5度目の人生(2)
私はティンクと蛙の姿のリリアと旅に出た。私は5歳なので、町に行くときはティンクが大人になって兄と名乗ってくれた。それ以外では、人工生命体の姿だ。私は小さくて、パタパタと飛ぶティンクの姿が好きだ。
剣士も魔法使いも錬金術師の腕もレオナール様の役には立たない。でも今回、私は賢者にヒントを得た。賢者になれば足手まといと言われないかも知れない。魔王軍にも立ち向かえるかも知れない。
「賢者になるには、悟りを得なきゃいけなんですよね?そもそも悟るってなんですか?」
「そうね……それが私にも分からないの。だから旅に出て探そうと思っているの」
「……そうですか」
半眼するティンクを無視して歩く。
ティンクが呆れているのは分かる。でも分からないものは分からない。ただ今までの人生で学んだ事がある。実戦に勝る経験はない。旅をしながら魔物を戦っていけば、見えてくる何かもあるかも知れない。
ティンクをギルドに登録をさせ、私はティンクと仕事をこなして行く。私は元々強かったし、ティンクも思ったより色々できて強かった。どうも私ができる事は、ティンクもできるようになるみたいだ。
ティンクは繰り返しの人生に巻き込んでいる。どこかしら魂の一部が繋がっているのかも知れない。
ティンクはあっと言う間にAランク冒険者になった。Aの上にはSランク冒険者しかいない。世界でも数名だと言う。
そのうちの一人は、剣豪だと言う。剣豪は魔法は一切使えないのに、世界最強だと言う。眉唾物ではないかと訝しむ。
6歳になり、7歳になったけど、一向に悟りは分からない。途中、錬金術師のオレリアの元に行った。やはり借金取りに追われていた彼女を救い、たまに知識を授ける。
そして彼女が作った数々の薬をリリアに投入する。良い実験体が手に入ったと、オレリアはとても喜んでいた。
8歳になり、9歳になり、10歳になった頃、Sランク冒険者になった。けれど悟りが分からない。
そもそも悟るとは何なのか……。
「ご主人様……このまま戦い続けても悟れないんじゃないですか?」
ティンクが言う。
「悟るって無の境地になるって事ですよね。このまま冒険者を続けてて戦い続けても、強くなってお金が溜まる一方で悟れないと思いますよ」
「……無になる事が必要なの?」
「……ええ、そうですよ。ご主人様は悟りってなんだと思ってたんですか?」
「冒険していれば、そのうち悟りを教えてくれる方がいるのかと思っていたわ」
「いや……いたんじゃないですか?居酒屋で酔っ払いの親父が、『無の境地が悟りへの第一歩』て叫んでましたよ?」
「酔っ払いよ?信じられるの?」
「じゃあ他に手がありますか?」
ティンクの言う事はもっともだ。他にはヒントがない。私には思いつかない。
では『無』とはなんだろう。なにも考えないことではないはずだ。
「どうしたら……良いのかしら?」
「そうですね。欲望を捨てる事じゃないでしょうか」
「欲望……でもティンク、レオナール様への愛は捨てられないわ。魔王軍に対抗する力をつける事も。私にはそれ以外の欲望はないのよ」
「ご主人様はケーキがお好きですよね?しかも……お風呂に入れないとイライラしますよね?3食ご飯を食べないと、怒るし……」
「お風呂じゃなくても水浴びでも良いのよ?それすらダメなの?それとご飯は……ティンクの作るご飯がおいしくて……つい……」
そう一人の旅のときは携帯食品だった。でもティンクが子供なんだから栄養を摂りましょうと言って、毎度作ってくれるご飯が美味しくて……我が家の料理人の作るご飯より美味しくて、ついついわがままになってしまっていた。
ティンクの呆れた顔が、半泣きの私の心を穿つ。
「……分かったわ!ティンク、私はそれ等を全て断つわ!」
お風呂よりケーキより、ティンクのご飯が食べれないのが辛い!だけど頑張ろう!悟りを得るために!
それから私は山に篭った。ぼた雪が舞い散り一年中雪が積もり誰も来ない、来れない山。しかも周りが白くて何も見えない。
その中で小さいテントを立てて、ティンクと過ごす日々。食事は1日1回。固い干し肉と固いパン。喉が渇いたらテントから出て雪を食べる。お風呂は……諦めた。どうせティンクしかいないし、こんなに寒くては汗もかかない。
たまにテントを襲ってくる雪の魔物は私の絶好の獲物だった。久々の肉だと、魔法で焼いて味付けなしで食べる。
蛙のリリアは冬眠してる。リリアは身も心も蛙になったみたいだ。お腹が空いたら最終的にリリアを食べよう……。
暗くなると小さいテントの中で丸まって寝る。明るくなると起きる。それ以外にする事がない。
そんな単調な日々の中、月明かりで目を覚ました。月の明るさに惹かれるように外へ出る。
吹雪も止み、シンとした空気が広がる。濃い紫色の空に浮かぶ大きな満月が、小さな私を見透かすように空に浮いている。月明かりに照らされた雲が美しく、両手を広げて大きく息を吸う。
ここに来てどのくらい経っただろう。私はすっかり痩せてしまった。こんな私ではレオナール様には好きになって頂けないだろう……。
では私は?私はレオナール様が痩せようと太っていようと、一文なしであっても、例えなんであろうとも愛する自信がある。レオナール様は私の全てなのだから。
繰り返しの人生で何度フられても、何度婚約破棄されても立ち上がれるのは、レオナール様がいらっしゃるからだ。彼の傍に立つためだ。
それが……私のただ一つの思い。全てを失ってもなくならない想い。私にはそれしかない‼︎
そう気付いたとき、頭の中にあった鍵が開いた。怒涛のように賢者としての知識が流れ込む。何という情報量!何という奇跡の魔法!奇跡の力‼︎
そう――私はそこで悟りを得た。
レオナール様への絶えることのない愛の自覚と共に。
「ご主人様?」
ティンクがテントから出てくる。その愛おしい存在を手の平の上に乗せ、にっこり笑う。
「ティンク……下山して美味しい物を食べましょう。お祝いは豪華にしなくては」
ティンクが呆れながら笑った……。
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