人工生命体が語る、伯爵令嬢の繰り返しの人生
清水柚木
第1話
「おはようございます。ご主人様」
いつもの様に目をぱっちりと開けたご主人様に挨拶をする。ご主人様の目だけがギョロっと動き、俺を追う。
俺はご主人様から造られた人工生命体、名前はティンク。コバルトブルーの短い髪、萌黄色の目。背中にはライトブルーの薄羽を4枚持っている。身長は15cmほど。もう少し小さく作れば良かった……前にご主人様にそう言われた。
「おはよう、ティンク」
俺のご主人様の今の年齢は5歳だ。
その5歳のご主人様が、まだ短い手足を使ってお布団からもそもそと出て体を起こす。そして、んんー、と目を擦りながらあくびをする。その姿はとてもかわいい。
次にベッドの端ににじり寄り、足をベッド脇に出してから、よいしょ!との掛け声と共に両足をぴょこんと床につける。
ピンクのヒラヒラしたワンピースタイプのパジャマがとても似合っている。ベッド脇にはやっぱりピンク色でふわふわした兎のデザインのスリッパがある。俺はそれをご主人様に差し出す。俺は小さいけれど、力もちだ!
スリッパを履いたご主人様はトコトコ歩きながら鏡まで向かう。その歩幅は狭い。俺はご主人様の周囲を飛びながら、時間を持て余し気味にもう一度ご主人様を見る。
やはり5歳のご主人様はかわいい。
俺のご主人様はハニーブロンドの波打つ豪華な髪、ライラックの様な紫色の目。ぱっちりとした二重に長いまつ毛。白い肌にほんのりピンク色の頬。ぷっくりした蓮華色の唇。5歳の今の時点でも驚くほど美少女だ。長じて13歳になる頃には、この国、イリゼ国の至宝の宝と褒め称えられ、自国や他国の王侯貴族からこぞって求婚されていた。
しかし姿見を見たご主人様は、およそ子供らしくない顔で笑う。
「ふ……ふふふ、はは、ははははははははは」
まずいな。前の癖が抜けてない。鏡の前で両手を広げ、笑う顔は美少女とは程遠い。
「あーはははは――ははははははは!」
こんなにかわいらしい女の子が高笑いするのってどうなんだろう……。ヤバいだろう。俺はご主人様の周囲を飛びながら、心の中で焦る。
ある程度笑うとご主人様は後ろに浮く俺を見て「11回目か?」と言った。
「いいえ、10回目です」
「……そうか。さすがに忘れてしまうな」
ふふんと悪者顔で笑うご主人様。これは本格的にまずいな。治さないと。
「ご主人様……言いたくはないですが、その言葉使いはどうかと……」
「ああ、まだ抜けてないな。だが尊大で偉そうな態度でいけって言ったのはティンクだろ?」
「まぁ、前回はそちらの方が都合が良かったので。でも今は5歳のご主人様です。伯爵令嬢らしく、ですわますわ口調でお願いします」
考えこむご主人様。俺のご主人様はとても賢い。きっとすぐ切り替えて下さるだろう。
そう、俺のご主人様フェリシエンヌ・エルヴェシウス伯爵令嬢は人生を繰り返している!
ご主人様の一度目の人生は、伯爵令嬢らしい人生だったらしい。
俺はこの時には存在していないから、以前ご主人様に聞いた。
刺繍や歌やダンスといった伯爵令嬢らしい淑女教育を受け、良き妻、良き母となる様に育てられたそうだ。
そんなご主人様にはお祖父様によって決められた婚約者がいた。その名はレオナール・レーネック。レーネック辺境伯の息子。
魔物が多く出没するレーネックにて、ご主人様の祖父は、辺境伯に助けられた事あった。その時に子供が女だったら嫁に嫁がせる約束をしたそうだ。お祖父様には男の子しか産まれなかったが、幸いにして孫であるご主人様が産まれた。だからご主人様は生まれた時から、嫁ぎ先が決められていた。
だけどご主人様に不満はなかったらしい。なぜなら5歳の顔合わせの際に、レオナール様と散歩をし、一緒に花冠を作って遊んでもらった時に恋に落ちてしまったから。
それから一途に思い続け、16歳を目前に控え、輿入れの準備を整えていたある日。ご主人様はレオナール様に呼び出され、婚約破棄を告げられた。
理由は、「領地には魔物が多く出没する。あなたの様な自分の身も守れない女性は足手纏いだ」。
ご主人様は泣きながら帰った。それから少し経った頃、イリゼ国は魔王軍に襲われた。ご主人様はその最中、亡くなってしまった。
だが、気がついた時には5歳の頃に戻っていた。そして弱い自分がダメだったと思い、一念発起し、両親を説得し、剣を習った。
努力家のご主人様はあっという間に剣で頭角を現し、3年連続王国主催の剣術大会で優勝した。
そして16歳を目前に控え輿入れの準備を整えていたある日。ご主人様はレオナール様に呼び出され、婚約破棄を告げられた。
理由は「剣だけでは辺境の地では生き残れない。足手纏いだ」。悔しかったご主人様はその場で戦いを挑んだが、あっさり負けた。
そしてやけになって国に攻め込んで来た魔王軍と戦い、敗れ、儚く死に、また5歳の自分に戻った。
では次は魔法使いだと、魔術を学び、伝説の魔法を使える様になり、更にそれを超える魔法を生み出し、王国はおろか近隣諸国にも名が知れ渡った。
しかし15歳の時点で、ご主人様はまた婚約破棄された。理由は「辺境の地でその程度の魔法は役に立たない。足手纏いだ」。
自分に自信があったご主人様は魔法を使い、レオナール様に挑んだ。だがあっさり負けた。
そしてまたもや、国に攻め込んできた魔王軍と戦い、儚く死んでしまった。
そしてまた5歳に戻り、こうなったら新技術だ!とその頃はまだ希少職だった錬金術師になった。そこで錬金術師の最高傑作、人工生命体造りに成功した。それが俺だ。世界から大絶賛されたご主人様だったが、やはりフラれた。
理由は「その程度の技術は役に立たない」だった。
ご主人様は泣いて悔しがり、錬金術師の最後の秘宝、賢者の石を作ろうとして失敗し、死んだ。そこから俺はご主人様の人生の繰り返しに付き合う事になった。
ご主人様は生き返る度に努力した。ある時は賢者、ある時は剣豪、そしてに聖女になったりもした。だけどどの人生でもフラれて間もなく死んでしまった。
これでかれこれ10回目だ。さすがにレオナール様の事は諦めるべきだと思う。彼にフラれて1ヶ月以内にいつも死んでいるのだから。
「ティンク。これで良いかしら?」
ご主人様が子供らしい笑いかたで、ヒラヒラしたパジャマを翻しながらくるくる回る。
「はい、問題ないかと…。ところでご主人様、さすがに10回目です。もうやり尽くしたと思うんですが……」
「分かっているわ、ティンク。私も考えたの。特にここ1、2回前の人生はヤケになって自分を見失っていたわ。ここは原点に戻るべきだと思うの」
まぁそうだろうと俺は過去の人生を振り返りながら思う。しかし原点とはなんだろう俺のご主人様は賢いけど、一周回って馬鹿だから、少し心配だ。
「……と言いますと?」
だから恐る恐る聞いてみた。
「私は過去9回、レオナール様にフラれたわ。あらゆる職業を極め、足手まといではなくなっても色んな理由で婚約破棄されたわ。だから思ったの」
ご主人様が俺をじっと見る。勿体ぶって結論をゆっくり出すのはご主人様が良くやることだ。そして大概、碌でもない答えを出す。さすがに俺も慣れてきた。
「きっとレオナール様は男がお好きなのよ!」
「………………」
おっと、まさかのそっちかぁ。どうして自分が好みじゃないってパターンに行かないのだろうか。あ!そっか、モテるからそっちには行かないのか‼︎
「レオナール様は8歳から王都にある男性のみの学舎に入るわ。きっとそこで目覚めたのよ。そういう事があるって、何回目かの人生で聞いたわ」
「ご主人様――言いたくないですがご主人様とレオナール様は結ばれない運命じゃないんですか?だってもう10回目ですよ?9回も何かにつけてフラれて、その後にループしてるんですから、今回はいっそ諦めて他の男性を見てはいかがですか?今までの繰り返しの人生でも、素敵な人はいっぱいいたじゃないですか?」
俺の言葉を聞いたご主人様が、その短い人差し指をびしっと俺に向ける。
「ティンク!良く考えてみなさい!私は今までの人生であらゆる問題を解決してきたわ。最終的には魔王討伐をし、世界制覇まで成し遂げたのよ。その私が唯一成し遂げてない事がレオナール様との結婚よ!つまり、レオナール様と結婚すればこのループする人生ともお別れよ!そうに決まってるわ!それ以外の人生は認めないわ!」
「そうですが……レオナール様が男性が好きなら無理じゃないですか。だってご主人様は女性です」
俺の言葉を聞いたご主人様はその短い指を振りながら、チチチと口をならす。
「ティンク、あなたを作ったのは私よ。錬金術を応用して性別を変える薬を作るなんて朝飯前よ」
「男になったら、ご主人様はレオナール様と結婚できないですよ」
「あら?そうね」
ご主人様はまた、ぶつぶつと言い出した。
俺はそんなご主人様を見ながら思う。ご主人様は覚えてないらしい。前回の人生の最後の事を……。
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