第18話 〈覚醒者〉研究所にて(3)
入り口でそんなコントみたいなやり取りを見た後、小さな応接室に通されてお茶を出された。俺の正面にカンタービレ、カンタービレの隣にペザンテが座り、向かい合う形になる。
「では改めて。わたしはカンタービレ。〈
「所属してもらってから『イメージと違う!』って逃げられても困るじゃないですか」
あ、俺がイメージと違うって言う側なんだ……。
「それもそうね。では〈覚醒者〉研究所について説明しましょう。……と言っても君にはアマービレ経由で一度声はかけさせてもらっているし、ジョコーソからも説明は受けていると思うから、簡単にね。ここでは〈覚醒者〉が持ち込んだ技術以外のモノ……具体的には文化、言語、歴史、社会。そういったものを研究しているの」
「文化の研究って聞いたけど、具体的にはどういう感じなんだ?俺、専門知識とかは全然ないんだけど……」
「そうですね……。アキラさん、〈覚醒者〉としてこの街に来てからひと月ほど経っていますが、何かこの街を見て『自分の故郷とここが違う』と感じることはありましたか?」
「え、うーん……そうだな、やっぱり通行人がすごく少ないのと……あと店や遊べるところが全然ないってとこかな」
「グッド。そう。わたしは常々思っているの。この街には、娯楽が足りないと!」
「それじゃ伝わりませんよ所長。……僕らパルティトゥーラの人間は昼の間しか表に出れず、家庭・職場・学校以外の交友関係を基本的に持たない生活を続けてきました。ですが僕らは……少なくともこの研究所の人間は、それに対して危機感を覚えています。ただ働いて、食べて、寝て、子供を作って、そして死ぬ。基本的に『困る』ことのない一生ですが、果たしてそれは『充実』していると言えるのか……と。生きるのに困らない人生というのは、果たして本当に幸福なのかと」
「率直に言うと、わたしはこのままではこの世界は衰退すると思っているわ。なぜなら〈覚醒者〉がこの世界に本格的にロボットやAIを持ち込むのはきっと時間の問題だから。そうなったとき、合理性を好むこの世界は人間の労働者よりもロボットを選ぶはず。そうしたら、仕事がなくなった人は一体どこで何をすればいいのかしら?」
「僕らはロボットのように勤勉ですが、しかし、何も感じないわけではない。仕事がなくなればその空いた時間を無為に過ごすことになる。することがなくなった人間は、やがて心が壊れてしまう。……それは、この街全体が壊れていくことを意味します」
「そうならないために、わたし達は『仕事以外の生きる理由』を――楽しみを見つけないといけない。だけどわたし達自身は無から有を生み出す力を持っていない。だから〈
「なる、ほど……」
……意外と研究理由が重かった。そりゃ政府機関なんだから、興味本位で研究してるわけはないんだけど……。
「ちなみに最初なぜ君に声をかけたかというと、君の経歴や知識を見る限り君がオタクだったからね!」
「ぶっ!そ、そんなことわかるのか!?」
「検定所は今ある能力を計測するほか、魂そのものの情報から前世どのように生きて死んだかということも調査していますから」
「オタクはね~、大事。ここに所属してるメアリーちゃんって子がすっごい映画オタクでね、もう古今東西ありとあらゆる映画のあらすじを語ってくれたのよ~。他にもゲームのオタクとか絵画のオタクとか刀のオタクとか、色々いてねえ……みんな自分の好きなものについてはすごく楽しそうに話すのよね……。それが輝いていて、眩しくてね……わたし達にはないものを持っているなって……」
「研究所は特に体力や高度な能力は必要としていません。元の世界にあった娯楽や文化に関する記憶がはっきりしていること、様々な人と積極的に交流ができること、あとこの変な所長にドン引きしないこと、この3点を最低限満たしていれば問題なくやっていけると思います」
「3つ目余計じゃない!?ペザンテ?」
「……とまあ、僕もジョークの一つや二つ言えるようになりました。〈覚醒者〉のみなさんのおかげです」
「誤魔化したわね!?ペザンテ!?」
また息をするようにコントが始まってしまったが、とりあえずだいたいはわかった。
確かにジョコーソの言う通り、ここでならなんとかやっていけるかもしれない。元の世界の記憶はあのなっがい異世界転生もののタイトルをそらで言えるくらいにははっきりしてるし、陽キャじゃないけど初対面の相手でも普通に話すことはできる。最後の条件はまあ……どの世界にも変な人は必ず(?)いるし……。
「ええと……説明ありがとう。……そういうことなら、まあ、俺の知識もだいぶ偏ってるけど……協力できると思う。よろしくな、カンタービレ、ペザンテ」
「……えっ、OK?」
「もともと俺から所属させてくれって頼んでるんだから驚くことでもないだろ?」
「それは……そうなんだけどね~。……そもそも、今になってってところがわたしは少し気になっていたのよね」
「……あ、そうか。そうだよな、ごめん。俺研究所ってもっと怖いところかと誤解してて……」
「誤解があったのなら仕方ないけど……。〈覚醒者〉が〈覚醒者〉の後見人になることは、本来は認められていないの。君がわたし達の誘いを断って勇士ハルトとの共同生活を選んだのは正直意外だったわ」
「え、そう、だったのか……?」
「それは、まあ。何かトラブルがあったときのための後見人ですから。〈覚醒者〉同士では責任が取れないじゃないですか」
「それに君、彼のこと……」
「…………」
「……んー……ちょっと待った。そもそも君と彼、今はどういう関係なの?」
「へ?」
「仲良くやってる?ご飯は一緒に食べてる?もしかしてギスギスしちゃって、それでここに来たの?」
「え、いや、そういうわけでは……。……志望動機は書いた通りだよ。むしろこれからもハルトとは仲良くやっていきたいから、俺も自力でお金を稼いで受けた恩を返したいって思ったんだ。ハルトにはすごく世話になってるからさ」
そう言うと、二人は顔を見合わせてしまった。えっ、恩を返すって概念、ここですら通じない?
「……そういうこと?」
「そういうことだと思います」
「え、え、どういうことだよ」
「いえ、なんでも。お金の話が出ましたし、お給料とか福利厚生の話をしましょうか」
ハルトの話が出たときの一瞬の違和感はなんだったのか。切り込めないままペザンテから具体的な待遇の話が始まってしまった。
給料は警備隊よりはやはり安くなってしまうらしい(警備隊と比べて危険なことがない分それはしょうがないのだそうだ)。だけど近くに〈覚醒者〉用の寮があり、そこで暮らしている分には時間的にも金銭的にも十分余裕のある生活ができるのだという。
「生活の場所についてはよく考えてくださいね。僕としては寮をお勧めしたいですが、昼の刻開始までにちゃんとここに来られるのであれば今の家から通ってもらっても構いません」
「わかった。ハルトとまた話し合ってみるよ」
「部屋の空きはあるから焦らなくていいからね。……それから、勇士ハルトにも一度ここに来るように誘ってもらえないかしら」
「ハルトにも?」
「彼の話も聞きたいの。特に、君のことをどう思っているのかを根掘り葉掘り詳しくね」
「え、なんで……?」
なんか、もしかしてさっきから俺とハルトの関係を探られてる……?
「あのさ、何か誤解があるといけないから言っておくけど俺とハルトは友達とか、同居人とか、俺がハルトの家に居候してるとか、そういう関係であって……。その、他人の興味をひくような関係ではないからな?」
「……なるほどね~!そういうことにしておくわね!」
「本当にわかってる!?」
「所長はこういう人ですから……。それよりも、他に説明が必要なことはありますか?施設見学とかもできますけど」
「あ、じゃあちょっと見ていこうかな……」
「わかりました。では僕についてきてください」
ペザンテが立ち上がる。俺もそれについて研究所の奥へと向かった。
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