第15話
「で?何があった?」
馬車に乗ったご主人様は開口一番にムーンに聞く。ご主人様は腕と足を組み、険しい表情をしている。ご主人様は有事の際には魔王モードになる。つまり何かあったと言うことだろう。
「リリアが……お嬢様の『強・隷属の魔法』を破り、ヨルダンを人質に逃げてしまいました。私は魔物を人間にする薬を飲んでいたため、ムーンに勝てず……」
頭を垂れるムーンにご主人様は肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「ムーンは悪くない。今回のことは『強・隷属の魔法』を半年で解呪したリリアを褒めるべきだろう。あれを解呪するとは……リリアもなかなやる」
「リリアが言うには、強弱の違いはあれど魔法の根本原理は同じだと。それが分かれば解呪など容易いと言ってました。最近はドミニクが祖父と一緒に魔法を勉強しているのを見てましたから、そこから学んだんだと思います」
「そうだな……リリアには魔法の教えてはいない。剣術だって昔、初級の洞窟に放り込んだ時に実践で培った独学だが、騎士であるヨルダンを圧倒するくらいには強い」
魔王モードのご主人様は一拍おく。手を口に持っていき、残酷な笑みを漏らす。
「ふふ、リリアはやはり面白いわ」
突然の伯爵令嬢モードだ。この表情は表情で恐ろしい。ムーンの顔色がさらに青くなり、怖くなった俺は人間の姿から、人工生命体の姿に戻って、ご主人様の肩に乗った。ここが一番安心できる。
「――っ、お嬢様、リリアをどうするおつもりですか?前回の人生でも今回の人生でもリリアは裏切ってばかりです。しかも聞いた話ですと、繰り返しの人生でリリアは……!
「それはあなたたちも同じ……。私は恨んでなどないわ」
ムーンの言葉をご主人様は遮った。伯爵令嬢モードは変わらない。そしてその言葉に嘘はない。
「……申し訳ございません、出過ぎた真似を……」
「良いのよ。あなたが私のために言ってくれているのは分かっているつもりよ。ありがとう、ムーンたちには感謝しているのよ。あなた達がいるから私は今回の人生を楽しく過ごせているもの」
「それは……私も同じです。正直、魔物である私達と人間が共存するなど考えてもいませんでした。所詮、種族が根本的に違うのだから、どちらかがどちらかを滅ぼすまで終わらないのだと思っていました。だから始めに経済で世界を支配すると言われた時に、そういう手もあるのかと思って、全然ピンとこないまま進めていきました。ですがやって行くうちに気付いたのです。経済で世界を支配するためには、相手との対話が必要で、相手を理解することが必要なのだと。人間と話をし、相手を見ていると思うのです。姿形が違うだけで、人と魔物はそれほど差は無いのだと……。もちろん、人は魔物と違って裏切りますし、リリアみたいに懲りずに何度も裏切るものもいますが、それはごく一部……ほとんどが平和を望み、日々をお穏やかに過ごすことを希望しています。そして、それは私もおなじ……」
「やっと一人の人に決めたのね。そしてそれをリリアに見抜かれてしまった。だからヨルダンが人質にされた。そしてヨルダンが人質だったから動揺が隠せなかった。普段のあなただったら私だって気付けなかったわ。ハーレムは解体するの?」
「ハーレムは……とっくにその言葉の機能は果たしていないのです。ヨルダンと出会って、ヨルダンと会話してから、私はずっとヨルダンだけを見つめるようになってしまって……。だからハーレムの男達は諜報機関の一員と化してました」
「ヨルダンは魔物と人との共存を喜んでいたものね」
「ええ、お嬢様……私は彼がいなければ、だめなんです。今回もヨルダンが人質になったため、遅れをとってしまいました。こんな私が四天王を名乗るなんて許されません。どうか、私を四天王から外してください。そしてヨルダンをどうか……」
ムーンの目から大粒の涙が落ちる。
いつの間にムーンとヨルダンがここまで思い合うようになっていたのか……。今回の人生では俺とご主人様はずっと学園に通っていたから知らなかった。
「あら?あなたを四天王から外す気はないわ。あなたには今後も活躍してもらうつもりよ。あなたがヨルダンと結婚して、子供ができたら産休をちゃんとあげるわ。もちろんヨルダンにもよ。子供の成長は早いと聞くわ。二人でその成長を見守るべきよね」
「……お嬢様」
涙が止まらないムーンの肩をお嬢様はそっと抱く。美しい光景だ。そんな中、ご主人様はニヤりと笑った。
「それで?リリアはどこだ?」
ご主人様が魔王モードに戻る。それを当然のように受け入れてムーンは泣きながら、声を出す。
「アダル国王城です。そこにヨルダンを人質に立て籠っています」
フっとご主人様が笑う。
「魔法の根本原理は一緒……か、確かにその通りだ。そこに気づいたリリアは賢い。どの魔法も根本原理は一緒だ。あとはそこに魔力を更に込めるため、魔法陣を追加してくのが一般的だ。それを無視して根本の魔法だけ解呪するなんて事は、私だってできない。やはりリリアは素晴らしい」
「ご主人様……大丈夫ですか?つまりそれだけ今回のリリアは強くなっているんですよね?」
俺はついつい口を出してしまった。だって流石に心配だ。今までの人生でもリリアとは大なり小なり関わってきた。だけど、今回のケースは初めてだ。ご主人様が何も教えていないのに、独学でここまでの力をつけるなんて……。と言うかそう考えるとリリアは何者なんだ。確かただの侍女だったはずなのに……。
「私が負けると思っているのか?それこそあり得ない。所詮、たかだか人間だ」
「……………………」
ご主人様だって一応、多分人間ですよ〜と言いたいけど黙っておこう。人間離れしていることは確かなのだから。
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