第6話

「さて、まずはようこそ……我が家へ」

 魔王であったダーク、その部下であったムーンとサンを転移で連れて来たご主人様は、ご満悦な面持ちで3人を見た。


 そして、

「では、私は幼児のため、お昼寝の時間だ。ティンク……後は頼む」


 そう言うとご主人様は、目を擦りながらトコトコと歩いて寝室に行く。かなり眠いらしい。


「ご主人様!パジャマはベッド脇です!ちゃんと着替えて寝てくださいね!」

 俺の声にご主人様は右手を上げて応える。少し心配だが大丈夫だろう。


 ここはご主人様の寝室の続き間としてあるリビング。部屋にはテラスがついていて、テラスには藤で編まれたラタンチェア。その横にはブランコ。

 部屋の中には子供用の学習机。これも白でかわいいピンクのうさぎ柄。机の前にはピンクのソファセット。ご主人様用の小さい一人掛けソファと、ご両親やお兄様達が座る長ソファが二つ。


 そのピンクの長ソファに座るのは元魔王と元四天王2人。シュールだ……。


「王は本当に5歳に戻られたのね。不思議な気分だわ。あの美貌を残酷に歪め、血の雨を降らしていた方が、今はあのかわいらしさ。思わずキュン死しそうよ」

 ムーンの言葉に、サンが頷く。


「そうですね。あの覇王の風情で敵を蹂躙し、情け容赦無用で敵を屠っていた王の部屋がこんなかわいらしい部屋とは……。ギャップ萌でおかしな気分になりそうです」

 サンの言葉に、ダークも頷く。


「失敗すればお仕置きという名の拷問をし、かと思えば仲間がやられたと聞けば、劣化の如く怒り10倍返しをされていた王がお昼寝とは……。随分とかわいらしい」


 ノリが分かってないとダークに突っ込みを入れるサンとムーン。騒ぐ3人を横目に、俺はコホンと咳払いをする。すると3人は静かになった。本当に前回の事を覚えているようだ。


 前回のご主人様はあまりにもフラレ続けてヤケになったのか、魔王になって世界征服をすると言い出した。

 俺はもちろん止めた。

 そもそもレオナール様に認めてもらうために、あらゆる職業を極めて来たのに、なぜ魔王になるのかと!

 しかしご主人様の決意は固く、最終的には世界征服後に、イリゼ国にレオナール様を生贄として差し出させると言い出したので止めるのをやめた。俺のご主人様は賢いけれど、一周回って馬鹿だから仕方ない。しかも頑固だから言い出したら聞かない。それは今まで一緒に人生を繰り返して来たから、骨身に染みて良く分かってる。


「それで……今回は王は何をされるおつもりでしょうか?世界征服は成し遂げてしまいましたし……それともまたやりますか?」

 サンが兪樾に満ちた顔をしながら俺に聞いてくる。


「良いじゃない!またやりましょうよ!次はあれじゃない?人類奴隷化計画!」

「ムーン……何言ってるんだ。王も人間だぞ?」

 本当に人間だよな?と続いて一言漏らし……ダークは更にため息をつく。


 確かに前回のご主人様はやりたい放題だった。今思うと魔王に相応しいように演技指導した俺も途中からおかしくなっていたのかも知れない。悪ノリして、なんだかとても楽しくなって、思い付く悪虐非道の限りをやっていた気がする。


 あの時代には戻らない様にしないと……危険だ!


「今回はアダル国を傀儡政権にする予定だ。内容は……」

 俺は3人にご主人様の計画を伝える。


 打てば響く3人はすぐに理解して計画を練り出した。

「では私がアダル国に潜入するわ。あそこの王は色好みだから、イケると思うわ」


「確かに王族を攻略するにはムーンが適任だな。だがアダル国は宰相が実権を握っていたはずだ。宰相の攻略はサンに行って欲しい」


「承知しました。このクソ宰相は特に仲間をいたぶってくれましたからね。内側から徐々に壊して、死んだ方がましな目に併せてやりますよ」


 ダークの指揮のおかげで何もしないでも、話が進む。さすが前回のご主人様が、召使いとして重宝していただけはある。


「それにしても王はまだ、あのレオナールと言う男がお好きなのね。あんな男より良い男はいっぱいいるのに、どこまでも一途なんだから」

 ムーンの言う事には一理あると頷く。


「確かに……。あんな男よりよほど私の方が良いではないか」

 ため息をつくダークの気持ちは分かるが、ダメだ!年の差婚すぎる!


「私は王を妻にしたいとは思えないですね。王にはたまに踏まれるくらいが良い……。今の年齢は若すぎるが……それでも踏まれたい……」

 ダークとムーンがサンを嗜める。本当に良い関係だ。


「お前達はついさっきまで主従関係だったのに、もうそれは無くなってるな。魔物ってやっぱり弱肉強食なんだ」

 俺は飛ぶのも疲れたからダークの角に座る。ダークの角は何気に座りやすい。


「そうですね。確かに私が魔王の座についたのも前の魔王を倒したからです。みんなあっさり従ってくれましたよ。では王が他の者に負けたら、その者に従うかと言われると従わない可能性が大きいです。それだけ前回の王と過ごした10年間は濃かった。私は王が負けても王についていきます」

 ダークの言葉にムーンとサンも頷く。


「そうねぇ。世界制覇って言ってもご主人様は歯向かわなければ良い統治者だったでしょ?魔物の本性として初めはどうなの?って思ってたけど、そのうち皆で納得してたじゃない。ただ殺し合うだけの日々は虚しいだけだって。そう言う事を教えて下さったのは、やはり王だけなのよ。今までの魔王様にはいなかったもの。私も王に付き合うわ。最後までね」

 ムーンは照れ隠しの様にウィンクする。


「私は新しい悦びを教えて下さった王に従うまでです。王に会うまでの私は、何かが足りなかった。それを満たしてくれたのが王です。私の忠誠心はどこまでも王一筋です」

 サンの言ってることは二人と違うけど、聞き流そう。ここは良い話で終わらせたい。


「ところでさ、今回は世界制覇しなのであれば、王って呼び方はやめた方が良いんじゃない?」

「確かに…さすがムーンだ。私は考えつかなかった」

「そこはやっぱり、女王様では⁉︎」

「ないわ〜。それサン以外は呼ばないわよ。そもそも15歳の時点でも、王は美少女って感じで女王様とは程遠かったじゃない。やってることだって、女王様って言うより地獄の神か⁉︎って感じだったでしょう?だから女王様は却下〜」

 サンがしゅんとしてる。こいつ、マジの提案だったのか!やはりサンは危険だ。


「そうだな……この部屋の感じといい、雰囲気といい、お嬢様で良いんじゃないだろうか。フェリお嬢様…どうだ?」

「いいわね!かわいらしいわ。大きくなったら別として、当面はお嬢様にしよーっと。そう言えばティンク様はご主人様って言ってますね。昔からですか?」


「変装で化けない限りは、ご主人様以外で呼んだ事はないかな」

「ご主人様……それも良いですね。ああ、ご主人様に踏まれたい。蔑まれた目で見られたい」

「お前はもう喋るな!」

 ダークがピシャリとサンを嗜める。が、サンの心にはちっとも響いてなさそうだ。


「話は戻すけどさ、本当にお嬢様はレオナールってやつに一途よね?私、前回レオナールに負けたのよね。ムカつくわ……。人間のくせに反則的な強さだったわ。お嬢様に乱暴されたって話を盛って、諦めさせようかしら?」

「その作戦は無駄だと思いますよ。お嬢様は恋に盲目です。きっとムーンより、レオナールを信じるでしょう」

 意外にサンはご主人様のことが分かってる。こう言うところがご主人様がサンを重宝する理由なんだろう。


「確か、レーネックの地域を治めているんだったな。あそこに出る魔物は化け物級で、私の言うことを聞かない者も多くいた。そこで子供の頃から過ごしているのでは強くもなるだろう」

「強さだけは王にふさわしいと言う事ね。でもお嬢様を傷つけるのは許せないわ。まだ幼い今のうちに洗脳して、お嬢様しか見えない様にしちゃおうかしら」


 ムーンの言葉に俺は答える。

「無理だよ」

「どうしてですか?まだ子供ですよね?」

「じゃあ、まだ子供のご主人様を洗脳できるのか?」


 俺の質問にムーンは黙り込んだ。

 そう……できるわけがない。彼は特別だ。

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