第23話

 久しぶりに戻ってきた元魔王城……現ウルス国王城に転移したご主人様は駆け出した。そのままお辞儀をする魔物に目もくれずに走り抜ける。俺は人工生命体の姿に戻りご主人様の肩に乗る。ご主人様のうしろをダークが追いかける。


 聞いたことがある。ご主人様とドミニクの初めての出会いは12歳の時。出会った時には基礎がしっかりできていたと。

 誰に習ったのか……、それはきっとドミニクの祖父だろう。ご主人様の『隷属の魔法』を解いた魔法使い。

 魔塔にも属していない、すご腕の魔法使いは、ご主人様と出会い、このウルス国で魔法の腕を磨いていた。魔物達とも仲良くなり、互いに研鑽していたと聞いていた。

 そんなドミニクの祖父オイゲンが病気で倒れた。年齢も年齢だから仕方ない。そしていよいよとなった今日、ダークは全ての仕事を投げ出してご主人様の元に来た。最後のお別れをさせるために。


「私はオイゲンとは気が合いまして、良く一緒にお茶を飲んだり、他愛のない話しをしたりしていたんです」 

 確かにダークはじじむさい。ふたりでほっこりするのが似合いそうだ。


「もうできないような言い方はしないで!まだまだオイゲンは長生きするわ!私がさせないわ!」

 ご主人様が叫ぶ。

 

 生きている以上老いには勝てない。俺はそう思う。生きていればどうしたって、いつかは死ぬ。それは仕方ないことだ。

 ご主人様は繰り返しの人生を送ることで、感覚がおかしくなっているのではないだろうか。つまり人は死なないと……そう思っているのではないだろうか。確かに俺達の周囲で死んだ者も、次の人生では生き返っていた。だけどそれはその時での話だ。

 おそらくオイゲンはこの時点では、多少の前後はあれど死んでしまっていたんだろう。それは突発的なものではなく、老いという逃れることのできない病で。

 ご主人様はこの事実を受け入れる事ができるだろうか。俺はとても心配だ。


 オイゲンの部屋に近付くと、多くの魔物達が集まっている。それぞれの目からは涙が光る。オイゲンがどれだけこの国で慕われていたか良く分かる。

 皆がご主人様のために、道を開け、刹那の希望に祈りを捧げる。だが諦めている。なぜなら抗えない物があることを、皆は分かっているからだ。


「オイゲン!」

 ご主人様が声をかけると、ベッドで眠るオイゲンはそっと目を開けた。そしてなんとか首を動かす。

 オイゲンのベッド脇にいるドミニクは、拳をぎゅっと握り、ご主人様を見る。もう覚悟を決めているようだ。


「お嬢様……最後にお会いできる……とは」

「最後なんて言わないで!」


 オイゲンの言葉に被るようにご主人様は叫ぶ。その姿を見てオイゲンはそっと目を細めた。もう自身の死を受け入れているように。


「魔法をかけるわ!だから……」

「無駄ですよ。もう効きません」

 ダークの言葉に睨むことで返事を返すご主人様の目には涙が溜まっている。ご主人様も分かっているんだと思った。全てが無駄だということを。老いからくる死は逃れられないことを。


「お嬢様……あなた様に出会えて、儂は幸せでした。普通に生きていたら学べなかったであろうレベルの魔法を手にしました……。儂はここまでですが、ドミニクがはまだまだ、成長するでしょう……そしてあなた様が欲していた魔法を作ることでしょう」


(ご主人様が欲した魔法?)

 俺が聞いていない話しだ。どうやらご主人様はオイゲンに何かを依頼していたようだ。


「オイゲン……わたしは……」

「皆まで言わなくても……、分かっておりますよ。お嬢様に次がないことを……死後の世界でお祈り致します……」

 オイゲンとドミニクには繰り返しの人生のことを言っていない。なのにまるで分かっているかのようにいう。それともご主人様が俺に内緒で教えていたのだろうか。


 俺がご主人様に隠し事があるように、ご主人様だって俺に隠し事をしてる。特に今回の人生ではお互いにそれが多い。


 オイゲンはご主人様に手を伸ばす。その手をご主人様がぎゅっと握りしめると鮮やかな魔法陣が生じた。


「まずはここまで……誘導はしておきました。来年あたりには…芽吹くでしょう」

「今までありがとう。オイゲンのお陰でここまで来れたわ」

 ご主人様の涙がポツリポツリとオイゲンの腕に落ちる。するとオイゲンの腕が全てを受け入れたように、ガクっと動き、そのまま時を止めた。


「じいちゃん……」

 ドミニクの声が静寂に満ちた部屋にやけに響く。続いて廊下から聞こえるすすり泣く声が、まるで水面を乱す波紋のように広がっていく。その様子を受け入れるようにご主人様が立ち上がる。


「ダーク、丁重にお葬式を……」

「承知いたしました。お嬢様……」

「ご主人様……大丈夫ですか?」

 ご主人様の目からは、真珠のような涙がポロポロと落ちていく。落ちる涙を受け止めることはできない。俺の姿は小さな人工生命体の姿だ。こんなことなら、従者の姿のままでいれば良かった。


 俺が悔やんでいると、代わりにダークが両腕を広げた。

 

「お嬢様、この時ばかりは頼ってください」

 ダークを見上げたご主人様は、その勢いのままダークの腕に飛び込んだ。ご主人様の腕がダークの腰へ、ダークの腕は力強くご主人様を抱きしめる。肩に乗っている俺は、そのまま身動きが取れずにいる。


「ダーク!」

 そのまま泣き崩れるご主人様と一緒に皆も泣く。


 そんな中、俺だけが泣けずにいた。

 (ご主人様!ダークだけはやめてください!)



 先行きの不安さを感じながら、俺はご主人様の未来とオイゲンの転生後の幸福な人生を祈った。

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