6度目の人生(3)
ティンクの意見に納得したお師匠様は、次に北風が吹き荒れる海辺へと私達を連れて行った。
「次は海の上を走る修行だ。なに簡単だ。右足が沈む前に左足を出せば良い」
また意味が分からない事を言ってると思った。だけどお師匠様が私を呼ぶ名前が、お嬢ちゃんから馬鹿弟子に代わり、そして今はアホ弟子だ。ちゃんと名前を呼ばれるまでは一緒にいたい。
海を歩く修行は熾烈を極めた。私は魔力を封じられている。そもそも剣とは関係ない。なぜこんな事をしてるのか悩みながら、毎日海の上を歩こうとしては沈む。
まったく分かっていない事を見かねたお師匠様が口を出してきた。珍しいと思った。
「アホ弟子、お前は筋力で岩が割れていたのと思っているのか?違うだろう?必要なのは
信じる心だ!自分の中にある力を信じろ!」
信じる心……何を信じると言うのか。海の上を歩けると言うことなのか……。悩む私にティンクが声をかけてくれる。
「ご主人様の中には魔力以外の何かがありますよね?そうじゃないと普通の6歳児は岩は割れませんよ」
6歳児じゃなくても岩は割れない人が大多数だと思うけれど……。でも私もこういう所がダメなのかも知れない。
必要なのは信じる心。私の中にある魔力以外の力……。自分は信じなくても、ティンクの言葉は信じる事ができる。
そう思うとじんわりと私のおへそあたりが温かくなった。これが魔力以外の力。『気』の力だと気付いた。
それからの私は変わった。
海の上は走れた。足の裏に気の力を集中させ、海面と反発させれば立つことができる。
初めは生まれたての子鹿のようにカクカクしながら、立つのがやっとだったが、次第に走れるようになってきた。つまり右足が沈む前に左足を出せば良いのだ。お師匠様のおっしゃる通りだった!お師匠様はすごいと思った。
次にお師匠に剣で海を割れと言われる。また意味が分からない。だって海は大きくて広い。そもそも固形ではなく流動体だ。
でもきっとできると信じればできるはずだ!そう思って剣をふる。剣が空気を切り裂いた。それだけだ。なにも起こらない。素振りと一緒……。恥ずかしくて両手で顔を隠してうずくまる。
すると私を見ていたお師匠様が声をかけて来た。これはまたまた珍しい。
「まだ信じる心が足りないな。いいか海は割れる!そう信じるのだ!」
また、無茶振りだと思った。だって割れるわけがない。岩を割ったり、海を走るのとは規模が違う。
「では……お師匠様はできると言うのですか?そんな荒唐無稽なこと!できるならやって見せて下さい!だって海を割るなんて信じられない‼︎」
ついつい逆らってしまった。だってできるはずがない!
「おお、逆ギレか?なかなか良い傾向だな。言いなりのお嬢ちゃんはつまらないからな」
かんらかんらと笑いながら、お師匠様が腰に差した刀を取り出した。片刄でゆるやかに婉曲した、日の光をギラリと照り返す美しい剣。その悪魔的な輝きにいつも魅了されてします。この刀に斬られたならば、苦しむ事なく死ねるだろうと……。
お師匠様刀を下から上へと振る。するとそこから衝撃波が走る!衝撃波は海を走り、本当に海を割っていく。割られた海を見ると海底が見えた。海底の砂は白く美しい。貝や珊瑚も見える。そして真っ二つにされた魚も落ちている。驚きながら見ていると、カチリと刀が鞘に戻る音が聞こえた。その音を合図のように海が戻っていく。
「どうだ?私の弟子ならばできるはずだ」
人を食ったように口の端を上げて笑う師匠を見ながら、ついつい笑ってしまう。
確かに割れた!海は割れていった!だけど師匠!衝撃波を出す方法が分かりません!
相変わらず説明が足りない師匠の言動に絶望しながら、私は毎日、剣を振り続けることにした。きっと衝撃波を出す方法を聞いても師匠は『信じる心』と言うだろう。
だから師匠に始めに言われたことを思い出す。
『この世のあらゆる物を武器にできて初めて一人前の剣士となれる。剣とは即ち拳。拳とは即ち自身の力。自身の力とは即ち信じる心。自分を信じる心が強さを呼び、その身に宿る力を引き出し敵を撃つ』
今でも意味が分からないと思っている言葉を心の中で復唱する。
信じる心が私に宿る強さを呼び起こしてくれる!そう信じ込んで!
思い込みの力は素晴らしい。なんとその内、衝撃波を出すことができた。今までは気の力は体に宿すだけだったが、気の力は剣にも付与する事ができる。そしてその気の力を剣を振った際に飛ばせば衝撃波が産まれた。私の衝撃波はまだ岩を斬る事しかできない。あとはどうすれば大きくできるのか……。
しかしながら思う。
(お師匠様は説明が下手くそだわ。先生には向かない……)
これらの事を言葉で教えてくれれば、もっと成長が早いのではないだろうか。自分で創意工夫する分とても時間がかかる。
だけど、私が海の前で毎日剣を振るのを見てくれる。そしてたまに馬鹿にするかの様に、私の横で海を割る。そして良く昼寝をしている。
今は釣りをして、ティンクに渡して夕飯は刺身が良いとリクエストしている。
(私は頑張っているのに――!)
頭に来たのでその勢いのまま、剣を振った。上から下だ。するといつもより強い衝撃波が出た。
「おお、できたな。そのまま頑張れ!さすが私の弟子だ!」
お師匠様が手を叩いて喜ぶ。私も嬉しくなってきた。わーい!と手を挙げて喜んでいたら、お師匠様に肩を抱かれた。
「お前は肩に力をいれすぎだ。もう少し子供らしく人生を気楽に生きろ」
「お師匠さま……」
でも、では、どうすれば良いのだろう。だって何度繰り返してもレオナール様には必要とされない。魔王軍には勝てない。
黙っていると、お師匠様からデコピンされた。その痛みはすさまじく、私はおでこを手で撫でる
「信じろ、お前が望む未来はいつかくると……」
「信じる……」
お師匠様が良く言う言葉だ。私は本当に信じていたのだろうか。海を割れると言うことを。お師匠様にやって頂いたのに、本当に信じていたのだろうか……。
目を閉じて、深呼吸をし、そして目を開ける。お師匠様がそっと離れる。
剣を抜く。そして気を纏わせる。私の気の力は大きい。きっと世界を凌駕するほどに!
剣を振る!上から下だ!私は海を割れる‼︎割れないはずがない!
すると剣先から衝撃波が迸る。おおきな衝撃波はそのまま海を走り、真っ二つに割って行く。
「……で、できた」
「さすが私の自慢の弟子だ」
お師匠様の言葉が心に染み渡った。乾いた心を埋めるように。
次は空の雲を切れと言われた。これには少しだけ苦戦したができるようになった。
夕飯の後のお師匠様との打合いも激しさを増す。この間は白熱しすぎて、山の形を変えてしまった。ティンクが慌てて治してくれた。ティンクに感謝しかない。
そんな楽しい日々を過ごしながら10歳になった。お師匠様が名前を聞いてきた。お師匠様の名前はリュシエンヌだと言う。私と似ていてとても嬉しい。
「私はフェリシエンヌです」
「そうか……フェリシエンヌ。では最後の修行だ。私から一本取れ!」
そうくると思っていた。私はまだお師匠様に勝ったことがない。
お師匠様は木の枝を拾い、私は大地に根付く花を手折った。
そして激しい打ち合いが始まる。お師匠様の木の枝から剣戟が飛び、私も花を振り剣戟を飛ばす。お互いがお互いに打ち合う。その勢いで周囲の花々が散り、岩が割れる。木々が倒れる。
だけど問題ない!ティンクが次々と修復してくれる!つまり何をやっても良いはずだ!
雲が割れ、嵐を呼び、雨が降る。だが勝負がつかない。日が沈み、月が昇り、また日が昇る。だけど勝負はつかない。
もう何日戦ったか分からなくなった頃、飽きたのだろう。ティンクがご飯を作り始めた。あまりにも良い匂いにお腹が鳴る。お師匠様のお腹もなる。お互いが笑い、そこで勝負はお預けとなった。
ティンクの作ったご飯を食べて、握手をしてお師匠様とはそこで別れた。充実した楽しい日々だった。
「さぁ、帰るぞ!ティンク!」
「……ご主人様、喋り方を治しましょうね。すっかりお師匠様に毒されてしまいましたね」
「………………。」
そうか……長く一緒にいたせいか、尊敬しているせいか分からないけれどお師匠様の言葉使いになってしまったようだ。だけどこれも悪くない。
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