだ!俺だけでも目的を忘れない様にしないと!ご主人様のこの仕様は今だけ!終わったらかわいいご主人様に戻す!よし魂に誓いを刻んだぞ!
「
魔王の方がまともなセリフを言っている。そうだった。こいつは魔王軍で唯一の常識人だった。お陰で俺と話が合った。懐かしい。
「まぁいい。お前の事は良く知っている。後ろの二人と同じ様に、忘れているならもう一度調教するまで」
言葉と同時にご主人様の右手が光る。2個前の人生からご主人様の物になり、右手に封印された剣が現れる。
「お――お前、それは⁉︎」
魔王が叫ぶ。このセリフは4回目だ。何というかここまでくると芝居がかった様に聞こえる。
「ジークシュベルト!勇者の剣‼︎」
「その通りだ。貴様を切り裂ける唯一の剣。ジークシュベルトだ!貴様の命運をこれまでだ!」
ハハハハハと相変わらず高笑いするご主人様。恐怖で顔が引きつる魔王。サンとムーンはその後ろで当たり前のように片膝立てて跪き、その右手を胸に添えている。
率直にひどい……。なんと言うかこんな伯爵令嬢で良いのだろうか……。こんな伯爵令嬢を嫁にもらいたいとレオナール様は本当に思うのだろうか。俺なら断固拒否するけど。
「……あれ?」
ついつい出た独り言と共に目を瞬く。なにかが違う。前回もその前も魔王にジークシュベルトを向けたのは同じ。だけど、その時の魔王はあんな風に怯えていただろうか?あんなにパニックになっていただろうか?あんなに恐れ慄いていただろうか?
(違う!)
魔王は驚いてなんかなかった。確か魔王のセリフは『人如きがその剣を持ったところで怖くもないわ!』だった!変わっている!何かが‼︎
「あああああ――――!!!」
魔王が恐怖から絶叫を上げる。こんな事は一度もなかった!
見開いた目には恐怖が映る。開いた口からは嘆きにも似た悲鳴が漏れる。身体を震わせ、更に仰け反り、魔王は椅子から崩れ落ちた。
どうなっているんだ!こんな事は一度もなかった!
「思い出したか?ダーク」
名前を呼ばれた魔王ダークは慌てて姿勢を正し、ご主人様の前に跪いた。更に両手を大地につけ土下座をする。
「はは、思い出すのが遅れ、大変申し訳ございません!私とあろう者がなんと情けない!」
「良い良い。この二人など殺されるまで思い出さなかったのだから」
ご主人様の言葉を受けサンとムーンが顔を見合わせて申し訳なさそうに笑う。
俺は驚いてご主人様の肩に乗る。
「ご主人様!どういう事ですか?俺達以外にも前回のことを覚えている人がいるということですか?」
「その通りだ、ティンク。私は前回、次にもし人生を繰り返した場合に、この3人には記憶が残るように魔法をかけておいたんだ。どうやら成功したようで何よりだ」
ふふんと得意そうに鼻を鳴らすご主人様。そんな馬鹿な!と思いながら3人を見回すと、確かに前回と同じ忠誠心あふれる顔をしている。
「さて、我が王よ。前回は世界征服と言う野望を成し遂げましたが、今回はどのように致しましょう」
ダークが真剣な面持ちでご主人様を仰ぎ見る。
「我が王が、この様に幼くなられたと言う事はやはり16歳になられる前にお亡くなりになったと言うことですね。いったい誰があの様に強かったご主人様を殺したというのでしょう」
サンが眉間の眉を寄せて忌々しげに言葉を吐く。
「本当に誰にやられちゃたんですか?なんだったら今のうちにやるので、誰にやられたか教えてくださいよ」
ムーンはその猛る血を抑えきれない様に、身悶えながら舌舐めずりをする。
「さぁ、それがどうやって死んだか覚えていない。ティンク、お前は知っているな?」
ご主人様が肩に乗る俺を見る。
俺はにっこり笑う。
「ええ、ですが言いません」
「……そうか」
「王!そうかじゃありません!ティンクを怒ってください!」
「そう、怒るな……ダーク。私はティンクを私以上に信用している。ティンクが言わないと言う事は私が知らなくても良い情報と言う事だ。そうだな?ティンク」
「ええ、そうです、ご主人様。俺は何があってもご主人様の不利になるような事はしません。絶対に!」
「……だ、そうだ。分かったな?3人とも」
問答無用なご主人様の言葉に3人は従う。
そう、俺は何があってもご主人様の不利になる事はしない。例えそれがご主人様を裏切ることになったとしても。
それだけが俺の矜持。
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