第25話
剣術大会の参加者は100名だ。その100名が10ブロックに分かれトーナメン形式で戦う。各ブロックでの勝者が更にトーナント形式で戦い、勝者を競う。
ご主人様は当然のように勝ち抜いた。それは当然だ。なぜならご主人様は2回目の人生で既に優勝した経験があるからだ。
そしてレオナール様も当たり前の様に勝ち抜いた。つまり決勝戦はご主人様対レオナール様となった。
円形の闘技場の中央には戦うための石畳の舞台が設置されている。中央には勝敗を見届けるための審判と副審判がいる。審判に名前を呼ばれたご主人様は剣を掲げて、闘技場に集まった人々の歓声を受ける。圧倒的に女性の声援が多いのは気のせいではないだろう。ご主人様は誰が見ても美少年だ。その姿に魅了される女性は多い。女性達の声援に手を振って応えると、更に黄色い声が飛び交う。
続いて呼ばれたのはレオナール様だ。レオナール様の登場に声を上げるのは男達だ。どう考えてもご主人様がモテるのが気に入らない男達がレオナール様を応援している。男達の嘆きにも似た声援が響き渡るなか、レオナール様は剣を正面に構えた。ご主人様は上段に構える。
今回使用する剣は模擬刀だ。だが、それがなんだと言うのか。ご主人様の愛刀はバターナイフだ。バターナイフで海も切断するご主人様にかかれば模擬刀で、この闘技場を破壊することすら可能だ。そしてレオナール様。度重なる人生でご主人様を打ち負かした彼の腕を持ってすればご主人様を凌駕することすら容易いだろう。
そんな2人が審判の合図と共に剣を交わす。キンっと甲高い音と立てて2人の剣は重なり合った。睨みを効かせながら互いにギリギリと剣を鳴らしている。
いきなりご主人様が後ろにトンと下がったところで、レオナール様のバランスが崩れた。崩れた体勢を戻そうとするレオナール様。その隙を狙いご主人様が剣を横に払う。するとレオナール様がその剣を縦にして受け止める。身長はレオナール様の方が高い。力の差も歴然だ。ご主人様もそれを分かっているのか、剣を引く。そして追撃しようとした所をレオナールさまに踏みこまれる。
白熱した戦いに歓声が飛ぶ。
来賓席にはダークがいる。ダークの横にはご主人様の身代わり精霊が座っている。本来のご主人様の姿。美しい顔、美しいドレス、頭には輝くティアラ。ご主人様の身代わり精霊は今回も聖女として活躍している。そのため今回の剣術大会には応援としてやってきた。ダークとたまに会話をしている。それが遠くない未来に現実になるかも知れない光景かと思うと涙がでそうになる。
なぜなら手を抜いているとは言えどご主人様は戦っている。それなのに身代わり精霊と話をしているダークなんてご主人様に相応しくない。ご主人様の恋人を名乗るなら、戦っている最中でもちゃんと見ないとダメだろう!俺はやっぱりダークをご主人様の恋人とは認めない!絶対に別れさせてやる!
俺がそう決意している間にもご主人様とレオナール様の戦いは続く。ご主人様の剣とレオナール様の剣の撃ち合いが続き、ふたりの戦いは更に白熱していく。上段から打ち込むために、ご主人様は高く跳ぶ。その剣を頭上で受け止め、レオナール様は強く振ることでご主人様の剣を弾く。体が軽いご主人様はそのまま後ろへ飛ばされてしまう。飛ばされたご主人様をレオナール様が追撃する。ご主人様は着地したと同時に前に出る。そして更に剣を撃ち合う。いつ終わるか分からない戦いは続く。観客もヒートアップしていく。
(ご主人様が本気にならないと良いけれど)
衆人の前だ。ご主人様にはくれぐれも本来の力の一部で、それこそ小指の先でたんぽぽの綿を触るつもりで戦って下さいとお願いした。そうしないと海を割り、雲を切るご主人様の剣の威力で闘技場が破壊されてしまう。
だが、俺の心配は杞憂で終わった。あいつの言う通りご主人様がレオナール様を倒したからだ。
ご主人様の剣先が、レオナール様の喉元で鋭く光る。その姿を見た審判がご主人様の勝利を告げた。ドッと割れた様な観衆の声が闘技場を揺らす。空に響き渡る2人の勇姿を讃える声はまるで嵐の様だ。鼓膜が割れるような大きな声に応えてご主人様は両手をあげる。レオナール様はその姿を拍手でたたえる。
ご主人様の視線が来賓席に向かい、そしてその瞳が柔らかい色に変わる。頬も赤く染まる。
ご主人様の視線の先にはダークがいる。
(ダークにそんな視線を送るようになったんですね……)
俺の心はズキリと痛んだ。
◇◇◇
授賞式が終わり優勝のメダルとトロフィーをもらったご主人様はダークが待つ貴賓室に飛び込んだ。廊下には大勢の人がいる。その中にはレオナール様もいた。
ご主人様を待っていたダークは色とりどりの薔薇の花束をご主人様に渡した。
「おめでとうございます。優勝すると思っていたので花束を用意してました」
キザったらしい台詞だ!イライラする!
「ご主人様!俺も用意しましたよ」
渡す花束はピンクのカーネーションだ。ふたつの花束を受け取ったご主人様は両手で抱えて、それぞれの香りを嗅いだ。
「ふたりともありがとう、初めてレオナール様に勝てたわ」
「まだ、あの男に未練が?」
「そうね……勝つことができたら、その時は何かが自分の中に湧いてくるかも知れないと思っていたけど、そんなことは残念ながらなかったわ。もうすっかり冷めたみたい」
「ご主人様……本当に?」
「本当よ」
俺の言葉に笑顔で答えるご主人様は綺麗だった。
(そうか……本当にもうダメなんだ)
「俺……ちょっと外出してきますね」
「分かったわ。後で一緒にお祝いの食事をしましょうね」
頷くことでなんとか返事をする。
ご主人様はダークと付き合ってから普通に令嬢言葉を使うようになった。俺がどんなに言ってもダメだったのに。
それが恋の力だと思うと、今までの俺はなんだったんだろう。
そして……。
俺は誰もいないところで泣いた。色々な出来事と決別するために。
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