第21話

 ヒュンと放たれた矢が弧を描き、地面にすとんと突き刺さった。獲物はその音で逃げていく。当然だ。


「レオはいつになったら、まともに矢を射ることができるんだい?」

「はは、申し訳ない。これでも努力はしているんだ……」

 自身の不出来さを憫笑するレオナール様を、ご主人様は冷めた目で見る。本当にご主人様の恋心は10歳の時点で消えてしまったのだろうか……。


 ご主人様は11歳になった。そしてジェネロジテ学園の生徒は今日から一週間、イリゼ国の外れの森で校外学習をする。


 校外学習の目的の一つは、『命の大切さを学び、食のありがたさを知る』


 俺は想像した。


 普段は寮や学校で一流のシェフが作った食事を食べているジェネロジテ学園の生徒達だが、今回ばかりは違うのだろう。食育教育の一環として自分達で獲物を狩り、解体し、料理し、食す事により、命の大切さを学ぶのだろう、そう思っていたのだが……。


 そこは自国と近隣諸国の王侯貴族の令息ばかりが集まるジェネロジテ学園だ。生徒は狩るまでだ。狩った獲物を捌くのは雇われたシェフで、料理までしてくれる。いったいこのやり方で何を学べるのだろう。


 ご主人様は5歳の頃から獲物を狩り、ありがとうと言いながら捌いていた。そして命の大切さを知っているが故に残すこともない。さすが俺のご主人様は素晴らしい!


 そんな校外学習にはもうひとつ目的がある。それは『有事の際の困難な状況での生活体験』だ。


 俺は思った。


 寝泊まりもテントか野宿なんだろうと。柔らかいベッドに、快適な温度が保たれた室内、いつでも入れるお風呂。常日頃そんな満ち足りた環境で過ごす令息達が、獣が襲ってくるかも知れない恐怖に怯え、寒空の下で毛布一枚で過ごすのだろうと……。


 だが、そんなことはなかった。お泊まりは郊外の森を抜けた美しい湖畔に立つ素敵な別荘だ。

 いつもより気持ちばかり固いベッド。ほんの少し薄い布団。確かに狭いといえば狭いかも知れないと思える様な部屋には、少しだけ小さくなった気がするけど、違うかも知れないようなバスルームがついている。


 つまり、いつもと変わらない環境だ。

 俺のご主人様は5歳の頃から、テントでの寝泊まりを平然としていた。テントを張る場所がない時には、毛布にくるまり、俺と一緒に暖を取って寝た。旅の途中にお風呂なんてあるわけがない。その辺の川に入れれば御の字だ。襲ってくる獣は、ご飯がやって来たと言って喜んで……いやいや最後のは考えないでおこう。とにかく俺のご主人様はすごい!


 結局、ジェネロジテ学園の生徒は怪我でもしたら、学園の責任問題になる子供たちばかりだ。そのため、狩りをする生徒の周囲はイリゼ国自慢の屈強な騎士達が守っている。狩りをする獲物も、イリゼ国の兵士達が生徒達の前に誘導している始末だ。

 そしてそんなお膳立てされた獲物すら倒せないレオナール様。これは確かに情けない。


「レオは他は完璧なのに弓だけはだめだな」

「いつまでもフェリに頼っていてはダメだろう」

「フェリも人が良いな、いつまでもレオに付き合ってあげてさ」

「本当だよ、君たちはいつまで一緒にいるんだよ、よく飽きないよな」


 学友達が口々にご主人様とレオナール様に声をかける。

 そう、ご主人様はレオナール様との恋は諦めたとか言いながら、それでも一緒にいる。恋人としてはダメだが、友人としては気の置けない存在だそうだ。だからのクラスメイトの一部は今だに二人ができているのでは?と思っている。そんなだから、皆はご主人様とは一線を置いている。これでは新しい恋を見つけられそうにない。


 現在男であるご主人様だが、その姿は老若男女問わず視線を送ってしまうほどの美男子だ。

 今だって、屈強な騎士達がチラチラとご主人様を見ている。

 豪華なハニーブロンドの髪、ぱっちりとした、だけど鋭く光る鮮やかな紫の瞳、そして可愛らしい唇。


「男の姿のご主人様は艶やかな美男子ですね」と言うと「祖父の若い頃に似ているらしいわ」と言われた。レオナール様とご主人様の婚約を結んだ方だ。繰り返しの人生の中でちらっと見たことがあるけれど、確かに年齢の割には色気を十分に称えたロマンスグレーだった。若い頃はモテたに違いない!


 「お祖父様はお婆様一筋だったのよ」とご主人様は言っていた。あの色気と顔で、しかも妻一筋とか!モテる要素しかないじゃないか!


 そう言う意味でも良く似ている。口では飽きただ、他の人を探すだの言いながらも、ご主人様はレオナール様から離れようとしない。


(本当はまだ好きなんでしょ?)


 いつも喉から声が出かかっている。でも言えない。繰り返しの人生の中で、俺は段々とご主人様に言えないことが増えている。生きていれば色々な制限があり、約束があり、事情がある。それは仕方がない事だ。例え寂しく、胸が痛んだとしても。


 願わくばこの人生で繰り返しの人生を終わらせたい。そう思えるほど今回の人生は平和だ。


 ジェネロジテ学園の生徒の校外学習だってそうだ。前までの人生の時代は想像でしかないけれど、おそら前回までは、実戦に要した校外学習だったのではないだろうか。


 今回は魔王軍とも和平を結び、更に近隣諸国とも争う様子はない。気候も安定し、食料は安定供給され、大きな災害や、疫病の発生もない。それに伴い経済も安定している。

 ご主人様が言い出し、ムーンが起こした商会のおかげで大陸中の製品がどこにいても手に入るようになった。世の中は便利になった。


 そんな平和な世界で、無駄に戦いの訓練をしても仕方ないじゃないか。そう言う意味ではこんな風にまったりした校外学習も悪くない。


 全てはご主人様のおかげだと、俺は思ってる。だからご主人様……今回は諦めないであなたの恋を貫いてください。どんなに否定しても、あなたの目はレオナール様を追いかけるのだから……。

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