8度目の人生(6)

 変装して行った私が見たのは奴隷として売買される魔物達。彼らの首には『隷属の魔法』。従わなければ死んでしまう。男も女も子供も年寄りも鞭打たれ売られて行く。そんな彼らの目には光がない。

 魔物を売る商人達の話に耳を傾ける。


「勇者様様だな。お陰で良質な魔物が手に入った」

「元々はうちの国が魔物を奴隷として売るのを許せなくて、魔王軍が兵を起こしたって言うのにな」

「間抜けな勇者だ。お陰で儲かって仕方ない。これだけいれば、うちの国だけじゃなくて他の国にも売り捌ける」

「どうせ死んだってかまわねえ!魔物だ。飯も食わせないで、他国へ送るか!死んだら死体も金になるしな」

「最高だな!これでこの国は潤うぜ!俺達もお金持ちだ!」


 ティンクに支えられながら、逃げるように路地裏に行く。人間の本質の醜さに吐き気がする。売られて行く魔物達の絶望的な目を思い出し、罪悪感から涙が溢れる。そして、自分の短慮さに腹が立つ。


 どうして私は視野が狭いのか!どうしていつもいつも後悔しかできないのか!

 ヨルダンの話をちゃんと聞いていれば、いやその前に魔物達と話ができていれば!


「ああ――ティンク……私はどうすれば……どうすれば良いの――」


「ご主人様……残念ながらですが敗戦国は、なにをされても文句は言えないのです。魔王軍に負ければ人間達が同じ目にあっていたかもしれません」

「それではどちらかが蹂躙されるしかないじゃない!」


 私は世の中の理不尽さに泣いた。ティンクは……そんな私をずっと慰めてくれた。

 私にはもうなにが正しいのか分からない。こんな馬鹿な私は確かにレオナール様の足手纏いだ。


 アダル国から帰った私は無気力に日々を過ごした。そしてやはり私の誕生日の1か月前にレオナール様からお手紙が届いた。


 場所はいつもの人気のない荒野。重い頭と体を抱え約束の場所へと向かう。レオナール様は……白い清廉とした衣に身を包んでいた。


 いつものように婚約破棄が告げられる。勝負をする意味はあるのだろうか……。こんな私は確かに相応しくない。

 だけどティンクの期待する目が、私にレオナールへの勝負を挑ませる。いつもと同じように勝負の言葉を発し、私はジークシュベルトを顕現させた。


「それは……ジークシュベルト?」

 レオナール様が目を見張る。

「ええ、私の剣です」

 勇者アルノーが私だと言いたくない。これ以上失望されたくない。だから言葉を飲み込む。

 

「そうか……。貴女も随分と強くなったのだな」

 感心したようにレオナール様が優しく微笑んでくださった。初めって会った時のレオナール様だ。

 その表情に涙が溢れそうになる。でもダメだ!そう思ったので、ギュッと剣の柄に力を込め、本気で戦う。本気で戦わないとティンクにバレてしまう。そう思うから必死で技を繰り出す。だけど負けてしまった。

 

 所詮、私はそんなものだ。


 レオナール様が地に沈む私に近づく。また、別れの言葉を聞くのだろう。もう受け入れる覚悟はできている。すっと頬に伝わる涙が温かい。ティンクが降りてきて、涙を拭ってくれる。


「次こそは………」

 いつもと違う言葉に私は慌てて体を起こす。が、レオナール様はもういない。

「レオナール様……」

 強い風が私の髪を空へと巻き上げた……。




◇◇◇



 私とティンクは家に帰り、レオナール様の言動について話す。でも分からないままだ。レオナール様の真意が私如きに分かるはずがない。


 今回は魔王という脅威もない。そう言う意味では16歳の誕生日を迎えられそうな気がしてくる。結局、婚約破棄はされている。だったらまだ見ぬ土地へ行くのもアリかと、ティンクと話す。


 今までとは違う平和な日々。私はティンクと買い物に出かけた。大好きなイリゼ国の市場だ。久しぶりに勇者アルノーの姿で買い物をする。もう勇者の事を言う人もいない。所詮、刻の人という事だ。忘れ去られて行く存在だ。

 

 市場で商品を見繕っていると、奴隷市場がある事に気付いた。とうとうこの国にまで来たかとため息を付く。

 その時、繋がれた魔物が鎖を引きちぎった。馬の様な姿の魔物。その目が私を捉える。


「勇者アルノー‼︎父の仇‼︎」

 馬の魔物が私の元に走って来る。その手には何もない。奴隷商人間達が魔物を縛る魔法を展開する。魔物が人に害をなす前に殺そうとしている様だ。魔物の目には涙。


 奴隷商人達の魔法を無効化する。ティンクは遠くに弾き飛ばした。魔物の蹄に似た手が私の頭に影を落とす。

 良かった。これで死ねる。私はゆっくり目を瞑る。


 「ご主人様――――‼︎」

 ティンクの声が聞こえる。


(ごめんね、ティンク。この時を待っていたの。私は死にたかった……。もう生きたくないの)


 しかし現実は無慈悲だ。魔物は人々に寄って押さえ付けられた。魔物の顔が悔しそうに歪む。

 ティンクが私の元に戻ってくる。

「ご主人様、ひどいです!俺を…………」

「ティンク?」

 ティンクの身体がゆっくりと私の手の中に落ちてくる。ティンクの体には見覚えのある魔法の跡……。


「ティンク――――――――――――‼︎」

  嫌だ!他の誰を失ってもあなただけは、あなただけは嫌だ。あなただけが私の支えなのに‼︎


  震える体で敵を見る。

「リリア………………」

 視線の先には人に戻ったリリアが、皮肉な笑みを浮かべながら立っている。


「ざまぁみろ!今までの仕返しだ‼︎」

 リリアの手元から魔力が凝縮された矢に似た炎が発射される。炎の矢は咄嗟に張った私の結界を突き破る‼︎


「私の矢は特別性だ!あんたの結界なんて紙くず同然だ!」

 耳につくリリアに笑いに、怒りはない。むしろ感謝する。

 そう……私は死にたかった……。だからこれで良い……。


 炎の矢が私の心臓を貫き、私はティンクを抱いたまま、地面へと倒れる。


 次こそは間違えない……そう思いながら。

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