第22話
「相変わらずのダメダメね」
部屋に戻ったと同時に、まるで自身に言い聞かせるようにご主人様はレオナール様のダメ出しをする。毎日の日課だ。
「そうですね。レオナール様はまったくダメ男ですね。ご主人様に相応しくないです」
「そんなことないわ!だって弓以外は素晴らしいもの」
俺が言うと、ご主人様が憤り、反論する。これもいつものことだ。
そしてご主人様をじっと見つめるていると、やがて真っ赤になって、口をすぼませる。
このやりとりが毎日のルーチンだ。なんだか飽きてきた……そう思えるくらいだ。
「まぁ、いいですよ。ところで今日の予定は狩りでしたが、明日は一日自由時間だそうです。またレオナール様と過ごしますか?」
「い……い、いつも、レオナール様と一緒だと思わないで!ち…違うわ!」
あからさまに動揺してる。上に下にと瞳が忙しく泳ぐ姿を見てると、なんだかこちらがいたたまれなくなる。
「明日は……そう、あの、えっと、あの子よ……あの子!あの黒髪の……名前はなんだっかしら。確か……」
「自国の第三王子を忘れないでください。セドリック王子です」
「あー、確かそんな名前だったわね。そのセ……セドリック?とヨットに乗ろうって話をしたわ!新たな恋人候補よ!」
「……そうですか……」
名前も覚えていない相手に恋ができるわけがない。ましてや8歳の頃からずっと同じクラスで、同じ寮に住んでいて、選択科目だって同じ弓なのに、それでも覚えていないなんて興味がないにも程がある。
(また新たな犠牲者か……)
俺はそっとため息を吐く。
ご主人様は新たな恋人を探すと宣言してから、クラスメイトに積極的に話しかけるようになった。
ご主人様より強い男なんているわけがないと言ったら、では守ってあげたくなるような相手を探すと言い出した。積極的にクラスメイトを誘い、デート(?)し、あの人は違うと言って怒る。
クラスメイトの三分の一は餌食になっているので、そろそろやめさせなければ……とは思ってる。なぜなら誰が見ても超絶美少年であるご主人様の色香に道を踏み外す男子が続出しているからだ。
当初、ご主人様はレオナール様が男好きになるのを阻止するために、この学園に入学したのに、男子生徒達を男好きにしていては本末転倒ないだろうか……。まぁ、当のレオナール様はご主人様を友人としか思っていないようだから、ある意味目的は達成しているのだろうか。
(本当は……)
言葉を飲み込みご主人様を再び見ると、スーツケースを漁っている。
「セ……リック?とのデートは何を着ようかしら?これで良いかな」
一瞬で決まってしまった。しかも一番上にあった服だ。しかもまだ名前を覚えていない。
「適当過ぎませんか?」
「そう?」
俺は反論せずに、本来の姿に戻った。
(だってレオナール様と出かける時は、今だに30分くらい何を着るか考えているでしょう?)
たくさんの言葉を飲み込み、ベッドに潜り込む。ご主人様とこれ以上話しをしないために……。
◇◇◇◇◇◇◇
一晩明けて朝日が昇ると、朝食の時間だ。校外学習中は皆一緒に食堂で食事を取る。俺たち従者には隣の部屋に食事が用意されている。
食事が終わり、ご主人様達の食堂に向かうと、隣に座ってるのが今日のご主人様の獲物であるセドリックだと分かった。黒髪に青味がかったグレーの瞳。王族特有の彫りの深い男らしい顔立ち。身長は高くがっしりしている。しかも王位継承権は少し遠いが一応王子だ。普通にモテると思う。
そんなセドリックとご主人様は談笑している。雰囲気は悪くない。むしろ良い。
観察しながら、俺はご主人様に近づき、そっと後ろへ立つ。従者は基本的に主人に付き従う事になっている。だから、俺以外の従者も続々と食堂へ入ってきて、主人の後ろに立つ。
セドリックの従者も当然のように後ろに付いた。金髪の美丈夫だ。妙に艶めく姿をしている。切長の目で俺を見る目つきは冷めている。この視線の意味が分からないほど、馬鹿じゃない。つまりセドリックの従者は貴族の出なんだろう。しかも高位の。
王族が貴族の子息を従者にするのは良くあることだ。貴族の出である従者は、そうではない従者を見下す。ご主人様のクラスメイトの従者で貴族の出ではないのは俺を含めて数人。その中にはレオナール様の従者ルドルフもいる。
ふんっと鼻を鳴らす勢いで視線を逸らすセドリックの従者を無視して、ご主人様越しにレオナール様を見る。長テーブルに座るレオナール様の席はご主人様の斜め前。レオナール様は両脇の同級生と乗馬をしようと笑っている。
入学してからずっと一緒にいた、ご主人様とレオナール様が少しずつ離れていく。その光景に心が痛んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
湖に浮かぶボートには漕ぎ手が4人いて、護衛のために騎士がボートの前後に立つ。更に日除けのための屋根もついている。びっくりするくらい至れり尽せりだ。
まずはボートにご主人様をとセドリックが乗り込む。次に乗るのはセドリックの従者だ。お前は後から乗れと目で脅されたので、最後に乗り込んだ。
騎士の合図でボートはゆっくり動きだす。日除けのための屋根の下には、体が沈み込むようなクッションあり、ご主人様はそこにふわっと座った。俺はその後ろに立つ。セドリックの従者と目が合うと睨まれた。
(若いって良いな……)
ついついそんな感想も漏れてしまう。ご主人様と一緒に何度も人生を繰り返していると、自分が何歳なのかも分からなくなってしまう。
「セ……君の従者が僕の従者を睨んでいるように見えるな」
(ご主人様……名前また忘れましたね、ではなくそれは言わなく良い事ですよ)
と言いたけど言えない。しかし空気を読んで下さらないご主人様は、俺の気持ちを読まずにセドリックを睨みつける。
「ああ、申し訳ない。あとで言って聞かせるよ。しかしフェリは従者のことを大事にしているんだね」
「とても大事にしている。だからこそ有耶無耶に終わらせる気はないね。ティンクに謝ってくれ」
「……フェリは知らないだろうけど、僕の従者は侯爵家の人間だ。平民である君の従者とは身分が違うよ」
「身分?バカバカしい、そんな者はただの運だ」
「その運が大事だ。私は王族でフェリだって王族の一員じゃないか。いまだにフェリが仲良くしているレオナールだって我が国の臣下の1人にすぎない。なのにいつまでもフェリと仲良くするなんておかしいだろう?そろそろ身分をわきまえて君から離れるべきだろう。そしてフェリは私と仲良くすべき……そう思ったから私に近付いたんだろう?君のように美しい男の子なら大歓迎だ……
「レオナール様を馬鹿にするな‼︎」
叫びと共にダンっとご主人様は強く拳を船底に打ち付けた。ご主人様の拳が炸裂したということは――!!!
舟が真っ二つに折れた。そのまま両側がグンと上がり、騎士達が湖へと放り投げられる。漕ぎ手もポロポロと落ちていく。
(大問題が起きた!)
なんて思っている暇はない。セドリック達を助けなければ!でも、本当の力を見せる事はできないし!と思っていると、体がふわっと浮いた。
そしてそのまま岸へと運ばれる。見ると湖に投げ出された騎士も、漕ぎ手も宙に浮いている。ご主人様とセドリックもだ。
岸辺には見覚えのある姿の男がいる。風に血のように赤い長い髪が靡く。端正な顔立ちには猫のような金色の瞳が光る。
ダークだ。ダークが珍しく生徒の前に姿を現した。
自身の目の前にご主人様を下ろしたダークは、重い口を開く。
「フェリシアン……ドミニクの祖父のオルゲンが……」
ご主人様は大きな瞳をさらに大きく見開いた。
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