1度目の人生(1)
お父様から優しい声がかかる。
「ほら、恥ずかしがらないで出ておいで。フェリの婚約者のレオナール様だよ」
お父様のお膝の後ろに隠れ、ぎゅっとしがみつきながら、そっと前を向くのが精一杯な臆病な私。そんな私を見る彼の目はとても優しく、勇気を出せた。
「初めまして…フェリシエンヌ嬢、僕があなたの婚約者レオナール・レーネックです」
新緑の様な青々しく優しい碧の瞳から視線を外す事ができない。全てを許す大地の様な赤茶色の髪は短く切り揃えられて、男らしくて素敵だと思った。辺境の地で魔物を退治し、この国を守る彼の肌は少し焼けていて、その肌の色は逞しい。彼のぱっちりとした目には、モジモジする情け無い私が写っている。
彼の差し伸べられた手を取ると、その皮膚は硬かった。お父様やお兄様とは違う硬さ……。それが剣だこだと知ったのは後からだった。
今日は婚約者であるレオナール様との初顔合わせの日。私は5歳になったばかり。レオナール様は私より2ヶ月前に5歳になったと聞いた。
初顔合わせの場所はエルヴェシウス伯爵邸の庭園。つまり私の家。
今日のためにレオナール様は従者と二人で首都にある我が家まで来て下さった。レオナール様の住んでいる場所は辺境の地レーネック。
私のお祖父様が若かりし頃、その地で仕事に出向いた時に魔物に襲われた。その時に助けてくれたのがレオナール様のお祖父様だと聞いた。
レオナール領は辺境にあり、土地は痩せて、魔物が多く出没する為に嫁に来る女性がいないと言う相談を受けたお祖父様が、自分に娘ができたらレオナール領に嫁がせると約束した。だけどお祖父様の子供は私のお父様を始めとする男性ばかり。そんな中、お父様の子供として四番目に生まれたのが私だった。これで約束が果たせると、お祖父様は喜び、私は産まれたと同時に婚約をした。
その相手がレオナール様……。両親は反対したと聞いたけど、相手は頑固なお祖父様だ。結局、両親が折れ、今日が私とレオナール様の初顔合わせとなった。
「温室を案内して差し上げなさい」と、お父様に言われ、私はレオナール様と二人で温室へ向かう。私達の前を歩くのはリリア。両親の信頼も厚い彼女は、私には冷たい。
今日持って来てくれた顔を洗う洗面器には熱湯が張られていた。洗えないと泣くと、お腹の部分を強くつねられた。その部分は青くなっている。リリアはいつも私に意地悪をする。誰かに言いつけるともっと痛い目に合いますよ、と脅すので怖くて誰にも言えない……。
レオナール様の腕に自分の腕を絡ませ、歩く。レオナール様は時折、庭園にある木や草花の説明をしてくださる。私は私の家の庭園なのに、何も知らなかった。この花がクレマチスである事も、あの木が木蓮である事も。
レオナール様の説明は聞いていて、とても心地良い。こんな素敵な人が私の婚約者だと思うと、今日つねられた痛みも忘れてしまう。
「あれは白詰草ですね。花冠が作れますよ?ご存知ですか?」
言葉をうまく出せない私は、首を横に降るのが精一杯だ。するとレオナール様が私を白詰草が咲き乱れる場所へ連れて行って下さる。リリアを見ると顔は笑っているが目が怒っている。
(怖い、後でまた酷い目に合わされるんじゃ……)
「主家のお嬢様になんと言う目をするのか?」
レオナール様からピリッとした何かが生じる。その顔は今までの和やかな姿からは想像できないほどに、殺気を放っている。
そう……後から知った。レオナール様は私のために、リリアを牽制して下さったのだ。お陰でこの日から1か月間はリリアのいじめはなくなった。1か月後にはまた戻ったけれど……。
レオナール様がマントを外し地面に置き、私のために座る場所を確保して下さった。申し訳なくて座れないと言うと、少しだけ強引に引かれ、そのまま、ストンと座らされた。
そして白詰草の冠の作り方を教えて下さる。白い花が彼の手により編み込まれ、かわいらしい冠になる。あまりにも見事な出来に私は手を叩いて、歓喜の声を上げる。すると彼は私の頭にそっと白詰草の冠を載せてくれた。
そして耳元で「16歳になったら結婚しましょう」そう、仰って下さった。
その言葉と手ずから作って下さった花冠への喜びが私の体の全てに広がり、深い愛情は心に浸透していった。
それは砂糖菓子の様に甘く、煌めく宝石の様に心を捕らえ、乾いた喉を潤す冷たい水の様に私を満たした。
この方のために生きると、この方のために努力すると誓ったのはこの日、この時からだった。
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