第17話 〈覚醒者〉研究所にて(2)

「……アキラ」

ハルトが朝食の途中で手を止めて俺を呼んだ。

「何?」

「……あ……」

なかなか話し始めないハルトに俺は首を傾げる。どうしたんだ?と尋ねるとようやく言葉が出てきた。

「ええと……そうだ、研究所にはいつ頃行く予定?」

「まだ決めてない……ひとまずハルトとは話したってジョコーソに報告して、それでジョコーソが研究所に連絡して……だから、それ次第かな」

「そっか、……じゃあまだ、ここに住むよね?」

「うん」

……あれ?この話昨日しなかったっけ……。

「……うん、そうだよね。まだアキラはここにいるんだ……」

ハルトは独り言のようにそう呟いて、しばらく黙った後、フォークを置いてしまった。皿の上の野菜はまだ結構残っている。

「ハルト?」

「……あ、うん。ちょっと食欲がなくて。大丈夫だよ」

皿を持ってハルトは台所に行ってしまった。……どうしたんだろう。昨夜のこと思い出したら食欲なくなったとか……?いや、そういう感じじゃないよな。

なんだろう、これ。

「ちょっと2階で休んでるね。8時になったらまた降りてくるから」

「……わかった」

「…………」

「……ハルト?何か変だぞ」

「……ううん、なんでもない。なんでもないんだ」



――そしてその日から、ハルトの視線を感じるようになった。

四六時中見られているわけではない。ただふとした瞬間、見られていることに気づくようになった。

もしかしたら俺が気づいてなかっただけで今までも見られていたのかもしれないけど。それでも、ここまでわかりやすくなったのはこの日からだったと思う。

何度か「どうした?」と聞いてみたけれど「なんでもない」の一点張りで、ハルトは頑なに理由を言おうとはしなかった。

(本当にどうしたんだろう。……俺が研究所に行くって話をしてからだよな?)

研究所行きを反対されたわけではない。少なくとも表向きはずっと応援されている。ジョコーソから「宿題」として研究所への自己推薦文を書くように言われたときもハルトは内容を俺と一緒に考えてくれて、添削までしてくれた。そのときは自然に会話ができていたと思う。

5日が過ぎる頃にはだいたい傾向がわかってきた。俺が1人で別のもの……例えば冊子だったり、宅送の荷物だったり、新しい食材だったりに夢中になっていると、視線を感じる。まるで、親が自分に構ってくれないことを不満に思う小さな子供のようだった。

俺から声をかけて一緒に見たり食べたりするとその視線は消える。そうして視線の代わりに穏やかな笑みを浮かべているのだ。



(――俺が思うに)

完全に1人になれるのはトイレと風呂とハルトが寝ている夜の刻だけだ。そのうちの一つ、夜のベッドの中で考える。

(やっぱり好かれてるんじゃないか?最近の態度は俺がここを出ていくかもしれないって考えて動揺しているとか……)

そう考えるとなんとなく辻褄は合う。最近のハルトは動揺している。気がする。

(実際これからどうなるか本当にわからないんだけどな……。自己推薦文書いたはいいけど、中途で入所できる奴はそんなにいないってジョコーソも言ってたし)

不合格になって、居候続行になる可能性だって大いにある。警備隊の手伝いとしての実績はちょっとずつだけど溜まってきているので、そちらから声をかけてもらえる可能性もある。俺自身にすら何もわからないのだ。

(う~~~~~~~~~~~~ん…………)

悩む。言いたいことがあるならはっきり言ってくれと言うべきか。

でもハルトがもし本当に俺に告白してきたら俺はなんて返すんだ?促しておいて振るのは鬼畜だと思う。それだったら伝えないままの片思いのほうが、ハルトには申しわけないけれど今後も関係を続けていくにはいいんじゃないだろうか……。

(あ~~~~~~~でもずっとこんなんじゃ俺も落ち着かないんだよな……。せめてこう……理由が恋心的なものに基づくのかそうじゃないのかだけでも知りたい……)

悩んでいるうちにまた朝が来て、夜が来て。

更に5日が過ぎた頃、〈覚醒者リズベリオ〉研究所から「一度お会いしてお話したいです」と手紙が来たのだった。



「……1人で街中歩くの初めてだなー……」

翌朝。1人で地下鉄に乗って、〈覚醒者〉研究所に向かう。事前に地図と路線図をチェックしていたから迷わずに辿り着くことができた。

「こんにちはー……」

重たい扉を開けて中に入る。長い廊下はしんと静まり返っていて誰もいないようだった。おかしい。労働時間は始まっているから誰かしらいるはずなのに……。

「Freeze! Hold still!」

「!!?」

突然真後ろからでかい声で叫ばれて、わけもわからず振り返った。

「……あれ!?振り返るの!?どうして?」

「え、……ええ?」

そこには銀色の髪を後ろでお団子にした二十代くらいの切れ長の目の美女と目つきの悪い白衣の男が立っていた。……あれ、女のほうはなんかどこかで見たような顔だな……。

「おっかしーな、この言葉を唱えたら〈覚醒者〉はみんなピタっとその場で止まるってロビンは言ってたのに……」

「???」

「……彼、ニホンの〈覚醒者〉だから英語わかんなかったんじゃ?」

「それだー!」

「というか状況飲み込めなくて固まっちゃってますよ。早く説明してあげてください所長」

――所長。ということは。

「……あんたが、カンタービレ所長……?〈覚醒者〉研究所の……?」

「ハーイ!イエスイエス、わたしがカンタービレです!ナイストゥーミーチュー!」

「……所長は最近までアメリカからの〈覚醒者〉のことを熱心に研究していたせいでだいぶ影響を受けてるんですけど、あまり気にしないでください……。あ、僕はペザンテといいます。よろしくお願いします、アキラさん」

「は、はあ……」

「見ての通り変な人ですけど通訳はしますんで」

「ペザンテ!そういうこと言うのはファッ……」

「それはダメです。ロビンさんからもFで始まるその単語は軽率に言っちゃダメだって言われたでしょう」

「えー!使ってみたかったのに~」

「…………」

…………変なところに来てしまったかもしれない。

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