第2話
「そんな事よりご主人様、そろそろあの女の来る時間です。今回はどうしますか?」
「もうそんな時間?」
ご主人様が時計を見る。
扉の横にある大きな柱時計はお婆様の花嫁道具だと聞いた。オーク材を使用した木目の美しい時計は、今のご主人様の身長から見るとかなり大きい。
その横の扉は伯爵令嬢らしく白地にフリージアの花が描かれた可愛らしいものだ。壁紙もピンクの花が描かれている。
柱時計の前にはレースの天蓋付きのベッド。南向きのこの部屋に入る日差しは温かく柔らかい。陽射しが柔らかい理由は窓にかかる繊細なレースのカーテンのせいだ。大きな窓の横には鏡台があり、その横にはおもちゃ棚があり、ぬいぐるみが沢山並べられている。
今いるここは寝室。向かって右側の部屋はソファセットと勉強机があるリビングルーム。左側には大きなクローゼットとバスルームがある。ご主人様の家はお金持ちだ。
そして……ベッド脇のテーブルの上には黄色のチューリップ。
ご主人様は人生を繰り返す時は5歳から。5歳に戻ったばかりのご主人様に一番初めに会うのはあの女。ご主人様の侍女、リリア。
一番初めの人生では、リリアはご主人様が気が弱い事を知り、やりたい放題だったらしい。顔を洗う洗面器には熱湯や氷水を張り、着替えも髪を梳かすこともしない。全てご主人様にさせていた。しかもご主人様のおやつを食べ、見えない所に暴力をふるい、更にご主人様のアクセサリーを売っていた。それはご主人様が死ぬまで続いた。
だから2回目の人生では両親に訴えて解雇した。3回目は自分で倒して、追い出した。4回目は魔法で異空間に追いやった。5回目なんかは実験だと言って、カエルに変化させたり薬の治験体にしたりと、ご主人様がやりたい放題した。6回目以降はその時の気分によって変わってる。
「今回は……そうだな。前回かなり役に立ったから飼い殺すか……」
そうか、前回のリリアの事は覚えているらしい。俺は言葉を飲み込み、別の言葉を言う事にした。
「……ご主人様、言葉使い!」
「あら?ごめんなさい」
口に手を当ててかわいく笑いながら、ご主人様はベッドに潜る。
ああ、確かにリリアの気配が近付いてくる。さすがご主人様だ。俺はベッドの上にすっと隠れる。
トントンと扉を叩く音がして、「おはようございます、お嬢様」と言いながら、リリアが入ってくる。リリアは部屋の扉を閉めるまでは、良い侍女だ。扉が開いたと同時に人が変わる。
お嬢様の布団を剥ぎ取り、その襟首を掴む。相変わらずの豹変振りだ。
「おら!いつまで寝てんだよ!起きろ‼︎」
「――――リリア」
襟首を掴まれたお嬢様がリリアの腕を掴む。
「い……痛い――いたい!腕が折れる!」
リリアが叫ぶ。
ご主人様は伝説の鉱石オリハルコンですら握り潰せる。おそらく優しくやってるんだろうけど、それでも痛いらしい。
更にご主人様がゴミでも捨てるかの様に、リリアを床に投げ捨てる。そして顎を掴み、片膝立てて睨みつける。
ああ、よっぽど前回の人生が気に入ってるらしい。中々、癖が抜けない。
「リリア、お前に選ばせてやる。服従か死か?」
めちゃくちゃ悪者顔ですよ!ご主人様‼︎
「な……なんなの……あんた……悪魔にでも……」
リリアの言葉の途中でご主人様が彼女の顎をグイッと床の方に引っ張る。そのまま床に突っ伏した所で、ご主人様はリリアの後ろ首を掴み、顔を地面に押しつけた。
「余計な事を言うな!答えはYESかNOで答えろ!」
「YESです!服従します!だからどうか命だけは‼︎」
必死で叫ぶリリアを見て、満足そうな顔をするご主人様。ここまで来るとどっちが悪いのか分からなくなる。
「良かろう……。だがお前が信用ならない事は骨身に染みるくらいに知っている。だから隷属の呪法を使わせてもらうぞ?」
隷属の呪法は、相手を縛る禁呪だ。誰でも使える物じゃない。隷属の呪法をかけられた人間はかけた人間に従う他なくなる。裏切ったが最後、待つのは死だ。
「や!やめてください!フェリシエンヌ様!」
リリアは泣き叫ぶが、もう遅い。それに過去の事を考えると仕方がない。繰り返しの人生で、ご主人様を何度も裏切ったのはリリアだ。
ご主人様の右手に黒い邪気を放つ魔法陣が生じる。見るからに毒々しい魔法陣が収縮し、首輪の様な形になり、その首輪はリリアの首に巻かれる。室内にリリアの甲高い悲鳴が上がり、その姿を見て子供らしくない笑いを響かせるご主人様。
「ふはははははは、これで貴様はもう逆らえない!以降は私の奴隷だ!我が足元に跪くが良い!泣き叫べ!許しを乞え‼︎」
ああ、ご主人様がノリノリだ。リリアはその足元で体を折り曲げて泣いている。
阿鼻叫喚、地獄絵図、酷いものだ。やはり1つ前の人生の影響が色濃く残ってる。だから止めたのに。やけくそになっていたのは事実だったから、なんとしても止めるべきだった。
だが今更思ってももう遅い。
俺はやるせない思いでご主人様を見る。もう俺にはそれしかできない。そう思いながら……。
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