第14話 気づいたこと(2)
その日ハルトが戻ってきたのはもうすぐ陽が沈みきる頃になってからだった。
「よかった帰ってきた!おかえり!」
「ただいま。ごめんね、遅くなって。すぐご飯作るね、何が食べたい?」
「え?」
外出先で何かあったんじゃと思っていたところに晩ごはんのメニューを聞かれて完全に不意を突かれてしまった。……単に時間がかかっただけで特に何か問題があったわけではなかったのかな。
「えーっと、あっさりしたもの……とか?」
「じゃあサゴ芋のサラダにするね。黄色い芋でね、ちょっとカレーみたいなスパイス系の匂いがするんだ」
「へえ、カレー芋……」
「そうだ、頼まれていた荷物も持ってきたよ。中身は見てないから安心してね」
「ありがとう!何から何まで頼りっぱなしでごめん!」
ハルトから鞄を受け取る。中身はどうせ着替えだから整理はあとでいいやとリビングの隅に置いた。
「そうだ、作るの手伝うよ。さすがに俺でもサラダくらいは……野菜の皮を剥くくらいなら……できると思う!」
「大丈夫だよ。ゆっくり座ってて」
「でもさ、俺がここに来てから半月くらい経ったけどずーっとハルトに料理任せっぱなしじゃん。そろそろ俺も簡単なものくらいは作れるようにならないと、先のこと考えたらちょっとマズいかなっていうか……」
「……なるほど、それもそうだね。わかったよ、この世界の食材の扱い方とかも教えるから一緒にやろうか」
ハルトと並んで台所に立つ。皮むき器で芋の皮を剥いて、鍋で茹でて、ボウルに入れて、ぐにぐにと潰していく。これなら俺にもできそうだ。
「サゴ芋の調理法はいろいろあるけど、こうやって潰してポテトサラダみたいにするのがアキラには馴染み深いんじゃないかなって思うよ」
「ふんふん」
「他にも生で食べる方法もあるけど……サゴ芋の風味に慣れてからのほうがいいかなって思う」
「カレー味じゃないのか?」
「火を通した後はね。生ではちょっと味が薄くて……あとハーブというかスパイスというか……ちょっと鼻に抜けていく感じの独特の匂いがあるんだ。人を選ぶかも」
「パクチーみたいな感じ?」
「うーん……ごめん、パクチーの味がわからないから答えられない……。あ、そろそろいいよ」
「うん、だいぶしっかり潰せたと思う」
「あとは細かく切った具と
「ほんとにポテトサラダだ……」
「そうだよね。僕もレシピを教わったときに、それってポテトサラダじゃない?って思ったもの」
「世界が違っても調理法って変わらないんだな」
〈
二人で作ったサラダにパンをあわせて一緒に食べる。俺が食べているのを見ながらハルトはずっと微笑んでいた。ずっと見られていたのでちょっと恥ずかしい。食べ終わったところで聞いてみることにした。
「なんかいいことあったのか?」
「え?……ううん、特になにもないよ。どうして?」
「なんかずっと笑ってるからさ」
ハルトは顔に手を当てて少し黙った。
「……笑ってた?」
「笑ってた。はっきり笑ってるというよりは、なんかこう、ふにゃっとしてたけど」
「ふにゃっと……。あはは、なんでだろ。特になにかあったわけではないんだけどね」
「そうなのか……?まあいいか。そうだ、話があってさ。今後のことについて」
「……ッ、……何かな」
「やっぱり何から何までハルトの世話になり続けるのは申し訳ないし、でもジョコーソからはこのあたりの警備隊には空きがないって聞いたからさ。最初はイヤだって思ってたけど、〈覚醒者〉研究所に行ってみようかと思って」
俺はジョコーソから聞いた話をかいつまんでハルトに話した。ハルトはいつの間にか笑うのをやめて、俺の話を真剣に聞いているようだった。
「……というわけで、その、自立する気はあるんだけど、それまで……お金が貯まるまではもう少しここに居させてほしいんだ。……いいかな」
「もちろん。……アキラが望むなら、いつまでもここに居てくれて構わないよ」
「ありがとう……!何から何まで頼りっぱなしで本当に申し訳ない……」
「いいんだよ、気にしなくて」
うわっ……聖人……。完全に依存してるただの居候にどうしてこんなに優しいんだ……。
「僕がアキラにできることは、なんだってしてあげたいから」
「……えっ?」
「ううん、なんでもない。お風呂まだなら先に入っておいで」
……今の、どういう意味なんだろう。
聞き返そうと思ったときにはハルトはもう皿を片付け始めていた。なんとなくそれ以上声をかけづらくて、俺は大人しく二階に向かった。
湯船に浸かりながら考える。……ハルトの優しさは「人がいい」という言葉ではやっぱり説明がつかないような気がする。
(どういうことなんだろう。……もしかしたら好かれてるのか?俺)
嫌われてはいないし、友達として仲良くできていると思ってたけど。
もしかして、それ以上に気にかけてもらったり、大事にしてもらっていたりする……?
――この世界で友達より深い関係といえばもう『家族』しかないんだよ。
(…………家族……)
家族。そう、確かにその言葉がしっくりくるような親しさだった。でもどの「家族」?親子?兄弟?それとも……。
「………………」
……ジョコーソの言葉からすると、男同士でも結婚できるんだよなこの世界……。
(い、いやいやいや、いやいやいやいや……まさかな……この世界は恋愛って概念も希薄って言ってたし……家族って言っても実質同居とかルームシェアみたいなものなんだろうし……それなら一人より二人暮らしのほうが助かるって気持ちは俺もすごくよくわかるし……)
ただ、ハルトは〈覚醒者〉だ。記憶がなくても思考や感性は俺と似ている。それにフラグらしいフラグが立たないからすっかり忘れてたけど、そういえばここボーイズラブの世界じゃないか疑惑があったような……。
(ええ……?俺何か好かれるようなことしたっけ?ただひたすら一緒にいただけのような気がするんだけど……)
もらった恩に報いれていない。そういう後ろめたい気持ちはあれど、俺はハルトにすごくよくしてもらった。だから俺がハルトを「そういう意味で」好きになるのは……百歩譲ってちょっとはありえるかもしれないとして……ハルトは?俺の何を気に入ってあんなことを言ってくれたんだろう。単に同じ〈覚醒者〉だから?それとも……。
(もしかしたら前世で縁があったとか?……さすがにないか。ハルトって名前に心当たりないしな)
クラスメイトにも親戚にも「はると」という名前はいなかったはずだ。中学の頃に財布を拾って届けたことあるけどもしかしてそれか?いやでも持ち主とは顔合わせてないから仮にそれだったとしてわかるわけないっていうか……。
「……はっ!待った、今何時!?」
風呂のお湯がぬるくなり始めているのに気づいて慌てて立ち上がる。このまま風呂の中で考え事してたらハルトが風呂に入る時間がなくなる!
急いで風呂を出て、脱衣所にいつの間にか置いてあったタオルで身体を拭いて、寝巻きに袖を通す。
「ごめん、長風呂しすぎた!今何時……」
階段を駆け下りながら声をかけたけど返事がなかった。あれ?とリビングを見回しても誰もいない。念のために玄関を見たけど靴はあった。
じゃあ二階?と来た階段を引き返す。寝室をよく見るとベッドの縁で突っ伏しているハルトの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます