第14話

 ジェネロジテ学園に入学して1年が経った。ご主人様は1学年上って9歳になった。

 相変わらず仲が良いご主人様とレオナール様。最近は夕飯は常に一緒だ。そのうち男同士だから一緒にお風呂には入ろうとか言い出すんじゃないだろうか。

 そうなったらそうなったで良いや……俺もそう思えてきた。

 柔軟な性格で良かった。生真面目だったら、この現状に耐えられないと思う。

 

「フェリ、今度の参加日には誰が来るんだい?」

「参加日には母が来るよ。レオは?」

「私の家からは誰も来ないよ。家族も忙しくてね。ただ、フェリのお母様にはぜひご挨拶させてもらいたいな。こんなに仲良くしてるんだしね」

「ああ、ぜひ会ってくれ。僕の母は美しいよ」


 入学して1年経ったので、学園での成長の成果を親に見せるために、来週には参加日がある。ご主人様は母親にムーンを選んだ。ムーンは確かに美しい。だけど、なんだかんだで魔物だ。大丈夫だろうか。


 ご主人様とレオナール様は食事の後は少し話をしてから、「おやすみ」と言いあって別れる。学園でも一緒、そして寮に戻っても一緒。よくそれだけ会話が尽きないものだと感心する。


「ご主人様、他の人間にはともかく、レオナール様にはムーンが魔物だってバレるんじゃないですか?」

 ご主人様は人差し指を振って、チチチチと言う。

「私を誰だと思っている?これでも一流の錬金術師でもあるんだぞ?魔物を人にする薬なんて朝飯前に作れる」


「そうでしたね……でもふと思ったんですが、ムーンは魔物として商会を運営してるじゃないですか、顔も売れてるし……知ってる人にはバレてしまうんじゃ……」

「ティンクは人になったムーンを見ていないの?」

「はぁ……そう言えば、見てないですね」


 最近のご主人様は勇者になったり、魔王になったり、令嬢に戻ったり随分と忙しい。自分でも何がなんだか分かってないんじゃないだろうか……。


「じゃあ、楽しみにしておいて。人の姿のムーンは更に美しいわよ」

 ご主人様とムーンはたまに2人きりで話をすることがある。その時には当然のように俺もシャットアウトされる。ちょっと寂しい気持ちになる。


 今回のせいではご主人様が人生を繰り返していることを知っているのが、俺だけではなくなった。だからだろか……なんとなく寂しく感じる。俺はご主人様から造られたから、ご主人様に対して独占欲があるわけじゃない。だけどなんとなく胸が痛む。心の中にポッカリ穴が空いたみたいだ。その穴の中を冷たい風が吹く。

 その原因はなんとなく分かっている。だけどご主人様に言うつもりはない。


「ティンク、そろそろ寝ましょう」

 ご主人様が俺を手招きしてベッドに誘う。俺は本来の姿に戻り、ご主人様のベッドの潜り込む。


 いつも一緒……。これはいつまで続くのだろうか。





 

 ◇◇◇◇◇◇

 





 参観日の日になった。


 普段は開いていない学園の門扉が大きく開かれ、ここぞとばかりに煌びやかな馬車が次々と入ってくる。黒、白、紫、赤とカラフルな馬車が入ってくる中、真っ青な丸い馬車が入ってきた。誰もが目をひく美しさだ。色も良いがそのデザインが素晴らしい。馬車から降りた親達がどの国の馬車だと注目している。


 そんな注目を浴びている中、ご主人様と俺はゆっくりとその馬車に近付く。4頭の馬は全て栗毛で力強く従順だ。ご主人様はそっと馬達を見てから、御者を見る。御者は降りてきて、ご主人様に深くお辞儀をし、馬車の扉を開ける。


 足踏み台が用意されると、ほっそりとした美しい足が乗る。その足を彩るハイヒールは薄い水色で、太陽に煌めくダイヤモンドが散りばめられている。

 御者が手をだすと、細く長い指を持つ手が添えられる。そこから視線を移していくと、慈愛に満ちた微笑みを湛えながら、アマリリスのように青い瞳に長いまつ毛が影を落とす、筆舌に尽くし難い美しさに溢れたムーンがいた。


「お母様!」

「フェリ、元気そうで良かったわ。お母様は寂しかったのですよ」

 そう言って抱き合う2人は親子にしか見えない。


 確かにムーンは美しかった。だが魔物のムーンは妖艶な美しさで、それこそ男ならば一目見たら虜になりそうな怪しい魅力で溢れていた。

 そんなムーンが人間になったら、ここまで清楚系になるとは!同じ顔なのに、印象が与える変化は恐ろしい。


 ご主人様は元々、清楚系の美少女だ。そう言う意味では確かに親子に見えなくもないかしれない。


「ティンクも久しぶりね。フェリのことをいつも助けてくれてありがとう。わたくしも感謝してるのですよ」


「いえ、当然のことでございます」

 俺は深々とお辞儀する。お辞儀しながら周囲を探ると、皆がムーンに見とれていることが分かる。美しすぎるムーンが微笑むと皆の頬がぽっと赤く染まる。恐ろしい破壊力だ。


「母様、僕の友人であるレオナールを紹介したいです、こちらへ」

 ご主人様はムーンの手を取る。そして一瞬、動きが止まる。ムーンを見上げて、じっと見つめ、「母様?」と声をかけ、首を傾げる。


「何かしら?早くフェリの友人を紹介してちょうだい。わたくしもレオナール様にお会いしたいわ」

「……うん。わかっ……た」


 ご主人様はムーンをエスコートしながら歩き出した。でもその顔は納得していない。どうしたんだろう。なんだかご主人様らしくない。

 そのままご主人様は教室へムーンを案内した。教室にはレオナール様がいた。


「レオ!」

 ご主人様が手を振ると、すり鉢状の教室の一番奥からレオナール様が降りてきた。


「母様、レオだよ!」

「初めまして、いつもフェリと仲良くしてくれてありがとう」

 ムーンが微笑んで手を伸ばすと、レオナール様がその手を取り、膝を落とす。自分より上位の者への最上の挨拶の仕方だ。洗練されたその姿は美しい。

 

「レオナール・レーネックと申します。フェリにはいつも仲良くして頂いております」

「あなたのお陰でフェリはいつも楽しそうだわ。お手紙にもあなたの事ばかり書いているのよ」


 レオナール様とムーンの会話は続く。

 教室には次々と生徒とその親が入ってくる。そして席についていく。ご主人様とレオナール様、そしてムーンは教室の入り口で話をしている。どうしよう。そろそろ席に移るように言おうか……。

 なぜなら学年を持ち上がって先生をしているサンがそろそろやってくる時間だ。


「レオナール君、フェリシアン君、そしてフェリシアン君のお母様ですか?そろそろ授業を始めたいので席に着いて頂けますか?」


 ああ、やはりサンが来てしまった。先生であるサンはちゃんとムーンを知らないふりをしている。では席に着こうと、思っていたら、ご主人様が手をあげた。


「先生、母が気分が悪い様なので早退させてください」

「え?」と言ったのはサンだけではない。レオナール様もだ。みんながご主人様を見る。


「フェリ、わたくしは何も問題はないわ。あなたが授業を受けてる姿が見たいわ」

 ムーンがご主人様に言うことはもっともだ。誰が見てもムーンが体調不良には見えない。しかも今までレオナール様と普通に話をしていた。


(何があったか知らないですが、無理がありますよ!ご主人様!!)


「母様、僕を馬鹿にしないで。母様がどんなに隠したって僕には分かるよ。母様が僕のために我慢してくれているのは嬉しいけど、辛い思いをしている母様を見る僕はもっと辛いよ」


「……フェリ………………」

 ムーンの目には涙が溜まっている。俺には何がなんだか分からない。だがご主人様は全て分かっているように頷く。


「体調不調であれば、今日はお帰りになった方が良いでしょう。フェリシアン君はお母様に付いていてあげなさい」

 さすがはサンと言うべきだろう。空気を読んでご主人様も帰らせようとする。

 

「先生、ありがとうございます。レオ、そう言うわけだから今日はここで」

「ああ、気をつけて。お母様もお大事に」


「ありがとう、レオナール様。それでは……サン先生、皆様、わたくしとフェリシアンはここで失礼いたします。不調法をお許しくださいませ」

 裾を摘み、おじぎをするムーンの姿に、教室からため息が漏れる。誰もがムーンに見惚れてしまっているようだ。


 そしてご主人様はムーンと俺と共に馬車乗り場に急いだ。

 ご主人様は鋭い目つきをしている。


 何が起こっているのだろう。俺は分からないまま、二人の後に付き従った。 

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