第19話

「レオナール様にはがっかりしたわ」

 ご主人様の言葉に俺の目は何度も瞬いた。


 山賊騒ぎのあとは、旅は順調に進んだ。馬車の中でもレオナール様とご主人様の会話は弾んでいた。泊まった宿でも食事は共にした。寝る部屋はさすがに別々だけれど、良くこんなに会話が続くものだと呆れるほど、つまらない事でもネタにして話しをしていた。


 アダル国に入り、王城に入った際にもアダル国王や王妃、そして薬で人間に変わった母役のムーンと、ヨルダンにレオナール様を紹介した時にも普通の態度だった。


 いつもと同じご主人様……そう思っていたのに、突然の心変わりしたような言葉。いったいどうしたと言うのだろう。


「だから言ったでしょう?お嬢様には他にも良い相手がいるって」

 ムーンがフフンと笑う。


「おいおい、ムーン、煽るなよ。フェリシエンヌ様が何度繰り返しの人生を送られてもお好きだった相手だぞ?お前の個人的見解は伏せろ」


 ヨルダンがムーンを嗜める。ヨルダンには去年、ご主人様が人生を繰り返していることを言った。信じてもらえないかと思っていたが、あっさり信じてくれた。そうでなければその強さはあり得ない。ましてやそんな厭世的な目にもならない……。そう言うヨルダンの観察眼はさすがだと思った。


「私は彼は良いと思いますよ。一見完璧に見える中での、あの弓の授業で見せるへなちょこさ……。ああ、やはりギャップ萌えは良いですね……ムギュ!ぐ――っっ」

 サンはとうとう男でも良くなったみたいだ。いや、誰でも良くなったのかも知れない。もう変態の域を超えている。


「お前達……お嬢様の部屋でくつろぎすぎだ!」

 相変わらず生真面目なダークが怒りながらご主人様の前にティカップを置く。ハーブティー。ご主人様の大好きな爽やかな匂いが部屋に広がる。


 俺たちは今、アダル国に用意されたフェリシアン・オータンの部屋にいる。ご主人様は一人がけのソファに座り、ゆっくりハーブティーに口をつけた。


 俺はご主人様の肩の上。ムーンはご主人様のベッドの上で、ヨルダンのマッサージを受けている。

 サンは……ご主人様の足の下だ。踏んでくださいとお願いされたので、ご主人様が踏んであげてる。さっきの悲鳴はご主人様がお腹をかかとで蹴った際に上がったうめき声だ。


「サンもお嬢様にいつまでもお手を煩わせるな、ほら起き上がって!」

 ダークに促され、サンは渋々起き上がった。そしてご主人様の右横のソファに座る。ダークはご主人様の左横だ。ムーンは起き上がり、ヨルダンと共にご主人様の対面に2人で仲良く座った。


「いつもありがとうね、ダーク」

 ご主人様はにっこり笑い、ティーカップをソーサーへと置く。その所作は完璧な伯爵令嬢だ。その姿は男だけど。


「でも今回の旅で思ったの。レオナール様とは意見が合いそうにないわ。所詮、甘ったれのお坊っちゃまなのかしら?」


「それは山賊への対処の事ですか?決してレオナール様がやり方が間違っているとは思いませんが、今回は目的があり、期限がある旅でした。それを捕まる事で敵を暴こうとするなど、言語道断です。迅速にかつ素早く対処する意味ではお嬢様とやり方で問題なかったかと……。まぁ、結局はすべてティンクさまが解決してくださいましたが」

 余計な事というな!とばかりにご主人様がサンを睨むと、サンは至福の表情を浮かべた。相変わらず自分の欲望に正直だ。


「いやいや、みんな広い目で見てあげましょう。彼はまだ10歳の少年ですよ!フェリシエンヌ様と違って人生を繰り返している訳でもない普通の男の子だ。ともなれば甘ったるくって当たり前!俺だって10歳の時には坊やで、どうしようもないことばかりしていましたよ」

「あらやだ?何をしていたのか興味があるわ〜」

 また、ムーンとヨルダンがイチャつき始めた。この2人は隙があれば、イチャイチャし始める。タチが悪い……と俺は思うが、みんなは慣れっこなので気にしない。


「しかし……俺はレオナール様をどこかで見た事がある気がするんだよな……」

「ヨルダンもか!私もどこかで見た気がするんだ、どこでだったか……一度見た顔は忘れないはずなのに……」

「ダークもか……、俺も比較的、顔は覚える方なのに、思い出さないんだよなぁ」


 ダン!っとご主人様が足を強く踏む。

「私の話が先だろう?」

 出た!魔王モードのご主人様だ。足元にいれば良かったというサンの意見を無視しながら、俺はご主人様に問いかける。


「ご主人様はレオナール様に愛想を尽かせちゃたんですか?その割には宿でも馬車の中でも楽しそうに話ていましたけど?」

「そ――それとこれとは別だわ!だって今だに、弓だったまともにできなし、なんだか思ったよりかっこ悪いって思い始めてきたの!」

 今度は伯爵令嬢モードだ。今日のご主人様は忙しい。


「お嬢様……男と女に友情は成立しないていう輩もいますが、私はあると思っていますわ。お嬢様はレオナール様と親友になれても、恋人にましてや、夫になんてできないんじゃないかしら?だって、男と女なんて、身体の―――――

 ムーンの言葉の続きはヨルダンが口を手で塞いで阻止した。


 危ない、危ない逆ハーレムなんて持っていたムーンの事だ。何を言い出すか分からない!


「まぁ、ムーンの言う事も一理あるかもな。フェリシエンヌ様は何度もレオナール様に振られていらっしゃる。恋に恋して現実から目覚めるなんてことはよくある事です。幸いなことに今回の人生では、ご主人様を殺すものなどいない。戦争も起こらない。他の男に目を向けるのもありなのではしょうか?」


「さすが、ヨルダンね。確かに私は意地になっていたのかも知れないわ。恋に恋する……あり得る話ね」

 フフっと笑いながらご主人様は、ハーブティーを飲む。


 その姿をチャンスとばかりに見る男2名には、後で釘を刺そうと心に決めた。

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