7度目の人生(2)

 地上に戻った私は、精霊を還して聖女に選ばれるのを待つ。すると地獄の神に話してから、1週間も経たないうちに私が聖女だと神託が降りた。どうやら地獄の神も軽いが、天界の神も軽そうだ。


 聖女に選ばれた人間は、家族の元を離れてイリゼ国の最東端にある大神殿で修行を積むらしい。私はここで初めて5歳にして、家族とちゃんと別れた。いつもは精霊に留守を任せて、家出同然で出ていたから、少し嬉しかった。


 大神殿にティンクを連れて行ってはダメと言われないので一緒に行くと、神官達は聖なる生き物だと崇め、私の聖女としての格が更に上がった。どうも見る目がないらしい。 


 確かにティンクの見た目は妖精に寄せたが、妖精ではない。聖なる生き物でもない。彼は私の頼りになる相棒だ。愛してやまない子供の様な存在だ。


 大神殿は乳白色の石造りの建物だった。等間隔に立った大きな柱が屋根を支えていて、柱の奥には広い建物があり、その奥に巨大な像があった。天界の神の像だと言う。立派なお髭のお爺ちゃんだ。お爺ちゃんの像の前には複雑な魔法陣がある。見た事がある。前の人生でクロエが使った物に似てる。こちらの方が複雑だけど。


 像の両側に扉があり、そこからが居住区だと言う。聖女の私には一番見晴らしの良い部屋が与えられた。

 海を望む広い部屋だ。


 あの海を割ってみたいと言うとティンクに怒られた。後始末が大変らしい。


 聖女の修行は明日からだと言われ、今日は部屋で食事をとり寝る事にした。前回や前々回と比べればとても楽だ。美味しいご飯もあるし、部屋には大きなお風呂もあった。しかも大きい窓から、海が見える。明るい月が夜の暗い海に映り、とても美しい。ほう……とため息と共に外を見る。


 そう言えば、大神殿に来た際に神官たちに言われた。ここではメイドがいないから、顔を洗うのもお風呂も自分でやりなさいと。確かに普通の貴族令嬢であれば、それら全てはメイドがしてくれる。だけど私は初めの人世からずっと自分でやって来た。だから全然苦じゃない。


 そもそも部屋の掃除や洗濯はしてくれると言うし、更にご飯も持って来てくれるのだ!そう言う意味では至れり尽くせりだ!


 自分で獲物を狩らなくて良いし、雪の降る中凍えながら、冷たい川で水浴びしなくても良い。更に何日も同じ服を着なくても良い!最高の環境だ!

 そしてフカフカのお布団にくるまり寝た。そう言えば前回の5歳の時は滝行をしていた。前々回は魔物を倒してた。温かい布団で寝る5歳は久しぶりだ。


 朝日の光で目を覚ますと、ティンクが飛んでやって来た。ティンクには特別性のベッドが用意された。ティンクはいつも私と一緒に寝ていたのに……それだけはとても残念だ。


 朝食後に聖女の服を渡された。ストンとした一枚の白いワンピースだ。胸の下に幅広のベルトをまく。おそらく生地はシルクだ。とても肌触りが良い。


 そしてお髭が立派なお爺ちゃんの像の前に連れて来られた。彫像の前にある魔法陣の中で瞑想しろと言う。瞑想だったら得意技だ。胡座をかいて座ろうとしたら、聖女らしくないと怒られた。

 手を組み跪き祈れと言われる。胡座をかくより、中腰のこちらの方が辛い。5歳児に随分と過酷な事をさせると思いながら、とりあえず瞑想する。するとあっさり転移した。



「やっほー君がフェリちゃんかぁ。地獄の神が言う通りかわいいね!」

 転移した先は天界の神の城門だった。出迎えてくれたのは、立派なお髭のお爺ちゃん。像とそっくり同じだ。顔も大きさも。

 そう言えば地獄の神も見上げるほど大きかった。どうも神様は大きいらしい。


「初めまして天界の神様、わたくしはフェリシエンヌ・エルヴェシウスと申します」

 ワンピースの裾を摘んでお辞儀をする。天界に神がかわいいと、かわいいと手を叩いて喜んでくれる。


「いやぁ、久しぶりの聖女だ!しかも、私の加護を受ける一族エルヴェシウス家だよ!お爺ちゃんは嬉しいねぇ」

 天界の神は私の心を読んでいるかの様に、自分をお爺ちゃんと言い出した。このフレンドリーさが地獄の神と良く似てる。


「久しぶり?私の前の人生でも聖女はいました。だから私以外にも資格がある方がいると思います。確か名は……」

「ああ!たぶんそれ偽物‼︎」

「へ?」

 私の間抜けな声に応える様に、天界の神は長い髭をさする。

 

「ほら……下界って聖女いないと困るでしょ?だから適当に見た目の良い人間を見つけては聖女って言って祀り上げるんだよ。今回はちゃんと神託でフェリちゃんを選んだから、下界の神官たちが浮足だって大変だったんだよ〜。もう見てて面白くって面白くって、腹を抱えて笑っちゃったよ」


「……そう……ですか……」

 地獄の神を見て分かっていたはずなのに、私はまだ神に対する理解度が足りないらしい。神とは次元が違う生き物だ。つまり理解する事などできない様だ。


「フェリちゃんが聖女として就任したし、これで勇者君も目覚めるかなぁ?」

「え⁉︎勇者も今までいました!確か名前は……」

「たぶんそれも偽物〜‼︎」

 大笑いする天界の神の前で、私は崩れ落ちる。ではドミニクは偽物に付き従っていたのか……。


「し……しかし今までの勇者は右手にジークシュベルトが封印されていると……」

「フェリちゃんはジークシュベルトを見た事ある?」

「ない……です。確か魔王の前でしか出現しない剣だと……」

「そんな剣があるわけないでしょう!そもそもあれは魔王を倒す剣じゃなくて、意志を持ったなんでも切れる剣ってだけだから」

「……意志を持った剣……」


 天界の神のケタケタ笑う声が、頭にぐわんぐわんと響き渡る。


 ああ、では前回の勇者は神殿側から騙された哀れな生贄だったと言うことか……。

 魔王が世界制覇を目指し侵略すると聞いて、怯える人々から献金を巻き上げるための、神殿側の愚かな策略!道理で少ない人数で、大した力もなく、魔王討伐に行かされているはずだ!最初から捨て駒だったんだ!なんて汚い‼︎なんてひどいやり口なの‼︎


「まぁまぁ、フェリちゃんもそんなに人を嫌わないで?人間には良い人も悪い人もいる。一部の悪い人を見て、人間全てが悪だと思っちゃいけないよ」

「はい……そうですね」


 それは分かっている。伊達に今まで人生を繰り返して来た訳じゃない。ただ、今までの勇者のパーティーに、ドミニクに同情しただけ。もっと私が早くに知っていれば、無駄死にしないですんだのに……と。


「さてじゃあフェリちゃん!契約しよう。君はもう悟りを開いているから聖なる魔法は全て使えるよ。もちろん練習は必要だし、私の眷属とは別途契約が必要だから、そこは頑張ってね」


「ありがとうございます」

 賢者の時は逆だった。地獄の神の眷属から契約して、最後に地獄の神だった。今回は逆だと思えば随分と楽だ。


「あとね。勇者はちゃんといるから探してみて。君達よりは弱いけど、人としては十分に強いから」

「分かりました。探して鍛えます」

「う〜ん、たぶんとっても不幸だと思うから、ほどほどにね」

「不幸?」

「勇者って言うのは不幸になるように、されているんだよ。お爺ちゃんには理解不能だけどね」


 不幸になるようにされているというのは、どう言うことだろ。だが天界の神が分からなのだ。私が分かるはずがない。


 

 そして、私は天界の神とあっさり契約して、地上へと戻った。転移した先には、天界の神そっくりな像と沢山の神官、そしてティンクがいた。


「ご主人様!どこに行ってたんですか!俺を置いて!」

 わんわん泣くティンクを胸に抱きしめ、その涙を受け止める。一緒に行けば良かった。あの衝撃的な話を一緒に聞いて欲しかった。


「フェリシエンヌ様……あなた様はいったいどちらへ……」

 白髭を長く伸ばしたお爺ちゃんが聞いてくる。確かこの大神殿で一番偉い人。つまり……ドミニクを死地へ向かわせた人……。


 私がいる以上は、無駄な献金など一切させない!


「神様にお会いしました。神様から魔法をいっぱい、いーっぱい教えてもらっちゃった」

 えへへと笑って見せる。我ながら5歳児らしい。これで私の権威が一番になるはずだ。お前達の好きにはさせない!


 大神殿を揺るがす勢いで神官達の歓喜の声がこだまする。正直うるさい。

 いい大人が馬鹿じゃないのだろうか……。そうやって喜んでいるのも束の間だ。人の善意を踏み躙る貴様らに穏やかな眠りが訪れると思わない事だ……。

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