第19話 告白(1)

そうして俺はペザンテの案内で研究所の中を見学した。

パルティトゥーラ人が興味を持つような『物語』を作るにはどうしたらいいか議論している人、演奏会に向けて楽器の練習をしている人、前世の故郷の伝統的な遊びを交代で披露して遊んでいる人、パルティトゥーラの言葉と別世界の言葉を並べて共通点を調査している人、子供向けの絵本を作っている人……ぱっと見あまり「仕事」っぽくはないが、皆「この世界の人達を楽しませるためにはどうしたらいいか」を真剣に考えているようだった。

「こうやって見ると思ったよりちゃんとしてるっていうか……俺の知識で何ができるのかなって思えてくるな」

「みなさん大体そう言われますね。『ここまで真剣に遊んでなかった』って。実際いきなり自由にやれというのも難しいですし、最初は人手が足りないチームに混ざってもらっています。そうやっているうちに自然と『次はこれをやったらどうか』という話になって、新しいチームが生まれるんですよ」

「へー……」

廊下突き当たりの壁に巨大な地図が貼られている。でこぼこな海岸線まで書かれているそれは、この国全体の地図のようだった。それを見上げながら、ペザンテは言った。

「僕たちは〈覚醒者〉の皆さんから多くのことを学んできました。古くは戦争、治水、そして政治。そうやって成功例を学ぶことで不安定な社会を安定させ、この美しく合理的なパルティトゥーラの街を手に入れました」

「…………」

「……本来ならば僕らにもあったはずなんです。古くからその地域に伝わる遊びや文化が。だけど、時計ができて僕たちは規則正しく生きるようになりました。理想的なモデルケースばかりを吸収し、人生すら最適化していきました。必要なときに、必要な人とだけ付き合う。子供も必要なだけ作り、幼少期から学校に入れる。そういう合理性を追求していった結果、気づけば僕らは『余分なもの』を失っていったのだと思います」

「……」

「この街の人にとって遊びとは、旅行と同義です。見たことのない景色を見て、食べたことのないものを食べて、自然の中で身体を動かす。……それは一生に何度もできることではありません。もちろんそれ自体を趣味にしている人を否定するつもりはありませんが……僕は、あなたたちにとっての漫画やゲームのように、娯楽というものがこの街の人にとっても、もっと身近で、日常的に親しめるものであってほしいと願っています。それが当たり前になるのは、きっともっと先の話だと思いますが」

「……ペザンテも真剣なんだな」

「それはもう。『仕事』ですから。一生をかけて成し遂げたい、僕の夢です」



その日の帰り道。

仕事に誇りを持っているペザンテの言葉にちょっと感動していた俺は、自分には何ができるだろうといろいろ想像しながら家に向かっていた。

そういえばこうやって自由にあれこれ考えているのは久しぶりな気がする。やっぱりルーチンワークだと考えることも必然的に身の回りのことだけに固定化されるのかもしれない。人には娯楽が、息抜きが必要。本当にそれだ。そう思う。

(そういえばハルトと『遊んだ』ことはない気がするな。二人でできるゲーム……電源も特別な道具もいらないやつ……うーん、マルバツとしりとりしか思いつかない……!石があればオセロとかできるんだけど……)

研究所の人に二人でできるゲームとかあれば聞いてみようかな、と考える。ハルトも何か覚えてないだろうか。文化とかは覚えてるって言ってたし、何かあるかもしれない。

約1時間半地下鉄に乗って、家の最寄り駅へ。これを毎日はちょっと大変かもしれないな、と思う。でも寮に入る気はなかった。なんだかんだでもう二人暮らしに慣れてしまったし、それに今のハルトを置いていくのはちょっと心配だった。

(……とにかく、安心させてあげないとな)

俺はちゃんと所属先が決まったし、ハルトが許してくれるならこれからもハルトと一緒に暮らすつもりだ。決意を固めて、よし、と呟いた頃に家につく。

「ただいまー」

「……アキラ、おかえり。どうだった?」

先に帰っていたらしいハルトが出迎えてくれる。すぐに結果を聞かれてしまったので、玄関で靴を脱ぎながら答えた。

「うん。無事決まったよ。研究所所属になった。もう明日から来てくれって」

「……そう、よかった。何か必要なことはある?手続きとか、引っ越しの荷造りとか……」

「手続きは自分でやるよ。家は、寮もあるけど、ここから通ってもいいって。……だから、ハルトさえよければこれからもここに住ませてほしい。家賃とか、今まで頼りっぱなしだった分も含めてお金はちゃんと出すから。いいかな?」

「…………うん。もちろん。構わないよ」

「ありがとう!」

「じゃあ今日はアキラの就職祝いでご飯もちょっと豪華にしようか。すぐ作るから待ってて」

「わかった、その間に先にお風呂入ってくる!」

ばたばたと階段を登ろうとして、あ、と思い出す。カンタービレからの伝言があった。

「そうだ、ハルトもそのうち研究所に来てほしいって所長が言ってた」

「え、僕が……?」

「うん。なんか……えーと、俺との関係を根掘り葉掘り聞きたい、って……。た、たぶん〈覚醒者〉が〈覚醒者〉の後見人をやってたことについていろいろ聞きたいんじゃないかな?わかんないけど」

……ちょっとだけ逃げの表現になった。だって、関係を怪しまれてるみたいで……とか言ったらそれこそなんか藪蛇な気がするし……。

とにかく、俺はこれからもここで暮らすんだからハルトとぎこちなくなるのは困る!すごく困る!ハルト本人から言われたらもう腹を括るしかないけど、外野のせいで気まずくなって居づらくなるのはイヤだ!

「………………」

「……ハルト?」

「……ああ、うん。ごめん、ちょっとどう反応していいかわからなくて。……そうだね、考えておくよ」

「ごめんな、なんか急に。じゃあ、お風呂入ってくるから!」

「うん、ゆっくり入っておいで」



アキラが二階に消えるのを見送ってから、ハルトはそっと目を伏せた。

「…………いつまでもこのままじゃいられない、……か」

台所に向かい、戸棚を開ける。錠剤が二粒入った瓶を手に取って、その二粒を水で雑に流し込んだ。

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