2度目の人生(1)

「キャアァ――‼︎」

 悲鳴と共に目を覚ます。

 なんと言う悪夢!引き裂かれるような体の痛みを思い出し、身体が震える。


 布団から手を出して目を覆う。

「ああ、怖かった……」

 目から溢れる涙を拭うと、その手が随分と小さいことに気付く。


「……小さい?」

 不思議に思いながら体を起こす。ひどく視界が低い。ベッドカバーも子供の頃に使っていたもの。


 慌ててベッドから降りようとする。ベッドが高くて足が床に付かない。

 そんな馬鹿な!私はもうすぐ16歳のはずなのに!


 頑張ってベッドから降りると、ベッド脇にあるテーブルの上の黄色のチューリップに気付く。レオナール様から贈って頂いたもの。最初で最後のプレゼント。彼の気持ち……。


「どういう……こと……なの?」

 早くなる鼓動を抑えつける様に、右手で胸を押さえながら、姿見に向かう。


 すると映る姿は5歳の時のわたし……。

 映る姿が信じられず、鏡に右手を伸ばす。指先にはヒヤリとした感触。左手は私の頬へ。温かい生きている事を実感する柔らかい感触。


「いったい何が……」

 目を見開けば鏡に映る私も信じられないと言った顔をする。

 どうして5歳に戻っているのか……。何もかもが分からない。震える体を止めるために、ぎゅっと自分の自分を抱きしめる。

 トクントクンと音を立てる心臓。温かい体。


「……ああ、生きている……。神様……ありがとうございます」

 溢れる涙を止めることができない。理由は分からない。理屈も分からない。分かる事はひとつ。それはやり直せると言うこと。次があるならば強くありたいと願った。レオナール様の足手まといにならない様に。彼の人生の横に立てる様に!


 グッと涙を拭い、決心する。

 前回の私はレオナール様を支えようとした。良き妻となりレオナール様のお役にたとうとした。

 でもそれでは駄目なのだろう。私に必要なのは、辺境の地でも戦える強さ!それは力だけではなく、心の強さも含まれる。泣いて耐えているだけでは強くなれない!


 キッと目に力を込めて扉を見る。ギュッと拳も握りしめる。

 そろそろリリアの来る時間だ。リリアに力で勝つ事はできない。でも両親に助けを求めることはできる。

 なぜなら両親も祖父母も兄達も私を愛してくれている。どんな時でも私の味方でいてくれた。

 私を貢物として捧げろと言う魔物に対して、剣を持って立ち向かったのは父と兄達だ。一緒に逃げようと、私の手を引いたのは母だ。誰も私を差し出そうとしなかった。それが一番楽なのに!自分達が助かる手段なのに!

 どうして前回の人生では、家族の深い愛情に気付けなかったのか!


 トントンと扉を叩く音がして、「おはようございます、お嬢様」と言いながら、リリアが入ってくる。ここまでのリリアは優しい。

 昨日までは、レオナール様に脅され私への攻撃はなかった。記憶によれば今日から再開した筈だ。私への暴力は。


「ああ、なに?あんた起きてたの?起きてたら返事くらいしなさいよ。ほら!さっさと顔でも洗いな!」

 洗面器に張る水は熱湯だ。こんな熱湯は火傷するに決まってる。


「いやよ!こんな熱いお湯で顔なんて洗えるわけないわ!」

 襲って来る恐怖に立ち向かうように声を張り上げる。


(私に勇気をください!レオナール様!私はあなたの側に立つにふさわしい女性になりたい!)


「何ですって⁉︎この――調子に乗りやがって!」

 リリアが私のお腹を力いっぱいつねる。

 リリアはいつもそう。見えない所に傷をつける。痛い!でも我慢!こんな痛み、レオナール様に告げられた言葉より痛くない!


「リリアの馬鹿!あんたなんか大嫌い‼︎」

 声を張り上げて叫ぶと、お腹を更につねられた。痛い!でも泣かない!こんな痛みになんか私は負けない!こんな女に涙は見せない。もったいない!


 般若の様な顔のリリアのお腹を思いっきり蹴る。リリアが痛みで仰反る。

 始めて人を蹴った。恐怖と共に爽快感が巡る。リリアが倒れ込んでいる隙に扉を開けて外に出る。そしてそのまま両親の部屋に走る。


(さぁ、泣くなら今よ!フェリ!女の涙は使いどころが大事と、誰かが言っていた)

 

 泣きながら両親の部屋の扉をドンドンと叩く。ドアノブが高くて5歳の私には届かない。だから力の限り叩く。


 扉を開けて下さったのはお母様。驚いた表情のお母様の胸に思いっきり飛び込み、大きな声で泣く。

「まぁ……フェリ!どうしたの」


「フェリ!そんなに泣いてどうしたんだ」

 お父様も私に近付き、頭を撫でてくれる。ああ、どうしてもっと早く、こうしなかったのか……。


「お父様、お母様、わたし……わたしリリアにずっといじめられていたの。脅されていて……ずっと怖くて……言えなかった……でももう……痛いの嫌なの……」

「そんなリリアが?」


 信じられないと言った声を上げるお母様に証拠を見せる。お腹に残る青紫色の二つの痣。子供の私ではこんな痣はつけれない。ましてや子供の手では、この大きさにはならない。


「――‼︎なんて……事!」

 お母様が口に手を当てて涙ぐむ。お父様の強く燃える様に怒る目に、一瞬怯みそうになる。でも怯まない!勇気を出してまた前に出る。そして、私はお父様とお母様に抱きつき、再び泣く。


 お父様が私を強く抱きしめ、額にキスしてくれる。そして無言で立ち上がり、部屋を出ていった。たぶん、私の部屋へ向かったのだろう。

 お母様は私をギュッと抱きしめてくれる。お母様は泣いている。泣きながら、「気が付かなくて、ごめんなさい」と言ってくれる。

 私は首をふるふると振る。そしてお母様に強く、強く抱きつく。言葉は必要ないと思った。親子だから、これだけで分かり合える。分かってもらえるはずだ。


 その日、リリアは罰を受けて解雇された。彼女の今度の未来は暗い。でもそれは仕方ないこと。


 私は……がんばった!でもこれだけじゃダメ。これはこれから続く道への、大きな一歩!

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