第16話 〈覚醒者〉研究所にて(1)

結論から言う。翌朝は死ぬほど気まずいものになった。

ハルトは朝の刻になると同時に起きて目の前の光景に気づいたらしい。いつも俺はベッド、ハルトは一階のソファで寝ているはずなのに、なぜか二人してベッドで寝ていて、ハルトは上しかパジャマを着ておらず、床にパジャマのズボンと、昼間着ていたはずの服が落ちていて。

「…………」

「…………」

十分後くらいに俺が起きて説明するまで、息が止まるほど混乱したという。……それはそうだろう。本当に申し訳なかったと思う。

「……本当にごめんなさい……」

「い、いや、状況はわかったからいいよ。その……僕も変なところで寝ててごめん。洗面所にアキラの服を置いた後に急に眠くなって……とにかく床で寝るのはまずいと思って寝室に入ったところまでは覚えてるんだけど、そこから先は何も……」

「丸一日起きてたんだったらしょうがないって。……ごめん、それに気づいてたら出かける前に止めたんだけどさ」

「それは僕の用事だからアキラのせいじゃないよ。僕が体調管理に失敗しただけで……」

「…………」

「…………」

「……朝ごはん、食べよっか」

「そうだね……。……いや、ごめん、先に食べててもらえるかな。お風呂入ってくるよ」

黙って頷いて一階に降りる。は~昨日の俺のバカ!恩を返すって決めたばかりなのに早速なんか気まずくなってるし!

落ち込みつつ朝食を作り始める。ハルトの分は後で作るとして、とりあえず俺の分……ベーコンとパンにしよう。

ベーコンを焼きながら皿を出そうと戸棚を開けると、そこにも瓶が入っていた。

「……あれ?これって昨日タンスにあったのと同じやつ……?」

瓶の半分くらいまで錠剤が詰まっている。ラベルには……読めない……たぶん『アンシオリティコ』と書かれている。一体何の薬だろう……?

……いや、これ以上余計なことしてまた気まずくなるのは避けたい。これも見なかったふりをして元に戻す。皿は別の棚に入っているものを使うことにした。

ベーコンとパンが乗った皿をテーブルに置いて、椅子に座る。隅に置きっぱなしの俺の鞄が視界に入った。

「あー……本当にダメだな俺……。これも片付け忘れてるじゃん……」

鞄を開けて中身を検める。着替えと、……何か入っている。

「……〈覚醒者リズベリオ〉のみなさまへ?」

本……というか、冊子だ。ぱらぱらとめくってみると、パルティトゥーラの規則や地図、朝の刻や夜の刻、夜間外出禁止など、俺がハルトから教わったことが一通り書かれていた。そして、途中のページから紙が落ちる。

『しばらくは首都に滞在する予定です。何か困ったことがあれば〈覚醒者〉検定所経由で連絡してください。――ピエトーゾ』

「あ……」

そうか。俺の代わりに説明を聞いていたピエが、検定所でもらったこの冊子を俺の鞄に入れてくれていたんだ。……だというのに俺は鞄ごと忘れていて……ごめん、本当にごめん……!

ハルトはまだ降りてこないようなので、ベーコンを乗せたパンをかじりながら冊子を頭のページからめくっていくことにした。


『みなさまも突然のことに混乱されていることと思います。この冊子には皆様が今後この世界で生きていくために必要な知識、困ったときの相談場所等を掲載しています。落ち着いたときに一読し、必要なときはいつでも取り出せるようにしておいてください』

『〈覚醒者〉とは、ここではない別の世界で死亡した後、こちらの世界に迷い込んできた魂を核に生まれてきた人を指します。こちらの世界では人は、両親(男女を問いません)二人分の遺伝子で魂を縫合することで誕生します。そのため、みなさまのご両親はみなさまの元々生きていた世界とは違い、男同士であったり、女同士であったりします。中には、一つの家に親が全く違う人がきょうだいとして一緒に暮らしていることもあるでしょう』

『そのことをもし悩まれているようでしたら、この世界では普通のことで、何も気にする必要はないのだということを知ってください。大切なのは、この世界では、両親の同意があって初めて命は誕生するということです。〈覚醒者〉として目覚める際に、もしかしたらご家族とトラブルがあったかもしれません。しかし、あなたは両親に確かに望まれて生まれてきた存在だということを決して忘れないでください』


……しばらく、倫理というか心構えのようなページが続いた。俺の場合は父親と母親と俺の三人暮らしだったから違和感なかったけど、確かに目が覚めてみたら元の世界と違う家族構成だった……となると、驚く人もそれは出てくるだろう。

更にページをめくると、〈覚醒者〉について、という、より詳しい話が出てきた。


『これまでの研究で、〈覚醒者〉については以下のことがわかっています。

1.性別は必ず元の世界での性別と同じになること。これは魂に性別が刻まれているためと考えられています。

2.死亡した直後(おおむね7日以内)にこちらの世界で生を受けた場合に〈覚醒者〉として目覚めること。死亡してから時間が経ちすぎた魂はこちらの世界に辿り着く前に消滅するか、元の記憶を失って自分が〈覚醒者〉であることに生涯気づかないままになると考えられています。

3.元の年齢(享年)まで成長してから〈覚醒者〉として目覚めること。例えば元の世界で二十歳で死亡した方は、この世界で誕生してから二十年後、二十歳になったときに〈覚醒者〉の自覚を持ちます。このため、十歳未満の〈覚醒者〉が見つかることはほとんどありません(多くは元の世界のことをはっきり覚えておらず、〈覚醒者〉であることに気づかないままこの世界の住人として馴染んでいきます)』


「……あれ?」

何かおかしい気がする。俺は18歳の高校生で、でも、このスケルツァンドの身体は21歳で……。

……3年、計算が合わない。

「どういうことだ……?」

「アキラ」

「あ」

冊子を閉じる。風呂上がりのハルトがテーブルを挟んだ向かいに立っていた。

「何を読んでいたの?」

「〈覚醒者〉向けの冊子。ピエ……村から一緒に来た療法士さんがさ、検定所で鞄の中に入れてくれてたみたいで」

「ああ、そういえば僕が〈覚醒者〉として認められた少し後からあそこで配るようになったんだっけ……」

「そうなのか?」

「うん。もともとは住む場所が決まって落ち着いたあとに後見人から渡すってルールだったんだけど。その……後見人と喧嘩して飛び出しちゃうとか、いつの間にか連絡が取れなくなってるとか、色々問題があったみたいで。本当に一番最初の時点で渡さないとダメだってなったらしいよ」

「なるほど……」

確かにそれはありそうなトラブルだ。初対面の後見人とうまくやっていけない人も当然いるだろう。

「きっとそれを読めば生活には困らなくなると思う。本当にいろいろ書いてあるから。もしわからないことがあったら僕かジョコーソさんに聞いてね」

「あ、じゃあ一つ聞きたいんだけど……」

俺は冊子をハルトの前に広げた。さっきのページの「3」を指差す。

「俺、18歳だって名乗ったじゃん。でも俺の……スケルツァンドの身体は21歳でさ。でもここ見ると死んだときの年齢になったら目覚めるって書いてあるんだよな。なんでだろ?俺ちょっと特殊なのかな」

「…………それは……」

「……それは?」

「……ごめんね、わからないや。僕は研究者ではないから……」

「あー……そうだよな、ごめん。難しいこと聞いて。あ、そうだ!ハルトのご飯!」

「いいよ、自分で作るから」

「でもその……昨日も迷惑かけたし……」

「大丈夫。お詫びはもう十分聞いたから。アキラはそれを読んだら朝の支度をしてね。今日は外出できそう?」

「できる!」

俺の返事を聞いたハルトはうん、と頷いて台所に行ってしまった。……昨日みたいに手伝うって言うのはちょっと迷惑かけちゃうかな、というか、近すぎると緊張しそう。今日はハルトの言う通りにしておこうと、俺はソファに座り直して続きのページをめくった。


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