第12話 〈覚醒者〉とは(3)

「――ハルト!」

30分くらいして戻ってきたハルトを玄関まで出迎えに行く。伝えたいことがたくさんあった。

「あの、心配かけてごめんな……!それから着替えとか床の片付けとかしてくれてありがとう。洗濯くらいやろうと思ったらもう終わってたし……。せ、せめてものお詫びっていうのも変だけど朝飯作ったんだ、一緒に」

「…………」

「食べ……」

ハルトの腕が、背中に回される。肩にハルトの額が当たって、抱きしめられたのだと気づいた。

「ハ、……ハルト!?え、あの」

何何何、どういうこと、まさか昨日のアレがイベントで急にフラグ立ったとかそういう……!?

「…………よかった」

「……え、……」

「……君が、……君が生きていてよかった」

「…………うん。ありがとう」

そっと腕が離れていく。ハルトは普段よりも少し弱々しい顔で、それでもしっかりと笑っていた。

「ご飯、食べようか」

「……うん!」

「……っと、その前に顔洗ってくるね。アキラは座って待ってて」

二階に上がっていくハルトを見送って、俺はリビングの椅子に腰を下ろす。フラグとかうっかり思ってしまった自分を恥じた。同居人の無事が確認できたらハグくらいされてもおかしくないだろ……!これだからオタクは……!

一人反省会を終えて思考を切り替える。朝ごはんはパンを焼いて切った野菜にドレッシングかけて目玉焼きを作っただけだけど、これが今の俺にできる精一杯のお礼だ。……本当は今までお世話になった分も含めてもっとちゃんとお礼をすべきなんだろうけど、いかんせん金がない。本格的にどう自立したらいいか、ジョコーソに後で相談してみるか……。

「おまたせ。作ってくれてありがとう、いただきます」

戻ってきたハルトと一緒に朝食を食べる。昨日「死ぬ」って思ったのが嘘みたいにいつも通りの朝だった。

「そういえば、今日は休めって言われたから休まないとなんだけど……何をしようか。何かしたいことはある?」

「出かけたら……怒られるよな、流石に。そもそも出かけても行く先がないし……」

パトロールをしているうちにわかってきたことがある。この世界は、娯楽というものが極端に少ないのだ。誰でも入れる飲食店がないのはもちろんのこと、映画館やゲームセンター、カフェや図書館みたいな日常的に人が『楽しむ』ための場所が存在しない。

人々は遊びたくなったらどうしているのかというと、半月や1ヶ月まとめて休みを取ってパルティトゥーラの外にあるリゾート地まで遊びに行く。つまり旅行だ。まずパルティトゥーラを出るために地下鉄に2日3日乗らないといけないことを考えるとそう気軽に行けるものではない。1日だけ休んだところで『遊ぶ』ことはできないのだ。

「テレビがあればよかったんだけどね」

「そうだよな、テレビがないのは正直俺も驚いた。それどころか映画もアニメも……ニュースすらないし。この世界の人達はなんというか、本当に普段は仕事して寝るだけなんだよな」

最初は夜に電気がこなくて何もできないから、皆好きなことをする時間がないのだと思った。だけどよくよく考えてみれば仕事は6時間しかなくて、おまけに絶対に残業もない。遅寝早起きして飯や風呂をさっさと済ませれば一日3~4時間くらいは捻出できるはずだ。なのに、それくらいの『暇』に対応する娯楽が全然ないのだ。日本の社畜のほうが遊びを知っている気がする。

「この世界の人達は、たとえフィクションであっても他人に興味がないんだよ」

「…………」

「だから映画もドラマもアニメもないし、毎日のニュースもない。法律改正みたいな全員が知っていないといけないことは地下鉄の掲示板に貼ってあるからそれを見ればいい。室内でできる娯楽と言ったら家族との会話か、料理や裁縫みたいな実用的な趣味くらいだね。家では何もしないって人が大半なんじゃないかな」

「……なあ、聞いてもいいか?そんな状態でこの世界の人達は一体どうやって恋愛とか結婚とかするんだ?デートスポットもないってことだろ?」

俺の質問にハルトは顎に手を当てて考える。何かを思い出しているようだった。

「恋愛って概念も希薄みたいだよ。結婚はお見合い……正確に言うと、適齢期になると遺伝子的に相性がいい相手が紹介されて、ほとんどの場合その相手とそのまま結婚するんだって」

「うへえ……生命工学が発達してるとは聞いてたけど……それはちょっとな……」

「だからかな?〈覚醒者リズベリオ〉には独身が多いらしいよ」

「それはそうだろうなー……俺もそんな結婚はなんかイヤだし」

「アキラは結婚したいの?」

「ん?うーん……今はわかんないけど、一緒にいたいって思える相手に出会えたらしたいとは思う……。ハルトは?」

「僕?僕は……。……僕もよくわからないな」

「世が世ならめちゃくちゃモテそうなのにな、ハルト……」

そう言うとハルトは少し困ったように笑った。実際ピンと来てないのかもしれない。

母親やアマービレ、それから時折会釈をくれる通行人の反応からして女ウケはするんだろうなと思っていたけれど、実際にはそうではないというのはこの半月でなんとなくわかってきた。

皆おそらくハルトという名前の、警備隊の〈覚醒者〉に敬意を払っているのだ。

「……アキラはさ」

「何?」

「元の人生で、そういう……結婚してもいいなって思える相手はいた?」

「いやいや全然。ま、そりゃ健全な男子高校生だったわけだからクラスの可愛い子とか見てドキっとすることくらいはあったけど、それだけだよ。彼女どころか女友達って呼べるような相手もいなかったなー」

「…………やっぱり高校生だったんだね」

「え?うん。受験生だったんだよ。引っ越してからずっと名駅めいえき前の大きな塾に通っててさ。3年生になってから大学進学コースに切り替えてやってたんだけど……あ、名駅ってわかんないか。名古屋って街の駅のこと地元の人は名駅って呼んでて……」

「……」

「……あー、とにかく、うん。大学生になった記憶ないし、俺は多分……高校生のまま死んだんだと思う」

「……そう。ごめんね、変なこと聞いて」

「え?……ああ、気にするなよ!というか、俺なんで死んだのか全然覚えてないんだよなー。持病とかなかったし。やっぱり王道2トントラックに撥ねられての転生だったのか……。ハルトは前世のこと覚えてないんだよな?」

「……うん、無理に思い出さなくていいってジョコーソさんにも言われてるし、深く考えないようにしてる」

そこでふっと会話が途切れた。今日何しようって話だったはずなのに完全に脱線していたことに気づく。……このまま夜まで喋り倒すのは結構難しいよな……。

と思っていたところでハルトが立ち上がった。

「ごめん、用事があるのを思い出した。僕は〈覚醒者〉検定所に行ってくるよ」

「検定所?……あ!なら俺も行く。初日に荷物忘れてきたんだよ、取りに行かなきゃ」

「荷物だけならついでに取ってこようか?僕の用事はちょっと時間がかかるからアキラを待たせちゃうだろうし……何よりアキラは今日は外出しないほうがいいと思うよ。体調がまた悪くなるかもしれないからね」

「あ、あー……それもそうか。うん、お願い、しようかな」

「わかった。じゃあ、留守番をお願い。宅送用のカタログはそこにあるから、あまり高くないものなら好きに買っていいからね」

「えっ、いやそれはさすがに……。……暇つぶしに見るくらいにしとく……」

そして30分後、身支度を整えたハルトは家を出ていった。1人残された俺はさてどうしようかと家の中を見回す。

「割と元気なんだよなぁ……」

しっかり寝たからか、俺は比較的元気だ。むしろ朝方ふらついていたハルトのほうが心配なんだが……まあさっきは元気そうだったし大丈夫……だろう、たぶん。

「あ、そうだ」

ジョコーソに自立の方法を相談してみようと思い立つ。この時間ならまだ家にいるはずだ。

朝の支度で忙しいって追い返されたらそのときはそのときで約束だけでも取り付ければいい。俺も身支度を整えて、再びジョコーソの家に向かうことにした。

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