第21話 告白(3)

「――――――――」

言葉が、出ない。

冗談であってほしいと、あるいは、俺の聞き間違いであってほしいと思った。だけどハルトがこんな冗談を言う男ではないことはよく知っていたし、こんなに静かなところで聞き間違うはずもなかった。

2022年6月1日。

俺の、18歳の誕生日。

そうだ。その日は水曜日で、毎週水曜日が塾の日だった俺は、妹に早く帰ってくるように急かされていた。

誕生日ケーキが、家に用意されていた。

だけどそこから先の記憶はない。家に帰った記憶が、ない――。



「…………っ」

足の力が抜けて、その場に座り込んだ。ハルトはその場に立ったままで、あの日のように白手袋をした手を俺に差し伸べてはくれなかった。

「……ごめん。君に真実を伝えるべきかどうかずっと迷っていた。だけど、僕がカンタービレに呼び出されたということは、彼女から君の耳に入るのも時間の問題だと思ったんだ」

「…………」

「……こんなことが何の慰めにもならないことはわかっているけど。せめて、僕の口から直接伝えたかった。僕は心から、君に申し訳ないと思っていると」

「……いつ、から」

「………………」

「いつから、気づいてたんだよ、ハルトは……」

何もわからない、どうしてハルトが、こんなに優しい奴が、何の面識もないはずの俺を殺したのか何もわからない。だけど、これだけは聞いておかないといけなかった。

「いつからそうだと気づいて、俺と一緒に何食わぬ顔で暮らしてたんだよ!!」

「……高校生だと聞いたときから、もしかしてと思ってはいたんだ。確信を持ったのはあの『夜』のあと、〈覚醒者リズベリオ〉検定所で君の資料を閲覧したときだ。……検定所には、すべての〈覚醒者〉の元の世界での経歴と死因の記録がある。僕の死因と君の死因を照合して、間違いないと確信したんだ」

「……10日も、前から、……わかっていて」

「…………」

「…………それなのに、……今日まで、なんにも言わなくて……」

「………………」

「なんで、……どうしてだよ……」

……わからない。どうしたら、どうしたらいい?

悲しめばいいのか?怒ればいいのか?泣けばいいのか?突然の罪の告白に感情がついていかない。この世界で一番頼りにしていた相手が、今、目の前にいるのにこんなにも遠い。

「責任を、……君の身柄を引き受けた責任を取らないといけないと思ったから」

「…………せき、にん」

「僕は、勇士ハルトだから。……でも、それも今日で終わりです」

ハルトが一歩、俺から離れていく。まさか。

「あの家と、置いてあるものは全部君にさしあげます。それが今の僕にできる精一杯です。いらなかったら捨てるなり売るなりしてください。多少のお金にはなるはずです」

なんで。

「…………さようなら、アキラ。どうか元気で」

「待っ……!」

走り去っていくハルトを、力の入らない足で強引に立ち上がって追いかける。だけど、どんなに必死に追いかけても背中が遠い。ハルト、あんなに足が速かったんだ。

今までパトロールの仕事で一緒に走るときは、ずっと、俺に合わせてゆっくり走ってたんだ。……そう気づいた頃には、もう彼の姿は見えなくなっていた。



そのまま歩いたり、気持ち悪くなってしゃがんだり、ふらふらしながら、気づけば家の前に戻ってきていた。

家の前に人がいる。ハルトではないことは、遠目でもわかった。

「――おい!アキラ!」

ジョコーソだ。早く行かなきゃと思っている間に、ジョコーソのほうから近づいてきてくれた。

「昼の刻になっても研究所に来ないから何か知らないかって連絡があったんだが……。……おい、何があった?」

「…………ハルトが」

「ハルト?ハルトがどうした」

「ハルトが、……俺を、……俺を殺したって、言って、それで、ハルトも、どっかいっちゃって…………!」

知り合いの顔を見たせいか、めちゃくちゃになった感情を押し出すように涙がどっと溢れてきた。ジョコーソの動揺した顔も、自分の涙でぼやけてすぐに見えなくなる。

「どうしたら、俺、ハルトに、ハルトが……わかんない、わかんないんだ……!!」

「落ち着け、落ち着けって……っ、そうだ、ちょっと待ってろ!そこを絶対に動くくんじゃねえぞ!」

言われなくても、もう動ける気がしない。びーびー泣きながらその場に座り込む。こんなに派手に泣いていてもすれ違う人は誰も俺を気にしていない。それがさみしくて、つらくて。

この世界のことを、はじめて嫌いだと思った。



「――……あれ」

次に気づいたときには、どこかに横になっているようだった。ふわふわする。ぼんやりする。少しだけ、落ち着く……。……あれ、何を、してたんだっけ、俺は?

「落ち着いたか?」

「……ジョコーソ……?」

「悪いな。気分を落ち着ける薬を飲ませた。あのままじゃ埒が明かなかったからな。ここはお前たちの家の中だから安心してくれ」

「…………」

ああ、そうだ。ここは、ハルトの……俺達の家の、ベッドの上だ。天井とランプに見覚えがある。少し視線をずらすと、ジョコーソが手に瓶を持っている。あの瓶、どこかで見たことあるような……『Ansioliticoアンシオリティコ』……。

「……ハルトが持ってた薬……」

「……。知ってたのか」

「何の薬なのかは、今知った……」

「そうか。やっぱり隠してたんだな、あいつ」

「…………」

「それで?何があった?話せるところから話してくれ」

「ええと……」

薬のせいなのだろうか。思考がうまくまとまらない。とにかく頭に浮かんだことをぽつぽつと、浮かんだままに話すしかなかった。時系列とか、脈絡とか、そういうのはまるでなく。自分でも途中から何を言っているのかわからなくなったくらいだった。それでもジョコーソは忍耐強く俺の話を聞いてくれていた。


「……どうしてなんだろう。なあ、ジョコーソはどこまで知ってた?」

思いつく限りを話したあと、俺はジョコーソに尋ねてみた。

「俺はハルトの後見人だ。ハルトの人生については魂から割り出された情報と、あいつから聞いた話で一通り知ってる。……だが、ハルトがお前を殺したってのは俺も初耳だ。だいたいあいつが人殺しなんかできるような男じゃないってことはお前にもわかるだろ」

「…………わかる」

「一体どういうことなんだ……?殺人はさすがに魂の記録に残るはずだろ……?」

ジョコーソが考えこむのを俺はぼうっと見ていた。かけるべき言葉がわかるようでわからない。

「考えてもわからん。アマービレを問い質すか。あいつならなにか知ってるかもしれん。だがお前を1人にしておくわけにもいかないからな……。そうだ、お前をここまで連れてきた療法士と連絡は取れるか?知らん奴より顔見知りのほうが今はいいだろ」

「療法士……ピエ……。……ええと、そうだ、冊子に連絡先を挟んであるはず……」

「冊子ってどこだ」

「リビング……」

「わかった。……疲れただろ、少し寝てろ。研究所には俺から連絡してあるから心配するな」

閉じた目の上にジョコーソの掌が置かれる。あたたかいなと思っているうちに、またゆったりとした眠気が訪れてきた。


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