第16話

 そして俺たちは転移した。場所はアダル国。以前の人生ではアダル国民たちは魔物を奴隷とし、使役していたこともあったが、今回の人生ではそれはなく、むしろ仲良く共存している。

 

実は魔物と人間の結婚も報告されている。夫婦の間に産まれた子供はどちらかの特性になるらしい。人間側は始めはとても驚いたが、それは魔物の世界では常識だった。


 例えば蛇が巨大化したような姿のバジリスクと、牛のような姿のミノタウロスの間の子供は、バジリスクかミノタウロスになるらしい。だから人間はともかく、魔物達は驚いてもいなかった。むしろ当然の様に受け止めた。


 今では人間達も当然のように受け止められるようになっている。人々にも忌避の心はないようだ。ご主人様が傀儡政権を作って、4年経った今、アダル国は魔物と人間が共存するすばらしい国となった。


 ちなみに魔物と人間の寿命は変わらない。だから死が2人を別つまでは問題なく夫婦関係を築いていける。

 今回の人生は本当に平和だ。できることならば、この人生でご主人様には生きて欲しい。そう願うのは贅沢なのだろうか……。

 


 いつもだったらご主人様は王城の玉座の間へと直接転移する。実質、この国の主人はご主人様だから当然だ。だが、今回は、城門前だった。


「ご主人様、どうして城内へ直接転移しなかったんですか?」

「出来なかった。私が転移できない様に結界が張られている。思ったよりリリアはやるな」

「まさか……そこまでリリアに力が?」


 ムーンの言葉には同意する。本当にたかが侍女がどうしてそこまで力を付けたのか!


「ご主人様、リリアは普通の人間ですよね?」

「もちろん、そうだ。確か王都内に住む男爵家の二人姉妹の二女だったはずだ。紹介状にはそう書かれていた。初めの方の人生でお父様に解雇されて、訴えられた事があったが、その時には男爵家に賠償金を請求した。親が全財産を手放して支払った事から、愛されていたんだろうな」


「はあ、貴族だったんですね。それは予想外でした」

「我が家は由緒正しいエルヴェシウス伯爵家だぞ?身元が不明な人間を雇うわけがないだろう」


「そう言えばそうなんですが……だったらなんでリリアなんかを」


「お父様の見る目がなかったと言うことだろう。侍女を面接したのはお父様だからな。だが、今現在は私の役に立っている。そう言う意味ではある意味見る目があったようだ」


「役に……立ってますか?」

 俺の質問にご主人様は口の端を持ち上げて、笑う。


「ああ、とても!」

 言葉と共に城門へと進む。結界によって弾かれないようだ。だが、門兵には阻まれた。


「あれ?」

 俺が漏らした声は門兵には聞こえなかったようだ。


 アダル国の王族は今も健在だ。

 だが、実質の王はご主人様だ。それを知るのは王族のごく一部。だから城に勤務する者達は当然知らない。


 そして友好国として顔パスで出入りしているのが魔王であったダークとサンとムーン。今日のムーンは人間の姿だから、分からなくても仕方ない。

 以上の事からご主人様が止められたのかと思われるが実は、それはあり得ない。なぜならご主人様はアダル国の王妃の妹の子供として認識されている。だから止められるはずがないんだ。


「いつから門兵が僕を止めるようになったんだ?無礼だぞ?」

 ご主人様が声を張り上げる。当然の権利だ。ご主人様は間違っていない。


「王より通達がありました。フェリシアン様を城へといれるなと」

「ほう……あの気弱な王が、そんな決断を?それはゆかいだな」


 ああ、魔王モードになってしまった。俺はそっと肩から離れた。と、同時にご主人様から覇気が放たれる。その覇気の勢いで門兵はおろか、ご主人様の来訪を知って駆けつけた兵士達をも気絶させる。姿を見せては、ばたばたと泡を吹いて倒れるさまは喜劇の一幕のようだ。余りにも次々と気絶していくから、段々可哀相になってくる。

 

「行くぞ!ムーン!」

 ご主人様が声をかけると、ムーンが魔物に戻る。ご主人様は本当になんでもアリになってしまった。


「ええ、どこまでもお供しますわ。お嬢様」

 ムーンの目が光り、その爪がギラリと音を立てて伸びる。


 そして俺は沈黙を貫く。いつもの事だ。


 ご主人様が門をくぐり、城へと侵入する。次々と現れる兵士は一言も発する暇もなく、泡を吹いて倒れて行く。騎士達も同様だ。

 あ、魔法使いがやって来た。魔法使いも……泡を吹いて倒れた。何をしに来たんだろう。神官達は祈りを捧げながら倒れていく。隠れて見守っていたメイドさんも倒れてしまった。怪我をしなければ良いのだけど……。


 相手は魔物ではなく人間だ。弱い人間達はご主人様の覇気だけで倒れていく。一応、ご主人様も手加減しているのだろう。手加減しなければ、心臓まで止めてしまうはずだ。


(ああ、本当に人間離れしてしまった)


 そんなご主人様が歩みを止める。目の前には玉座の間の扉。あっという間に着いてしまった。ムーンもせっかく伸ばした爪を、口を尖らせながら見てる。活躍の場が思ったよりなくてつまらなそうだ。

 そして扉を蹴ることで開けるご主人様は、楽しそうだ。扉が音を立てて吹っ飛び、そのまま円を描き床に情けない音を響かせる。


 落ちた扉の先には、玉座に堂々と座るリリアがいる。その右横にはロープに繋がれたヨルダン。左横にはアダル国の王と王妃。3人は気絶している様だ。ぴくりとも動かない。


「あら……オジョウサマ、思ったよりお早いお付きでしたね。そこの色ぼけ女が思ったより早く泣きついたみたいですね」

「リリアは諦めが悪い様だな。お前はいつになったら従順になるのか……、ここまで来ると試してみたくなる」

「はぁ⁉︎従順になんかなるわけないでしょう!全ての者は私に跪けば良いのよ!」

「そんなお前を跪かせたい私は、かなり趣味が悪いようだ。お前が屈服する姿を見るのが実に楽しみだ」


(その言葉はNGです!)と叫びたいけど、叫べない。ああ、ご主人様勘弁してください。このままでは本当に伯爵令嬢から離れてしまいます!

 

「うるさいわね!こっちには人質がいるのよ!王夫妻とヨルダンが死んでも良いの⁉︎」

「できるのか?人質がいなくなったと同時に、お前は手札を失うぞ?」

「かまわないわ。だって私は強くなったもの!」

 リリアが強気だ。ご主人様に勝てる気なのか?それだけはどんなに努力しても無理だと思うけれど。


「だったら人質はいらないだろう?返してやれ」

「人質はいるわよ、だってそのくそ上司の絶望した顔が見たいんだもの」

 リリアはヨルダンの首に剣を突き立てる


「何をする気⁉︎」

 ムーンが絶望に染まった表情で叫ぶ。ヨルダンが危ない!俺も助けようと、慌ててリリアに近づく。が、障壁に阻まれた。


「これは――!」

「ふふ、私の最高傑作よ!お嬢様の転移も弾くことができる魔法の障壁!私以外は入ることができないわ!」

「ふむ、確かに術式は素晴らしい。さすが、『強・隷属の魔法』を解いただけはある。だが、それだけだ」


 ご主人様が指を鳴らすとリリアの障壁が、パリンと音を立てて崩れ去る。


「な……なぜ……キャアア!」

 リリアが叫ぶ。何事かと見ると、ご主人様がリリアの頭を引っ張っている。即座にムーンがヨルダンを助ける。


「この程度で私に勝てると思っているとは可愛いものだ」

「く――ちくしょう!このくそお嬢様が!!」


「確か魔法の根本原理については理解したのだったな。お前は知らないだろうが、魔法の中の最高の強さである『極』は、根本原理から変える必要があるんだ。だから『極』の使い手は少ないんだ。そして私はお前のために作ってやったぞ?」


「ああ、まさかそんな……お辞めください。お嬢様、一生の忠誠を誓います。なんなら靴の裏もなめますから、だから……」

 ご主人様がにんまり笑う。

「そんなの信じるわけないじゃない!」


 リリアの絶叫も聞きなれてきたと思ったが、今回はやばかった。その絶叫で気絶していた城内の人間が目覚め、そして心の中にこの城の主人の名が刻まれた。すなわち、フェリシアン・オータン様には逆らうなと。

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