第4話
ご主人様と共に降り立ったのは魔王の住む地ウルス。ご主人様が住むイリゼ国と同じ大陸にあるこの国は、海に面した大陸の一番西に位置する。ご主人様の住むイリゼ国は10からなる大陸の国々の中では最大の王国となる。その位置は海を面する東一帯。魔王の国とは国を2つはさんで、正反対に位置する。
ご主人様の転移の術で魔王城の門の前に来た。門の前には当然の様に警備の魔物が2匹。城壁の3倍以上の高さの魔物――ミノタウロスはその大きな斧をご主人様に容赦なく振り下ろした。
その斧を5歳児の小さな手で受け止めるご主人様!
ピンク色のリボンがついたドレスが斧の風圧で翻り、波打つ髪が空へと舞う。
「埃が飛ぶだろう?この無礼者‼︎」
ご主人様の叫びと共に、ミノタウロスが斧ごと持ち上げられる。もう一方のミノタウロスは怯えている。
そうだろう……。歳はもいかない女の子が、自分の何倍以上の生き物を片手で軽々と持ち上げるのだから。
そしてご主人様は斧ごとミノタウロスを門へ放り投げる。音を立てて壊れる城壁。鳴り響く警戒音。片割れのミノタウロスの悲鳴。ドレスの埃を払うご主人様。沈黙を貫く、俺。
「行くぞ!」
やはりこの口調に戻ってしまう。だが今はこれで良いのかも知れない。そう思い、俺は沈黙を守ったまま、ご主人様の少し後ろ飛ぶ。
ご主人様の一騎当千、冷酷無残、悪逆非道な行進は続く。
右から突進して来たケンタウロスの大群は炎の魔法で一気に殲滅し、左からやってきたバジリスクの吐いた石化の息を3倍返しにして、バジリスクに追随して来た魔物達ごと物言わぬ岩とする。上から次々と飛んでくるグリフィン達は手に持ったバターナイフを振り、生じた衝撃波で真っ二つにする。
人生を繰り返せば繰り返すほど、人間離れしていくご主人様。俺が産まれたばかりの頃は、まだ人並みの強さだったのに、どうしてこんな事になってしまったのか……。
魔物を倒しながら進んだ先は、固く閉ざされた魔王城の大扉。その門を蹴ることで開け、ご主人様はドレスの埃をまめに払いながら先へ進む。途中襲ってくる魔物には同情するしかない。心の中で、無駄だから襲うなと言いながら、ご主人様の後ろを飛ぶ。
ご主人様は魔王城を知り尽くしている。この城に来たのはこれで4度目だ。住んでいた事もある。もうどこになにがあるか、どこから敵が出てくるか全て知り尽くしている。
なんだったら魔物の名前も全て覚えている筈だ。その証拠に、ご主人様は魔物を倒してすぐに、回復魔法をかけている。魔物達からすれば一瞬死んで、すぐ生き返った気持ちだろう。そんなややこしい事をするなら、殺さなきゃ良いのに――と思うけど、おそらく手加減ができないんだと思いたい。力試しをしてるわけじゃないと思いたい。たぶん、きっと、多分ね。
ご主人様の一方的な残酷極まりない大量虐殺が終わりを見せる。
ご主人様の前に立ち塞がるのは魔王の配下四天王の一人、鋭い牙を持ち多彩な魔法で敵を翻弄し、女性の血を好んで飲む吸血鬼。
「久しぶりだな。サン、相変わらず牙が美しいな」
ご主人様の郷愁の念を受け、吸血鬼のサンはその血の様に赤い目を見開いた。
「あなたの様な子供に会った事もなければ、興味もありません。あと、10歳ほど歳を取ってからおいでなさい。さぞかし飲み頃になっているでしょう……」
ヒヤッとするほどの冷気が辺りを漂い、石造りの廊下にある灯りが大きく揺れ、床から壁からピシピシと凍りついていく。
「ふむ……前回も同じ事を言われたな。実に残念だ。前回と同じ目に合わせなければいけないとは……」
5歳児らしからぬ冷酷な笑みを浮かべたご主人様は両手を組み、跪く。
「なんだ?今更、命乞いか?」
吸血鬼のサンの言葉は前回と同じだ。
跪くご主人様の周辺に、幾重にも重なる魔法陣が現れる。
「貴様!その技は聖女の究極の奥義、『神霊の召喚』!」
サンが叫ぶ。実態がなく切り裂く事も出来ず、魔法も効かないと言われている吸血鬼のサンだが、唯一の弱点が聖なる魔法だ。過去に聖女だった事もあるご主人様からすれば、聖なる魔法を使うことなど朝飯前だ。ましてや天界の神の使いである天使を呼ぶことなど容易なこと。
と言うかもっと言ってしまえば、ご主人様は天界の神ですら召喚できるのだが、吸血鬼のサン如きでそこまで呼び出す必要はないだろう。
ご主人様の祈りに応えるように、6枚の羽を持つ熾天使が現れ、その聖なる力でサンに攻撃を加える。光に焼かれるようにサンは絶叫を上げながら、黒い煙を振りまく体で床に転がりのたうち回る。
リリアに続いての大絶叫だ。神霊を召喚する力を持つべき聖女であったご主人様の顔は、現在は兪樾に満ちている。聖女の時には悲しげな表情で敵を撃っていたのに、今はその面影もない。あげく大笑いが始まった。その姿に熾天使も若干ヒキ気味だ。
「あはははははは、四天王の一人で残酷被虐と恐れられている吸血鬼のサンとあろうものが、何という体たらくか!その床をのたうち回る姿は、逆さまになり起き上がれない蝉の様ではないか!実に滑稽だ‼︎」
変な比喩まで入れて大笑いするノリノリなご主人様。この癖を早く治さないと、今後まともな伯爵令嬢に戻れないのではないだろうか。いや、もうとっくにまともな伯爵令嬢ではないけれど!
「あああ――――ああ――――――――ああ――――――!!!!」
吸血鬼のサンの断末魔が廊下に響き渡る。ご主人様が指を鳴らすと、熾天使が心得た様にお辞儀をして、すっと消える。その姿は召喚して来て頂いているといった感じではなく、まるで従者の様だ。ご主人様は本当にどこまで行ってしまったのだろう。伯爵令嬢に戻ることができるのだろうか。心配だ。
聖なる魔法に焼かれ、残ったのは灰と化した吸血鬼サンの遺体。その灰と言う名の遺体に向かって、ご主人様は魔法を放つ。先程の清らかさとは無縁な邪悪な気配のする魔法。生じた魔法陣から立ち上がる炎は赤黒い地獄の猛火。地獄の猛火が渦を巻き、サンだった灰を巻き込み、徐々に人の形を成していく。
「甦るが良い!吸血鬼サン!この世を更なる恐怖で……じゃない!とにかく甦れ!」
ご主人様……更なる恐怖でこの世界を覆い尽くせ!とか言うつもりでしたね。本当にこの癖を何とかしないと!
ざざざっと人形の炎が周囲の魔力を食い尽くし、身震いと共に、身体の炎が体内へ吸収された。そこには大いなる魔力を吸収し、吸血鬼の最上種、真祖となったサンがいた。
「ご主人様…この世はあなたのために」
怪しいまでに美しくなった吸血鬼サンが、その黒い髪を掻き分け、ご主人様の前で跪き、その手にキスをする。それを受けたご主人様は満足そうに微笑んだ。
そう言えば、前回の人生の時もご主人様はサンを重用していた。
美しい見た目と1を言えば10を理解する頭脳。更に見上げた忠誠心。キザったらしい言葉使い。
問題があるとしたら、M体質でご主人様に虐げられる事を至上の喜びと感じるところだろうか……。
ん?もしかしてこいつのせいで、ご主人様は女王様性質になってしまった?いや、そんな、気のせいだな……。きっと。
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