第7話
ダーク達を傘下に加えて1か月が経った。ご主人様はお気に入りの熊のぬいぐるみを抱きながら、テラスにあるブランコに乗る。
そのブランコを押すのは、従者となった元魔王のダーク。ダークはエルヴェシウス伯爵家の人間に催眠術を施し、元からいたご主人様専用従者と言う立場を得た。この方法はご主人様が昔からよく使う手だ。家族を心配させない為の配慮らしい。ご主人様は家族思いだ。だからこそ今もブランコに乗って、キャッキャと楽しそうな笑い声を出している。
「楽しいですか?お嬢様」
「楽しいわ!もっと押して!もっともっと‼︎」
ダークが更にブランコを押す力を強める。ご主人様はわーいと声を上げる。
かわいい笑い声とは裏腹に、ご主人様はゴミでも見るような視線を足元に向ける。その足元、つまりブランコの下には、吸血鬼のサンがいる。手足を床に縫い付けた様に身動きせず、サンはただただご主人様の足蹴りを待っている。その表情は恍惚だ。率直に気持ち悪い。
カーブを描きながら、ご主人様の乗るブランコは徐々に、徐々にスピードを増す。そしてそのスピードが最高潮に達した時、ご主人様は飛び降りた。その小さな足はサンの腹部に見事に着地する。
「ぐぇ」と、潰れた蛙の様な声を出すサン。お嬢様の乗っていたブランコの座面はダークがその手で止め、お嬢様の後頭部に当たるのを防いでいる。さすが元魔王。さすが元ご主人様の優秀なる下僕!
「サン……。ご褒美は堪能できたか?」
ご主人様が兪樾に満ちた表情でサンの身体から降りる。その表情は5歳児には見えない。伯爵令嬢にはまったく見えない。
(サン、本当にご主人様を変な道に引き込むのはやめて欲しい!)
「さ……ささ、最高でございますぅ」
サンはゲホゲホしながら、更に腹を摩りながら起き上がる。
もう一度言おう!率直に気持ち悪い!
「王……いえお嬢様、日差しが強いので汗をかかれたのでは?お飲み物をご用意しますので、室内へ」
「そうだな……じゃないわね。ありがとう。ダーク!」
ダークがテラスの扉を開き、深々とお辞儀をする中、ご主人様はぴょこぴょこ跳ねながら室内へ入る。その腕の中の熊のぬいぐるみの耳もぴょこぴょこ動いている。ここだけ見ると微笑ましい。
その後にダークが続き、這いながらサンが続く。ご主人様に与えられた足蹴りのダメージは思ったより大きい様だ。お前は、本当にいい加減にしろ!
そう思いながら、俺はすっと、ご主人様の肩に座る。
ご主人様は子供用のソファに座り、ダークからジュースを受け取る。両手でコップを持つご主人様に、うっとりする部下二人が気持ち悪い。
「それにしてもたった一週間でアダル国を陥落するとは、さすがサンとムーンだな。ムーンはまだ王城か?」
「お嬢様……お言葉……」
ダークが、メっと言って人差し指を立てると、ご主人様はかわいく舌を出し、こつんと自分の頭を叩く。熊のぬいぐるみは、膝の上だ。
かわいい……、長く一緒にいる俺でもびっくりするかわいい。こんなご主人様は見たことがない。
「そうだったわね。いつも注意してくれてありがとう。ダーク。サン、ムーンは王城で王族の男どもを侍らせているの?」
最近はダークがご主人様の言葉使いを矯正してくれる。言ってる内容は物騒だが、まぁ良いだろう。
「ええ、そうです。ほとんどの男がムーンに骨抜きにされております。私も宰相の家の乗っ取りは終わりました。囚われていた魔物も救出しました。あとは売られた魔物達を回収するのみです」
「そう、ちゃん助けてあげてね?かわいそうだわ。代わりに悪いことした大人達には、もう生きてるのが辛いって目に合わせてあげてね。弱いものいじめする人は大っ嫌いよ」
ジュースを飲み込み、ご主人様は頬をぷうっと膨らませる。
その言葉を受けて、サンの目が光る。何をするかは聞かないでおこう。世の中には知らなくても良い事がいっぱいある。
「それはさておき、ご主人様。一週間が立ちました。そろそろリリアを迎えに行きませんと……」
「そうだったわね。忘れていたわ。性悪クソ女なんかを迎えに行くの癪だけど、役に立つかも知れないものね。幸いダークもいて、サンもいるから早く迎えに行きましょう」
ご主人様が指を鳴らす。すると発動するのは転移の魔法だ。昔は発動できず悔しがっていたのに、今は淀みなく使えるようになった。繰り返しの人生も無駄じゃない。
パッと来たのは、薄暗い洞窟。聞こえるのは滴り落ちる水の音と、獣にも似た魔物の咆哮。仄かに明るいのは洞窟に生えた光苔のせいだろう。青白く光るそれが、この洞窟の不気味さを増している。
ピチョン、ピチョンとなる音と共に、何かを引きずる様な音が聞こえる。
眼前にある二股に分かれた先は見通す事ができない。ご主人様は躊躇することなく右側へ進む。
ご主人様に追随しながら、サンが周囲を見回す。
「これは……低レベルが住む魔物の洞窟ですね。まだ未発見の物では?」
「そうよ。昔の私が見つけたの。誰にも内緒よ!言ったら針千本飲ましちゃわよ!」
ご主人様は短い指でダークをビシッと指す。ダークとサンは心得た様にお辞儀をする。
この洞窟は前のご主人様が見つけた洞窟だ。初めは誰もいなかったので、ご主人様は魔法の実験に使っていたらしい。繰り返す人生の中で再び訪れた時には、魔物達の棲家になっていた。以降は度々やってきては荒稼ぎをしていた。というのも魔物達の死体は魔法道具や魔法薬の材料になる事が多い。誰にも知られていないこの場所は、ご主人様にとっての絶好の狩場だった。魔物からしてみると迷惑この上ないと思う。
だが、前回の人生、魔王の時にはこの洞窟には来なかった。その前の人生でご主人様は色々学んだんだ……そう思った。だけどリリアをここに送りこんだと言うことは、前回の人生ではこの洞窟に来る必要はないとふんだだけだろう。
「しかし、リリア……ですか……。確かに1番人間界を侵略していたのは、あの女でしたね。何度も裏切っては王に叩きのめされてましたけど……」
「確かにそうでしたね。最終的に四天王の一人にのし上がっておりました。王を何度も暗殺しようとしては、その度にご褒美を授けられていました……。あれは羨ましかった……」
うっとりするサンは相変わらず気持ち悪い!
「お前……その気持ち悪い思考をなんとかしろ!王が、いや、お嬢様が変態になられたらどうする‼︎」
「ぜひともなって頂きたい。先程の無邪気な蹴りも良かったは良かった。ああ、だがもっと強く蹴って頂きたかった。それこそ全身の骨が折れるくらいに……」
変態発言を繰り広げるサンをダークが叱りつける。正直もっと叱って欲しい。これ以下、ご主人様を誤った道に行かせるわけにはいかない。
そんな2人のコントを無視してご主人様は、トコトコ歩く。ご主人様は元々あまりおしゃべりする方ではない。どちらかと言えば無口だ。本来内向的なのに、レオナール様のために頑張っている。例え、途中からおかしい方向に行っていたとしても。
ご主人様の歩行速度に合わせてのんびり歩いていると、暗闇を写す洞窟の奥から音が聞こえる。
カリカリカリと何かが擦れる音。
ズルズルと何かを引き摺る音。
そしてブツブツと聞こえる怨嗟の声。
「さすがリリアだ」
満足げにつぶやくご主人様。
ブツブツ聞こえていた声の主が何を言ってるか徐々に聴こえてきた。
「あのクソガキ、本当に迎えに来るんだろうな?迎えに来なければ、ぶっ殺してやる!イテテテテ‼︎なんだよ!言っただけで電撃走るのかよ!ムカつく。この『隷属の魔法』の首輪が外れたら真っ先にあのクソガキを……ちくしょう!言えね!あのクソガキはちょっと前まで、私の言いなりでシクシク泣いてたのに、変わりやがって。あのくそ婚約者のせいか?いやでも送られた花が……。……………………………お嬢様!」
剣を右手で引き摺り、左手でトロールを引き摺りながらやって来たリリアが破顔する。剣を投げ捨て、トロールを放り投げ、そしてご主人様の前に跪いて、両手を組み、目をうるるとさせた。
「お待ちしておりました!お嬢様!このリリア、お嬢様の言いつけを守りこの一週間、レベル上げに勤しみました。今後はご主人様を唯一の主人とし、生涯仕えることをここに誓います!」
立石に水のように、ペラペラ話すリリアをサンとダークが冷めた目で見る。
「いや……お前さっき『ぶっ殺す』って言ってたが?」
「私がそのような事を申すとでも⁉︎ああ、哀しい、お嬢様!この男は誰ですか?この様なものをお側においてはいけません!」
ダークの言葉にリリアは芝居がかった声を上げる。
「お嬢様のことを『クソガキ』などと言ってましたね。やはりこの女の性根は変わらないようですね」
「私がその様な汚い言葉を言うわけないでしょうが?なんてこと!ああ、ご主人様に悪い影響を与える男が2人もいるなんて……。側を離れるべきではありませんでした。なんと嘆かわしい」
サンの言葉には、手を額に当て、あたかも今から気絶するかの様な芝居がかった演技をする。
そんなリリアをまったく無視して、ご主人様は首を傾げる。
「リリア?あのトロールは何?」
「ああ、あれですか?今日のご飯にしようかと。少し臭い肉ですが、なんとか食べれますよ」
「そう、本当に頑張ったのね。さすがリリアだわ。じゃあ、私がかけた魔法は回収するわね」
かわいく笑ったご主人様が指を鳴らすと、リリアに掛けられた数々の魔法は解除された。
「リリア、あなたって本当にいつまで経っても、性根が悪いのね?だから後1か月ここで頑張って?今度は自力で……ね」
かわいくウィンクして、ご主人様は俺達を連れて転移した。
だからりリリアの言葉は聞こえなかった。
でも想像するに汚い言葉で罵っているのだろう。リリアの性根が更生されることがあるのか……。甚だ疑問だ
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