第18話
さすがサンはできる男だ。アダル国までの馬車の手配、従者の手配、そして宿の手配までもが完璧にされていた。問題があるとすれば、従者に扮装したサンがいることだろうか。幸いなことにレオナール様は気付いていないが、ご主人様は気付いた。彼を見つけたご主人様は心底ウザいと言った目つきで、「気持ち悪いわね」と一言呟いた。その言葉と表情はサンにとって何事にも代え難い極上のご褒美だったようで、その場で身悶え倒れていた。
気持ち悪い……俺だってそう思った。
そんな気持ち悪いサンが馬車を操つる事で、旅は順調に進む。馬車の周りを護衛するのは、騎馬したウルス国の精鋭の騎士達が6人。この騎士達より確実にご主人様の方が強いけれど、そんなことは言ってはいけない。設定では、ご主人様は10歳の貴族の子供なんだから。例え、海を割り、雲を切り裂き、魔法で世界を滅ぼせるだけの力量を持っていたとしても!
「ダーク様がアダル国と国交を結ぶことにより、この大陸では魔物と人との争いはなくなったと聞いた。アダル国はウルス国民……つまり魔物達を奴隷として虐げていた国だろう?それを許して国交を結んだとは、なかなかできない事だと思うんだ。だから私は心から尊敬している」
馬車の中でレオナール様がダークを褒めちぎる。俺はなんだか居た堪れない。なぜなら、アダル国はご主人様が経済で世界を支配すると言って、ムーンとサンに命じて王侯貴族を懐柔し、傀儡政権にした後に、ウルス国と国交を結んだからだ。しかも
「ダーク様に僕は何度かお会いしたけど気さくで良い方だよ。レオが会いたがっていると言ったら、ぜひ会いたいと仰って下さったよ」
「それは嬉しいね、フェリと友達で良かったよ」
ご主人様はにっこり笑ったが、その表情には翳りが見える。なぜなら本当は婚約者だ。レオナール様はご主人様のことを友人と思っているようだが、ご主人様は違う。何度フラれても、それでも尽きることのない愛がそこにはある。そこまで思い続ける理由が、俺には分からない。
突然、外から荒々しい声とラッパの鳴り響く音、そして馬のいななく声が聞こえ、馬車が止まる。ご主人様が馬車の窓から外を見る。
「山賊だ……」
そう言いながら、これで良いかしら、かわいいしと言って選んだ、細身の剣の柄をにぎる。その剣の柄はかわいい花柄だ。
フェリちゃんのために作ったの!と言って贈られた錬金術師オレリアの作品。
「フェリ、出るよ!」
レオナール様も剣の柄に手をかけている。レオナール様が持つ剣は大地の加護を受けた剣で、その剣が砕けた時には世界が滅ぶとも言われている幻の剣のレプリカだ。本物はレーネック辺境伯の宝物庫にあるらしい。
ご主人様とレオナール様が馬車から外に飛び出すと、馬車を守るよう騎士達が円陣を作っていた。それぞれが馬に乗り、抜刀している。御者に扮したサンは、わざとらしく「ひ―――」と言って、御者台で震えている。そんなサンをご主人様が一瞥して、舌打ちする。サンにとってのご褒美だ。
「かわいい坊や達じゃねーか!お宝と一緒に高く売ってやる!」
「先ほどの獲物といい、今日はついてるぜ!高く売れるかわい子ちゃんがいっぱいだぜ!」
「お頭!よく見ると御者もきれいな顔ですぜ!あいつは俺に下さいよ!」
20人ほどいる山賊の中に変態が一人混じっていてる。サンをもらってくれるなら、熨斗をつけてくれてやりたい。
そんな山賊の会話を聞いたレオナール様がご主人様に話しかける。
「フェリ、どうやら他にも捕らえた人達がいるようだ。ここはわざと捕まり、彼らのアジトまで運んでもらって助けよう」
「なぜ?ここで倒してアジトを吐かせれば良いじゃないか?」
「いや、人を売るには
「それこそなぜ?お頭とやらに吐かせれば良いだけだ」
「お頭が本当のことを言うとは限らないだろう」
「きかせれば良いだけだろう?自白を強要する魔法でも使って」
「そんな、山賊にだって人権はある。フェリはなんて恐ろしいことを平気で言うんだ!」
「人間は魔物になら平気で自白剤でもなんでも使うだろう?もちろん、僕の国以外の話だが。なのになぜに駄目なんだ?理解ができない」
「もちろん私だって魔物になら良いと言う考えは好きではない。だが人と魔物は違うだろう!」
「何が違うんだ?私達を襲ってきた時点で、敵でしかないじゃないか。そこに魔物と人の差はない。僕は僕と周りに危害を加えようとするものを許すつもりはない。例え魔物だろうと、人だろうと、それこそ神だろうと!」
「フェリ……」
あまりにものご主人様の迫力にレオナール様は黙ってしまった。どちらが正しいのか俺には分からない。だけど一つだけ分かることがある。俺はご主人様の意見に賛成だ。俺もご主人様を傷つけようとするモノは許さない。
「お話し合いは終わりましたか?お坊ちゃまたち」
山賊の一人が下卑た笑いをしながら、こちらに剣を向ける。騎士達がその動きに合わせて警戒するように、息を呑む。
「私とレオナール様の会話を邪魔するな!」
ご主人様が叫ぶ‼︎と同時に魔力が吹き荒れた!ご主人様を中心に雷を帯びた風が発生する。バチバチと音を立てながら、一気に広がった風から生じた雷で地面が焦げる。更にご主人様が無意識で放つ威嚇で山賊はおろか騎士達もバタバタと気絶していく。
「落ち着くんだ、フェリ!山賊どころか、味方の騎士達も巻き込んでいる」
「レオ、君は甘い!この世は弱肉強食だ!負けない為には強くならなければいけない!やる前にやれ、それがこの世の鉄則だ!」
ご主人様がまた何か言い出した!いつもの意味のない感情の暴走だ!レオナール様といる時はなかったのに!
「君はそんな考えだったのか?そんな……」
「ああ、そうだ!そうじゃなければ生き残れない!だから――
ご主人様の言葉が止まる。なぜならレオナール様がご主人様をぎゅっと抱きしめたから。
「ごめん、俺がそんな世界に君を追い込んだんだね」
「レオのせいじゃ……」
(どうしよう、意味が分からない。そしてこの空気をどうしよう)
俺は隣に立つルドルフを見る。なんとルドルフは涙ぐんでいる。
(どこに泣き所があったの⁉︎)
俺は全く意味が分からないまま、事態の収集にあたる。とりあえず抱き合う二人は無視して、山賊達の意識を読み取り、アジトを割り出し、騎士達を回復させてから向かわせた。彼等なら、捕まった人達を解放し、山賊達を捕まえる事も容易いだろう。
ここで気絶している山賊たちはロープで結ぶ。そして、なぜかハンカチをギーッと噛みながら涙するサンに命じて救難信号を発してもらう。旅する馬車には、有事の際に周囲の憲兵に連絡が取れるスクロールを取り付ける義務があるのだ。
憲兵が近づく気配を感じたら、まだ抱き合ってる二人と涙ぐむルドルフを馬車に放り込む。
そして憲兵に事態の説明をし、アジトの事も話しておいた。これで大丈夫だろう。
「ティンク様は相変わらず苦労性ですね」
そう言いながら、微笑むサンにはローキックを食らわせた。サンは……俺からの攻撃でも嬉しそうだった。
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