3度目の人生(2)

 魔塔までの道は、あまり順調ではなかった。そもそもあからさまに幼児だ。使用人の服を着て、髪も切り、帽子の中に隠して男の子に見えるように努力はしているが、やはり幼児の一人旅は目立ってしまう。


 その為人里は避け、獣道を進む。道中では、魔物も出る。獣も出る。そして山賊も出る。

 それらも勘を取り戻すための訓練と思い、倒していく。徐々に幼児の身体でも一撃で屠ることが出来る様になる。やはり実践に勝る経験はないらしい。


 そして前回よりも強くなった実感が湧いた頃、魔塔にたどり着いた。


 雲を突き抜けんとする高く細い塔。魔法使い達が住む館。素質のない者は辿り着けないと言う。辿り着いた私は、素質があると言うことなのだろうか……。


 入り口の扉には、ドアノブがない。そっと押すと、扉がすっと開いた。すると中には妙齢の女性がいた。黒い長いローブ。真鍮でできた杖。青い長い髪。切長の瞳。魅力的な体つき。


「ようこそ。魔塔へ、かわいいお嬢ちゃん」

「わたしは……」


「苗字は不要よ。名前だけ名乗って。ここは年齢も身分も関係ない。来たものは受け入れ、去る者は追わない魔法使いの塔」


「名前はフェリシエンヌです。フェリとお呼び下さい。あなたは魔法使いですか?」


「そうよ。私の名前はアニエス。フェリ、あなたは私の弟子よ。師は順番制なの。今回来たあなたを受け入れる順番が私だったってわけ。あなたはびっくりするくらい幼いけど、素質は十分にあるわ。よろしくね」


 そうして私はアニエスの弟子になった。私は運がいい。アニエスは若いけれど、魔塔でも1、2を争う魔法使いだった。私は彼女の元で次々と魔法を覚えて行く。

 充実した日々は瞬く間に時を重ね、気が付いた時には3年過ぎていた。レオナール様が『ジェネロジテ学園』に入学する3日前。


 アニエスに許可をもらい実家に帰る。来る時には2週間かかった魔塔も、今は魔法の箒で空を飛べるので半日で帰り着く事ができた。

 

 意気揚々として帰った私を待っていたのは、病気になりベッドから出る事もできない母様だった。母様は家出した私を心配し、心労のあまり病にかかってしまった。痩せ細り、食事すら満足に摂れない母様の姿を見て、私は自分を恥じた。


 なんて取り返しのつかない事をしてしまったのだろう。

 これは、分かってもらえないと決めつけ、手紙一つで終わらせてしまった私の罪。


 両親や兄達、そして祖父母、家人全てに心から謝罪し、レオナール様の入学式に行くのも取りやめた。行くべきではないと思った。こんな私はレオナール様に相応しくない。


 私の看病の甲斐もあり、母様はみるみるうちに回復し、最後には私を快く魔塔へ帰してくれた。

 私は10日に1度は絶対に戻る事を約束し、魔塔へ戻る。

 

 10歳になった頃、師から離れ、独り立ちした。


 11歳になった頃、誰もが使えない伝説の魔法を使い、世界から称賛された。


 12歳になった頃、弟子ができた。3つ年上の彼はドミニクと言った。ドミニクは元々の魔法の基礎をしっかり習っている子で、次々と魔法を覚えていった。年下の私にもしっかり敬意を払ってくれる良い子だった。


 13歳の時に新技術で作られたと言われる杖を手に入れた。錬金術師が作ったと言う杖は、魔法の増幅率が良かった。


 14歳の時に弟子のドミニクが独り立ちし、15歳の時に、ドミニクが魔王退治に勇者と旅立つと言う話を聞いた。


 前の人生では知らなかったのだけど、勇者と言う存在がいるらしい。

 勇者は魔王を唯一切り裂ける剣ジークシュベルトに選ばれた存在で、ドミニクはその他の仲間と共に少数精鋭で魔王城へと向かうと言う。


 私はありったけの魔法のスクロールを彼に持たせ、旅立ちを見送った。スクロールは魔法の巻物で、それを開けば、魔法使いじゃなくても魔法が発動する。


 役に立てば良い。これで魔王を倒してくれれば、私の繰り返しの人生にも、意味があると言うものだ。


 そして16歳を目前に控えたある日、今までの繰り返しの人生と同じように、レオナール様から手紙が届いた。今回は私の方から場所を指定した。公園では魔法は行使できない。レオナール様には私の実力を見て頂かなければいけない。


 場所は郊外の開けた場所を指定した。前回の人生で、騎士としてここで演習に参加した事もある。そんな何もない開けた土地。


 今思うと、あの当時の私はなんと弱かったのだろう……。


 レオナール様は今までと違い髪を長く伸ばしていた。風に靡くその髪を美しく感じた。

 無精髭もかっこよく感じた。彼にはこんな一面もあったのかとドキドキした。

 衣装もジェネロジテ学園の学生服ではなかった。裾が解けた生成り服は、貴族が着る物ではなく、修行僧が着る物みたいだと思った。でもそんな服すら着こなせるレオナール様に更に恋をする。

 だけどそんな私の感情を無視する様に、レオナール様が声高に言葉を紡ぐ。


「あなたとは婚約破棄をする。その程度の腕前では我が領地では役に立たない。私は自分で身を守れないような女性と結婚する気はない」

 またこの言葉だ……そう思った。でも前回の私とは違う。私は大きな力を手に入れた。


「レオナール様……それは早計と言う物です。あなたは私の実力を知りません。これからあなたに魔法を放ちます。その力を認めて下さったなら、私を妻にしてください」


「……いいだろう。ただし殺す気で来い。中途半端な攻撃をするならば、そこでこの婚約はなしだ!」

「承知しました」


 私は杖を上に掲げる。私が使える1番攻撃力の強い呪文は爆撃の呪文だ。この辺り一帯を焼け野原にできる。だけどそれだけでは足りない気がする。追加で雷撃の呪文も用意しよう。雷の雨をこの演習場に降らせる。

 

 魔法は発動し、レオナール様を中心に爆撃音が響き、大地を黒く焦がす。更に雷の轟く音が響き、大地を深く穿つ!

 二つの魔法の影響で黒煙が上がり、狂気の風が吹き荒れる。風が黒煙を吹き飛ばし、レオナール様の姿を現にする。


 レオナール様は平然と立っている。レオナール様を守る障壁は傷ひとつ、ついていない。


「この程度では役に立たない……さよならだな」

 そう言い残し、レオナール様はその場から煙が消えるが如く、消えた。

 転移の魔法……私がまだ使えないもの……。私はその場で跪いて泣いた。どんなに努力しても、縮まらないこの差をどうすれば良いのだろう。


 その後は魔塔に戻り無気力に過ごした。私の誕生日まであと少し。

 その時、アニエスから勇者一行が魔王にやられたと聞いた。ドミニクも検討したがダメだったと……。スクロールは役に立たなかった。

 そうだろう……。私の魔法はレオナール様の障壁すら傷つけられない。


 それから数日も経たない内に魔王軍が王都に侵攻した聞く。どうして人々の平穏な生活を壊そうとするのか⁉︎

 私は魔塔の魔法使い達と立ち上がり、王都にて戦いを繰り広げることにした。


 前回とは違い、魔塔の魔法使いが参戦した戦いはこちらに優位に進んだ。前回、私が看取った騎士達も生きている。王都民も避難させられている。お父様とお母様も地方へ逃すことができた。王族も安全な場所へ避難させた。

 前回とは違う展開に手応えを感じる。私は16歳の誕生日を迎えれるかも知れない!


 そんな私の前に現れたのが、魔王軍四天王の1人、吸血鬼サン。初めの人生で、私はこの男に貢物として捧げられる予定だった。


 艶めいた黒髪に血のように赤い瞳。青白い肌。美しい顔立ち。全体的にひ弱に見える細い体つき。だがその魔力の多さに、心臓が凍りつく。

 酷薄な笑みを浮かべ、サンは私の元に舞い降りた。

 その圧倒的な魔力の影響で、私の周りの仲間達が意識を失っていく。バタバタと倒れていく仲間達を気遣う余裕はない。ただただ、サンの美しい赤い瞳を、魅入られるように凝視する。


「美しい女性。しかも私の魔力に対抗できるとは。これは実に良い……。私の獲物にふさわしい」


 サンの言葉に反応するかのように、私の頭がカッと熱くなった。

 私は何をしているのか⁉︎ 仲間を、家族を、国を守るために、力を使わなければ意味がない!レオナール様に認めて頂けない今、私に何が残るのか‼︎

 

 咄嗟に爆撃魔法を放つ。ここは王都内だ。倒れた仲間だって生きている。大きな魔法は使えないが、サンだけに当てる事は可能だ!


 だがサンは何もなかったかのように立っている。何が起こっているのか分からず、剣を振るう。剣はサンの体に刺さる。だが、まるで煙を切っているようだ。なんの手応えもない。


「私は魔法も剣も効かないのですよ。美しいお嬢さん。さぁ、私の糧となってもらいましょう。あなたの血は実に美味しそうだ……」


 手を広げて徐々に近づいてくるサンに、恐怖から魔法を打ちまくる。更に剣も投げつける。だけどその行為には意味がない!自分の無力さに、歯噛みする。

 

 結果、魔力も体力も尽き倒れた私にサンの牙が刺さる。血が吸われていることは分かるが、体が1ミリも動かず、どうすることもできない。


 徐々に失う意識の中、思った。


 もっと良い武器があれば……例えば勇者の武器ジークシュベルトのような武器が……。

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