8度目の人生(3)
「ティンク、見ろ!見渡す限り赤茶色だ!」
私は山の上からレーリックの地を見下ろす。レーリックは猛き山々に囲まれた場所にある。レーリックに入るためには魔物が蔓延る山を超える必要があるため、普通の人はあまり来ない。そう思うとレオナール様は5歳で従者と二人で我が家へ挨拶に来て下さった。この山を5歳で越えるとは!やはりレオナール様は昔から規格外だったと言う事だろう。
「素晴らしい景色だ。強い魔物の鼓動も感じる。心踊るとはこの事を言うのだな」
片膝立てて、顎を掴みながら話す私を、ティンクが呆れた顔で私をみてる。
「私はここでどれだけ強くなれるのか。それを想像すると嬉しくて仕方ない」
「ご主人様は本当にお師匠様がお好きなんですね」
呆れた顔のティンクに、私は口の端を上げて笑う。人を食ったような笑い方。お師匠様が良くしていた。
お師匠様……つまり6回目の人生の時に剣のことを教えて下さった方だ。私は今まで人生を繰り返してきた。その際に師事を受けた人もいた。だが大抵はその人達を超える事ができた。
超えれなかったのは剣豪だったお師匠様だけ。しかも勇者を得て、レベルアップした今でもお師匠様には勝てる気がしない。
「お師匠様を探してみたが、6回目以降会う事もできない。もう一度お会いしたかった」
「いや……俺的にはこれ以上影響を受けたら困るんで会わなくて良いです」
ティンクは私が伯爵令嬢らしくなくなる事を嫌がっている。
では私らしいとは何だろう。繰り返しの人生で私は色々学んだ。この世界には色んな人がいて、色んな考え方があって、色んな価値観がある。伯爵令嬢だった私では知らなかった事ばかりだ。私には分からない。私と言う存在の位置付けが。
だから自分を知るために、今回は勇者アルノーとして生きる事にした。髪は短くした。服も男の子用だ。魔法で声も低くしてみた。話し方はお師匠様の真似をする。
立ち振る舞いは前回の人生で一緒に旅をした戦士ヨルダンの真似をする。実は彼の立ち振る舞いには憧れていたのだ。
特に、指を振りながらチチチチと言うのがかっこいい。いつかタイミングがあれば言ってみたい。
そんな私の野心を見越しているような、いないようなティンクと一緒にレーネックを歩く。レーネックの土地の1/5は砂漠。1/5は荒野。2/5は山。つまり人が住める場所は1/5しかない。その一つ海沿いの都シャルムを目指す。シャルムに行くためには荒野と砂漠を超えなければいけない。
空を飛びましょうとティンクは言うけれど、私はレオナール様の領地を空から見るなんて嫌だった。自分の両足で踏み締めたかった。だからゆっくり歩いていく事にした。
しかしさすがレーネックだ!
魔物達の強さには驚愕した。ここの魔物は魔王軍には入っていないと言う。魔物達は単純に弱肉強食だ。強い物に従うと言う。だから魔王如きには従わないというわけだ。
ジークシュベルトを持ち、勇者になったお陰で強くなった私ですら苦戦する。この間戦った頭が3つあった大きな蛇は魔王より強かったんじゃないだろうか。最終的にはヘビだったから氷漬けにしたら冬眠を始めたけど……。
あまりにも強い魔物が多いので、シャルム行きを中止し、良い修行だと思い3年ほど修行に勤しんだ。お陰でジークシュベルトは私の手足のように動く様になった。
そこで荒野を出て、シャルム行きを再開した。
砂漠地帯に入ってすぐに私の体に影がかかった。見上げる空には鳥の様な羽を持ったライオンの魔物。スフィンクスだと分かった。
その巨体が私の前に降り立つ。その体は家よりも大きく、前足だけで私を踏み潰せそうだった。だがその金色の体躯は美しく、太陽に煌めくたてがみはサラサラと風になびき、私の目を魅了した。
「こんにちわ。お名前を教えてくれるぅ?」
たてがみがあるからには男のはずだが、スフィンクスは女性の様な声を出す。
「私はアルノーだ!スフィンクス……たてがみが美しいな。実に見事だ!」
私は両手を掲げて褒める。そんな私をティンクが呆れた目で見ている。
「あらぁ〜褒めてもらえて嬉しいわぁん。アルノーちゃんはあたしが怖くないのねぇん」
「怖くなどない。だが、そうだな……あなたの美しさには魅了された。その翡翠の様な瞳も実に美しい。あなたは美に愛された生き物だな」
「いやぁ〜ん!そんなに褒められると困っちゃうぅ。やっぱり来て正解だったわぁん」
嬉しさのあまりだろう…スフィンクスが身悶える……のは良いが、その勢いで砂埃が風に舞う。咄嗟に結界を張って避けたが、凄まじい勢いだ。
「私に何か用かな?」
「用なんかないわよぅ。懐かしい気配がしたから来ただけよん」
「……懐かしい?私はあなたとは会ったことなどないが?」
「本当にそうよねん。どうしてそう思ったのかあたしにも分からないわん。ねぇ?良かったら、我が家に来ない?ご飯を用意するしぃ、お風呂もあるわよん」
スフィンクスに敵意はない。私はお風呂に入りたい。二つ返事で了承した。
スフィンクスに乗り空を飛ぶ。空から見える砂漠はどこまでも広がり、まるで砂の海の様だった。自然が作り出した隆起した砂の塊は、美しく私の目を惹いた。
「夜の砂漠は月明かりで白くなってもっと美しいのよ〜」とスフィンクスが誇らしげに言うので、ぜひ夜に見に来ようと思った。
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