7度目の人生(3)

 それからの私は聖なる魔法を使いこなす練習と、天界の神の眷属との契約に勤しんだ。そして神官達の前では5歳児の顔をする。


 クッキーをもらってわーい、と手を上げて喜ぶ。ままごとをしようと神官にせがむ。極め付けはおねだりだ。怖いから一緒にねんねして、と言って悪い事をする神官の部屋に潜り込む。そしてお仕置きをする。


 お仕置きの内容はティンクと相談した。私では滝行位しか思いつかなかった。それでは生温いとティンクから言われた。


 ティンクが考えたお仕置きは、『絶・回復継続魔法』をかけて地獄に堕とすと言う内容だった。


 確かに地獄に行けば、地獄の劫火の炎で焼かれたり、地獄の動物に襲われて食べられたり、拷問好きな鬼達に見つかたら拷問されちゃうけど、どうせ悪いことばかりしてたら死後地獄行きになるから同じかもしれない。それに『絶・回復継続魔法』をかけたら死にたくても死ねない……。


 私ではそこまで思いつかない。さすがティンクだと思ったので次々と悪い神官にお仕置きを実行していく。


 神官達もまさか5歳児から、部屋に入ったと同時に回復魔法をかけられ、更に地獄に堕とされたるとは夢にも思わないのだろう。ほいほい引っかかってくれた。お陰で悪い事をする神官がいなくなった。アフターフォローもバッチリだ。現実に近い夢だと思える様にティンクが記憶を操作した。さすがティンクは色々できる!


 大神殿の風通しが良くなり、神を信仰する施設として問題なくなった頃、私は全ての聖なる術を使える様になった。6歳だった。


 そこで私は勇者を探す旅に出た。

「悪い事を考えたら、次は本気で地獄に堕とすぞ?」

 そう捨て台詞を残して……。


 やはりお師匠様の言葉使いは人を脅す時に役に立つ。これからも利用したい。ティンクはお嬢様らしくないと言ってため息をつくけれど、尊敬する人は真似をしたくなってしまう。


 とは言えど6歳で旅に出るとなると両親に猛反発された。仕方ないのでお馴染みの精霊に身代わりを頼んだ。精霊には実家と大神殿を行き来してもらう。そしてお馴染みの商売とオレリアも頼む。



◇◇◇



 水晶玉を使って勇者を探す。風魔法での探知と違って、この術はあらゆる事を見通せる。だから会ったことのない勇者も探し出せるはずだ。

 ティンクがいない時にこっそりレオナール様を見ようと試してみたけどできなかった。どうしてだろう。とても不思議だ。


 そして、水晶玉が指し示したのは地図にも載っていない様な山間の集落だった。痩せた土地。実らない作物。痩せた家畜。痩せ細った住人。


 集落を観察しながら勇者を探す。私は集落の住人を観察するが、向こうも私を観察する。突き刺さる様な視線が痛い……。

 水晶玉を見ながら進むと、集落の奥に掘建小屋ほったてごやがあった。藁葺き屋根には藁がない。全体的に傾いている。指で突いたら全壊しそうだ。


「お嬢ちゃん……何しに来たのかな?」

「随分と上等な服を着てるじゃねーか、売り飛ばすか?」

「まだ子供だが、見たことがないくらい美少女だ。そう言うのが好きな金持ちに売ってやる」


 下卑た男達が3人寄って来た。


 さてどうするか……。倒すのは簡単だ。蛙にするのも良いかも知れない。いや……そう言えば聖女の力をまだ試していない。せっかくだからやってみよう。


 私は深呼吸をし、目を閉じる。そして聖女の秘技『アルカイックスマイル』を発動する。なんてことない穏やかに微笑むだけだ。


 だが効果は抜群らしい!男達が跪き、拝み始めた。遠巻きに見ていた集落の人間も、私を見て腰を抜かす。これは中々使い勝手が良いみたいだ。


「わたくしに教えて下さる?あの小屋には誰がいるの?」

 私は優しく男達に話しかける。

「へぇ、あの中には忌み子がいます。飯もくれてねーのに、死なねえ気持ち悪いやつです」


 男の言葉の意味が分からない。ご飯を食べないと私だって死ぬ。そんな超越した人間がいるわけない。


 男達を置いてティンクと二人で小屋に入る。するとロープに繋がれている男の子がいた。ここの住人の誰よりも痩せ細った身体。栄養不足なのかとても小さい。だけど心臓が早鐘を打つ。背中には汗がびっしょりだ。視線を外すことができない。まるで凶暴な何かと対峙してるみたいだ!恐怖から目を逸らせない!


 おかしい!だって私は賢者も剣豪も取得している。人間如きに負けるはずがない!


「……だれ?」

 男の子が声を発する。思ったより低い声。だけどその目が鋭く光る。


「あなたを助けに来たわ」

 私は聖女の笑みで答える。恐怖を見せないために。


「たすけ?いらないよ。僕はここから出ない方がいいんだよ」

「どうしてそんな事を言うの?」

「僕は、いみごだから。僕はあぶないんだよ。かんたんに生き物をころしちゃう」


「そう?私を殺す事はできないと思うわ。だって私の方が強いもの。あなたは世界を知らないわ。世の中には強い人がいっぱいいるのよ?」


「……うそだ」

「試してみる?」

 この言葉には興味を持ったみたいだ。男の子はロープをぶちっと切った。やはり自分から繋がれていた様だ。


 男の子と一緒に外に出る。住民が私達を遠巻きに見ている。怯える目が語る。この男の子が余程怖い様だ。


「武器が必要かしら?」

「……いらない。もってる」

「持っている?」

 私が聞き返すと男の子は右手を掲げた。手のひらから光が迸る!そして刃から、柄から全てが銀色に輝く剣が出現した。


「……ジークシュベルト」

 ついつい口から漏れる。初めて見た。なんて美しい剣のなのか。そして荒々しいしいほど力強い。


「よくしってるね。たしかにジークシュベルトだよ。あなたは?武器は?」

「そうね……わたくしは……」

 地面に落ちている枯れ葉を拾う。


「これかしら?」

「そう……ばかにしてるんだね」

 男の子の目がカッと見開く。良かった。プライドはあるらしい。


 そのまま切り込んで来る男の子の剣を枯れ葉で受け止める。響き渡る斬撃の音が宙に散る!

「……なん……で?」


 私が剣を受け止めたのが不思議らしい。男の子があり得ない様子で私を見る。

「上には上がいると言ったはずよ?坊や……」

「ぼうやじゃない!おれは10さいだ‼︎」

「10歳は坊やよ」

 とは言えど小さい。私と同じくらいかと思ってた。


「いつから食べてないの!」

 剣を打ち合わせながら質問する。10歳にしてもやはり小さい。6才の私と5cmしか変わらない。


「おぼえてない!おれはこれ以上つよくなっちゃいけないんだ!」

 私は力を強めて彼の剣を弾き飛ばす。弾かれたジークシュベルトが畦道に刺さる。


「強い?どこがだ?坊や……」

 やはりこう言う時にはお師匠様の言葉使いだ。そして顔付きもお師匠様に似せるようにする。つまり人を小馬鹿にした態度で偉そうにする。


「そんな……」

 崩れ落ちる彼の顎を掴み、私に向けさせる。うん、綺麗な目だ。

「井の中の蛙だな。ついて来い。私が世間という物を教えてやろう」

 彼はうなだれるように頷いた。


 ティンクが「お師匠様の影響が抜けない!」と嘆いているが無視する事にした。

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