3度目の人生(1)
目を見開き起き上がる。左手で宙を掴み、右手は癖でベッド脇にある剣を探す。
剣はない。そして伸ばした手は小さい。
「……また……なの?」
ダメだと思っても目からは涙が溢れる。神はどうして私に試練を与えるのか⁉︎こんな非才な私に。目の前に現れた敵に、傷ひとつ与えられなかった私に。王都の民を守ることすらできなかった私に!
手で顔を覆い、ただただ泣く。思い出すのは私と共に戦った仲間。彼らはどうなったのだろうか……。そして戦いに行く私を必死で止めた両親は無事だったのだろうか。魔王軍によって無体な目に遭ってないだろうか……。
その時、トントンと扉を叩く音がして、「おはようございます、お嬢様」と言いながら、リリアが入ってくる。扉が閉まると同時に暴言を吐く。
「ああ、なに?あんた起きてたの?しかも泣いてるわけ?あー、うざいったらない!起きてたら返事くらいしなさいよ。ほら!さっさと顔でも洗い……ギャア!!!
ベッドから飛び降り、リリアの膝を蹴る。体勢が崩れた所で、飛び、リリアの肩に回し蹴りをする。子供の体だ。力は弱い。だが床に倒すことはできた。咄嗟にその背中に乗る。体重が軽い分、形勢はすぐ逆転されるはずだ。その前に決着をつける!
リリアの髪のリボンを取り、その首に巻き、力いっぱい引っ張る。てこの原理を使えば幼児の力でも行けるはずだ!
だけど所詮、幼児の力と体重だ。背中からあっさり降り落とされた。受け身を取り、そのまま後ろに下がる。
剣はない。体も子供だ。だけど前回の人生で学べた事は覚えている!体が勝手に動く!
「こんのクソガキ!何しやがる!」
リリアが声を上げる。その目には狂気が宿る。でも怖くない。
私は魔王軍と戦った。命の削り合いをした。その時に比べれば何一つ怖くない!
だからゆっくり深呼吸をする。
「今すぐここを去るなら、私にしたことを全て黙っていてあげるわ。でも出ていかないならお父様とお母様に申し上げるわ」
「は!お嬢様が言えるわけない!私が何年あんたに仕えてると思ってるわけ?言えるんならとっくに言ってんだろ⁉︎違うかい?オジョウサマ!」
「だったら分かるでしょう?昨日までの私と違うわ」
必要なのは自信を持つ事。私はリリアの目を正面から受け止める。過去の私にはなかった自信が、リリアに勝てる力が私にはある!
それだけで分かったのかリリアはその日に職を辞して出て行った。退職金代わりに私の宝石を盗んで……。
原理は分からないけど、また5歳の私に戻っている事だけは分かる。そして私以外は記憶がない事も分かる。なぜなら父に解雇され、罰を受けたはずのリリアが、回帰前と変わらな態度だったから。
このまま行くと魔王軍が攻めてきて、王都は蹂躙される。剣の腕は役に立たなかった。四天王にすら勝てないのでは意味がない。
ましてやレオナール様にも、勝てない腕では意味がない。また足手まといと言われるだけだ。
魔王軍との戦いで魔法の素晴らしさを知った。あの力があれば、私でも四天王と戦えるようになるかもしれない。
イリゼ国の最北端に魔塔と呼ばれる、魔法使い達が集う塔があると聞いた。その塔に行けば魔法の技術が習得できるはず……。
だが両親は許さないだろう。そもそも私の体の年齢は、まだ5歳。ましてや貴族の子女。親元を離れるべきではない。繰り返しの人生のことを言っても、理解してもらえるわけがない。頭がおかしくなったと言われるだけだろう。
だとすれば両親の許可の元、魔塔へ行くしかない。では何歳になれば両親は許すようになるのか。
前回の人生でも12歳になるまでは、邸宅内での訓練を義務づけられた。
初めて魔物を退治したのは13歳。それも大勢の騎士に守られてのもの。野営などの訓練に出れたのは14歳。
そう考えるとあまりにも遅すぎる。それではレオナール様の役に立てない。魔王軍に立ち向かう力も手に入れることはできない。
私には野営の経験がある。裸馬に乗る訓練もした。野生動物を狩る事も捌く事もできる。安全確保のために木の上で寝るなんて、朝飯前だ。川での水浴びは気持ち良かった。
魔塔は遠い。テントなどの夜営道具、食料品などの荷物を持たせる意味でも、馬は必須だ。だけど幼児の短い足では鐙に足はつかないだろう。
だが、馬は賢く優しい生き物だ。心を通わせる事ができれば、良き友となってくれるはずだ。
決行は夜。家人が寝静まった時間、夜の帷が私の痕跡を全て隠してくれるだろう。
まずは武器を調達する。この短い腕では剣は振れない。お爺様の武器コレクションから、セットになっているツインダガーを手に入れる。幸い持ち手が細く、刃も鋭い。なんとかなりそうだ。併せて小さな弓も手に入れた。これで鳥も狩れる。矢は獣舎の横にある武器庫にあったはずだ。開け方は前回の人生で習ったから知っている。
両親に手紙も書く。
『レオナール様のお役に立つための修行に行きます。生きていれば8歳になる前の戻ります。だから探さないで下さい。そして、たくさんのごめんなさい』
机に手紙を置き、テラスから飛び降りる。私の部屋は2階。今の私は軽いし、体も柔らかい。だから飛び降りても問題ない。
獣舎に行って、馬達を見てると白ぶちの馬と目が合った。悲しみをたたえた優しい瞳。桶に乗って閂を頑張って外すと、その馬は静かに出てきて、跪いてくれた。馬具をつけて乗ると、ゆっくり歩いてくれる。
「ありがとう……優しい良い子ね」
白ぶちの馬は首をぽんぽんと叩くと、嬉しそうに目を閉じた。
次に武器庫に行って、必要な者を物色する。馬には外で待ってもらった。
テントがある。でも5歳の私が設置できるのだろうか…。無理だと気付いたので毛布を一枚拝借した。次に矢を取る。火打ち石、鍋、ナイフ、ランタン、あとは何が必要だろうか…。あまり長居しても見張りの者に見つかってしまう。最悪はどこかで手に入れよう、そう決意し、最低限の物だけ取って、馬に積む。
そして私はもう何年住んだか分からない王都を後にした。
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