第13話 気づいたこと(1)

「休めって言ったよなぁ!?」

開口一番、ジョコーソはサングラス越しに俺を睨みながら声を荒らげた。

「や、えっと、その、仕事は休むよ!?休むけど割と元気で暇だったからジョコーソと話がしたくて……」

「あ?俺と?一体どうした」

「今後のために、俺ができそうな仕事がないか教えてほしくて……」

ジョコーソは仕方ねぇなと言いながら俺を家に上げてくれた。さっきは全然観察する余裕がなかったけれど、間取りはハルトの家と全く同じようだ。ただ、洗濯物は山になっているし、机の上には書類が大量に散らばっているし、使っているのかいないのかわからないテーブルや家具が部屋の端っこに固められているしで、いろんな意味でハルトの家よりも狭く感じた。

朝と同じソファに座ってかいつまんで事情を説明する。ハルトに生活全般――特に金銭面まで世話になりっぱなしで申し訳ないこと、なるべく早く自力で稼げるようになりたいこと、「凡人」と名付けられた俺にできる仕事はこの世界に存在しているのか知りたいこと――その辺りをつらつらと語った。

「……変わった奴だな」

「え、何が?」

「別にハルトから出て行けって言われてるわけじゃないんだろ?それともハルトと暮らすのがイヤになってきたのか?」

「そんなんじゃない。恩を返したいんだよ。服も食事も日用品も仕事も全部ハルトの世話になっててさ。昨日の夜のことだってそう、俺は迷惑かけてばかりなんだよ。だから……お礼というか、お詫びというか、何かそういうものを形にしたいんだ。でも何をするにもお金がないとできないからさ。ハルトからもらった金でハルトへのプレゼントを買うってのもなんか変だろ、もう大人なんだからさ俺も」

「恩返しねえ……」

あんまり聞き慣れん言葉だな、とジョコーソが呟いた。……もしかして、他人に興味がないというのは、他人から受けた恩を返すという概念すら珍しいってことなのか?

「アキラ」

「うん」

「お前、ハルトと結婚したいのか」

「……ハァ!?」

なんか急に話飛躍してないこのオジサン!?何!?なんでそうなるんだよ!!

「違うのか」

「違うに決まってるだろ!?」

「うーん、いや、俺も〈覚醒者リズベリオ〉との付き合いは他の連中より長いとは自覚しているが……どうも他人への接し方についてはよくわからん部分が多くてな」

「……?」

「他人に親切にしてもらった。それで終わらずに、その親切……恩か、恩を返したいって思うのは、その他人との付き合いを今後も継続していきたいって意味だろ?」

「本当に他人なら恩を返してそれで終わりってことも多いけど……ハルトと俺はもう友達くらいには仲良くなった……と思ってるから、継続はしたいと思ってる」

「そこだ。お前らは客観的に見ても、主観的に見てももう『友達』だ。それはお前が恩を返そうが返さまいが関係ない。そうは思わないか?ハルトはお前が恩を返さなかったとしてもそれを理由にお前を嫌ったり恨んだりする奴じゃない、とは思わないか?」

「それは思うよ。ハルトはきっと見返りが欲しくてやってるんじゃない。恩を返したいのは俺の……俺からの一方的な気持ちだ」

「だろ?だから、お前はハルトと『友達』よりも深い関係になりたいんじゃないかと思ったんだ。この世界で友達より深い関係といえばもう『家族』しかないんだよ」

友達より深い関係になりたい、つまり、家族になりたい――?

……さすがに飛躍しすぎている、とは思うが、ジョコーソが言いたいことはわかった。もしかしなくてもこの世界、他者に対する距離感が『他人』『友人』『家族』の3種類しかないのか?単純化されすぎてないか?

「友達でも、礼儀というか、感謝の心みたいな?そういうのを忘れたら他人に戻っちゃうだろ」

「そういうもんか?俺だってもう数十年会ってない友達がいるが、お互いに友達だと思ってるぞ、今も」

「そりゃ、『家族』でも『他人』でもない相手は全員『友達』だって考えてるなら相手の意思なんて関係なくそうなるけどさあ……」

数十年会ってない相手なのにどうして相手が今も友達だと思ってるって断言できるんだ。……とツッコミを入れたかったけどやめた。生まれ持った価値観の問題なのだからツッコんでも無意味だ。

むちゃくちゃだ。本当にむちゃくちゃだ。〈覚醒者〉に理解のあるジョコーソですらこうなら、確かに俺達と生粋のパルティトゥーラ人では価値観が根本的に噛み合わない。――きっとパルティトゥーラ人から見ると〈覚醒者〉は繊細すぎるのだ。

『友達』に対してかけたつもりの言葉で勝手に失望して他人のように疎遠になったり、逆に家族のように親しく距離を詰めてきたり。パルティトゥーラ人から見ると不可解なことがきっとたくさんあったのだろう。だから同じ場所で働けないし、暮らせないのだ。

「……あー、話を戻していいか?つまり俺はさ、働いてお金を稼ぎたいんだ」

「先に話をずらしたのは俺だな、悪かった。仕事か……」

ジョコーソが腕を組んで考え込む。俺はじっと返答を待った。

「あまり儲からんが、〈覚醒者〉研究所だろうな」

「け、……研究所は嫌だ」

「どうして」

「だ、だって実験動物みたいに扱われたり檻に入れられたり身体をバラされたりするんだろ?」

「は?何を言ってるんだお前は。〈覚醒者〉研究所ってのは、〈覚醒者〉の知識や文化を分析研究する事務所のことだぞ」

「…………へ?」

「お前みたいに前の世界の記憶がハッキリしていて、対話能力も高くて、心身共に健康なら、それなりに役に立つんじゃないか?」

「………………」

「大抵そういう奴は他にも何かしら特技があって別の事務所が引き取って行っちまうからな。研究所にはそれ以外の……結構難ありの奴ばかりが所属してると聞いたことがあるぜ。〈覚醒者〉と研究員の意思疎通の手伝いができるとでも売り込めば、あそこの所長も後見人くらいにはなってくれるだろ」

えーと……ちょっと整理しよう。

〈覚醒者〉研究所のことを、俺は〈覚醒者〉をモルモットにする施設だと思っていた。だけど実際にはそうじゃなくて、異文化研究というか、日本でいうところの人文学とか国際文化学とか、そういうものを研究しているところ……のようだ。

「なんだお前そんな勘違いしてたのか。まがりなりにもこの世界はちゃんと〈覚醒者〉にも他の一般人と同等の権利を与えようとしているんだぞ、そんなめちゃくちゃなことがあるわけないだろ、ハハハ!」

めちゃくちゃ勘違いしていて恥ずかしい。が、何か引っかかる。

そうだ、そもそも俺がそんな勘違いをしていたのは――。


――すごく平たく言えば、〈覚醒者〉で実験する機関です。


――アマービレがそう言っていたからだ。

なんでだ?アマービレも誤解していた……とか?それとも……。

「他には、前にも言ったが警備隊としてやっていけそうな体力や実績があるなら特例で所属を認められるかもしれん。ただしそれを判断するのは俺じゃない。他の地区の隊長だ。先日調べさせてもらったが、お前はナ19隊への〈覚醒者〉所属要件を満たしていなかったからな」

「ナ19隊の所属要件って?」

「各隊の所属要件は非公開だ。条件を満たした場合にだけ、その隊長から声がかかる」

「つまり、どこから声がかかるか俺にはわからない……ってことか」

「そういうことだ。まあ、この近辺の警備隊はどこもかしこも定員だ。中央に近い分辞めていくやつも少ないからな。南の……イソ地区辺りは要件も緩いし人が足りてなかったはずだからその辺りからなら声がかかるかも……ってとこか」

「イソ地区……って、すごく遠くないか?」

改めてパルティトゥーラの地区の話をしよう。パルティトゥーラの街は等間隔で機械的に区切られていて、北から南にハニホヘトイロの7区、西から東にドレミ(ファ)ソラシの7区を組み合わせた合計49区画に分かれている。その地区内を更に北から南にCDEFGAB、西から東に1234567で区切ってハドC1区……みたいな名前がつく。そこから更に個人宅を指す場合はハドC1区-1234567890号みたいな感じになるらしい。

それで話を戻すと、ここが中央のヘファ地区だからヘ・ト・イで2地区分南、ファ・ソで1地区分東になる。1地区移動するのにだいたい半日かかることを考えると……。

「ここから南東、パルティトゥーラの外周と中央のちょうど間くらいの地区だ。ここからだと地下鉄で一日半か二日程度はかかるな」

「それじゃあ普段ここに戻ってくるのは厳しい……よな」

「それはそうだ。イソ地区勤務になったら当然イソ地区に住むことになる。ここに戻ってくる理由がないはずだぜ」

――それじゃあ、ハルトに会えない。

約束して、二人で予定を合わせて、何日も連続で休まないと会うことすらできない。ハルトに恩を返したくて働くのに、そのハルトに会えなくなってしまうのは本末転倒な気がする。

「…………」

それに……。……俺は、この世界で独りで生きていける気がしない。

昼間はただ働いて、夜が来る前に家のことを全部済ませて、空いた時間は寝るか何もせずただぼうっと過ごすか。俺はそんな風には生きていけない。話し相手が欲しい。となるとやっぱり警備隊は無理だ。

「……〈覚醒者〉研究所ってどこにあるんだ?」

「検定所の最寄り駅から北に1駅だな。面倒だが歩いても行き来できる距離だぜ」

「この辺りに住み続けるなら、研究所がいいってことか……」

「本当にその気なら紹介してやってもいいぞ」

「いいのか?」

「俺もお前には『恩がある』からな」

「……?俺何かしたっけ?」

「ハハハ、存在自体が役に立つってこともあるんだぜ」

「…………?」



最後の言葉ははぐらかされてしまったが、とにかく「まずは身体の調子を戻して、ハルトともよく話し合って、その上で研究所への所属を志願するならまた言ってくれ」ということになった。

確かに、ハルトの仕事を手伝うという名目でここにいるのだからハルトの許可は取らないといけないだろう。自立できるくらいにお金が貯まるまではやっぱりなんだかんだでハルトの家に住み続けることになるだろうし。

「よし、そうと決まれば……」

と意気込んだところで急に気持ち悪くなり、玄関前で座り込んでしまった。たった数十歩歩いただけでこれか……。

……まずは身体の調子を戻さないとだ。



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