第15話 気づいたこと(3)

「ッ!?」

咄嗟に窓を確認する。……シャッターは閉まっている。大丈夫。

薄暗い明かりの下でハルトの顔をよくよく確認すると穏やかに寝息を立てていた。

「よ、よかった~……」

……でも一体どうしてこんな居眠りみたいな感じで寝てるんだろう、と思い返してから気づいた。もしかして昨日のハルトって俺の看病してて一睡もしてないんじゃ……?

それなのに丸一日出かけた……?急ぎの用だったのかもしれないけど無茶しすぎだっての!

「……ということは、起こさずにこのまま寝かせてあげたほうがいいよな……」

現に起きる気配が全くない。あと1時間くらいで夜の刻になってしまうし、風呂は明日の朝入ってもらえばいいだろう。ベッドの真横で寝落ちてくれて助かった。起こしちゃったらごめん……と思いながら足と腰を持ち上げてベッドの上に移動させる。幸いそれでもハルトは起きなかった。

「…………待った、着替えさせたほうがいいよな」

今朝の俺も目覚めたら着替えさせられていた。ゲロまみれの服で寝かせるわけにはいかないってのもあったんだろうけど、やってもらったことには変わりない。

ハルトの服が入っているタンスを開ける。いろんな服がきちんと折りたたまれて入っているが……正直部屋が暗すぎて色の違いがよくわからない。

「うーん、夜の電気があんまり来ないってやっぱ不便だよな……パジャマどれだ……?」

確かグレーの前開きの……と思い出しながらタンスを探る。襟がついてる、これじゃない。……あ、めちゃくちゃ無地のTシャツ。こんな地味目な服も持ってたんだ……。

「……ん?」

タンスの底に……なんだろう、瓶がある。持ち上げてみるとジャラジャラと音がした。……透けて見える形からして錠剤のようだ。ラベルの文字までは暗くて読めなかった。

(……薬……?だとしてもなんでこんなところに?)

ハルトのことだ、うっかりこんなところに入れたなんてことはありえない。となると考えられるのは……俺からこれを隠しておきたかった、とかだろうか。

(もしかして持病とかあったりするのかな。……今は見なかったことにしておこう)

ハルトが俺に明かしてないということは、俺はまだそれを知るべきではないってことだ。服と一緒に元通り仕舞い込む。

「……で、パジャマは……。…………あ!」

もしかして、とタンスを閉じて一階に戻る。俺の服の横にハルトのパジャマが干してあった。

「なんだここにあったのか……」

と呟いたところでリビングの明かりが更に暗くなった。ヤバい。そろそろ本当に電気が切れる時間だ。家具にぶつからないよう慎重に歩いて二階に戻る。ハルトはまだ寝ているようだった。

ほとんど手探りでハルトの服を脱がしていく。ここでハルトが起きたらものすごい誤解を招くよな……と思いながら、シャツのボタンを外していく。袖を引き抜くのに手こずりつつ、どうにか上を脱がした。

「……んん……」

「!」

「……………………」

……びっくりした。何も悪いことはしていないのにバクバクうるさい心臓を深呼吸でなだめてからパジャマを着せていく。朝起きてボタンずれてたらごめん。

(よし、あとはズボンを脱がせて……)

腰に触れたつもりが、少し上だったようだ。脇腹から腰に手を滑らせて、ベルトを探り当てる。この世界のベルトは日本のものとちょっと構造が違って、付けるのはちょっと手間がかかるが、外すのは上下のボタンを同時に押すだけでできるようになっている。普通の穴で留めるベルトだったら絶対時間かかったよなーと思いながらベルトを引き抜いた。

「……よし」

そーっとズボンを脱がしていく。……悪いことをしているわけじゃないんだけど、なんだか犯罪者みたいな気持ちになる。ハルトも昨日同じ気持ちだったんだろうか。

「…………」

今更だがちょっと恥ずかしくなってきた。不可抗力、不可抗力!と自分に言い聞かせながらズボンも全部脱がせた。あとは……。あれ。

(ヤバい。……ズボンどこ?)

手探りでさっきパジャマの上が置いてあった場所を探る。見つからない。ベッドの柔らかい部分がぽふぽふと手のひらに触れるだけだ。もう明かりはほぼ消えていて、視界は全然あてにならない。とにかく手当たり次第にベッドの上を探っていると、手のひらが思いっきりハルトの太ももに触れてしまった。

(わ~~~~~~~~!ごめん!!!)

もうちょっとずれてたら危なかった。深呼吸して気を取り直して。

(ないな、じゃあベッドから落とした?えーと、ベッドの縁……縁……)

縁を探り当ててゆっくり降りようと思ったら手が思いっきり宙をかいた。あっ、と思ったときには時既に遅し。

「いだっ!?」

上半身が落ちて手と肘を床にぶつけてしまった。顔面は腕でカバーしたのでギリギリセーフ。だけど、ベッドの上のハルトが動く気配がした。

「……ん……」

「…………!」

「…………だあ、れ……?」

ヤバい。どうしようこれ、今のハルトは下半身パンツ1枚で、部屋は真っ暗で、あのこれどう見ても俺が夜這いに来たようにしか見えないんだけど……。

身を起こした直後の変なポーズのままベッドの端で硬直した俺を、ハルトが上半身を起こして探している気配がする。やりすごせるか?これで?本当に!?

いや悪いことしたわけじゃない、正直に話せばきっとわかって、わかってもらえるはず……!

「……アキラ……?」

ハルトが伸ばした右手が、俺の左肩に触れた。

「あ、……あ、えっと……これは……」

観念するしかないと諦めてハルトのほうに向き直ったときだった。

「だめだよ、もう、夜だから、寝な、いと……」

「――うわっ……!」

手首を掴まれて、引き倒される。倒れこんだのはベッドではなくハルトの胸の上だった。そっと頭を動かして見上げると、ハルトは再び寝息を立てていた。

(え、……えー!?寝ちゃった……!?)

しかも手首は掴まれたままだ。……これどうしよう。

もう夜の刻になったのか否か。とにかく部屋は真っ暗で何も見えない。手首はその気になれば解けるだろうけど、それでもここからパジャマのズボンを見つけて履かせるのは結構な難易度だ。ハルトに起きてもらうしかない。

(でも……)

さっきの一瞬は奇跡だったんじゃないかってくらい、ハルトはぐっすり眠っている。起こすのは……無理じゃないだろうか……。

(――ああもう、どうにでもなれだ!)

ハルトの上からずり落ちるように移動して隣に寝転がる。明日の朝の俺、頑張ってハルトより先に起きてなんとかしてくれ!

そう心の中で叫びながら、ヤケクソ気味に目を閉じた。当たり前だが、なかなか眠れなかった。

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