第20話 告白(2)

宣言通り、その日の夕食はちょっとだけ豪華になった。シチューに入っている燻製肉がちょっと大きめにカットされていて、お祝いだからと炭酸水サイダーも開けてもらえた。

「ありものでごめんね」

「そんなことないって、シチューすごく美味い!あ、初任給入ったら今度は俺が材料買っていろいろ作るから!」

「――――ん」

ハルトはその晩、ずっとにこにこふにゃふにゃと笑っていた。お酒を飲んでいるわけではないんだけど、酔っ払うとこんな感じになる人いるよなーって感じで、ふにゃふにゃになっていた。

だけど、明日に備えて寝ようかというタイミングでふっと真面目な顔になって俺を呼んだ。

「明日の朝、少し早く起きれる?」

「ん?何かあるのか?」

「ううん。……少し、アキラと話をしたいなと思って」

「――……」

「僕は先に起きて待ってるから。……それじゃあ、おやすみなさい」



一階に降りていくハルトを見送ってからもしばらくその場で固まっていたけれど、部屋がかなり暗くなったのに気づいて慌ててベッドに潜った。

(……わざわざ早朝に話って、何!?)

――これは、いや、その、確信は持てないんだけど。

でも、その。これからも同じ家で暮らすのに、雑談でわざわざ朝から呼び出すなんてことはないだろう。きっと、……いや、確実に重要な話だ。今日のご飯時に切り出さないくらいには、大事な。

主に異世界転生に偏った知識をあれこれ総動員させてみても、やっぱりこの可能性が一番高いんじゃないかという結論に至ってしまう。

これはやっぱり。……告白なのでは。

(このタイミングで!?俺明日初出勤なんだけど!!?)

いやでも、むしろ俺が自立する記念日でもある。そこを区切りに、新しい関係を始めたいと思ったのだろうか。

もしかしたら、俺が自立する日まで待っていたのかもしれない。確かに衣食住全部依存している居候の身で家主から告白されたらだいぶ断りづらいし、断ったとしても居づらいだろう。俺が「そう」じゃなくなった今だから言えると思ったのかもしれない。

(確かにハルト、そういう気は遣いそうだしな……)

王子様みたいに優しくて、たまに心配になるくらいに優しすぎて、いつも穏やかで、怒るとか全然想像がつかなくて。

1ヶ月近く一緒にいて、嫌だなと思う瞬間が全然なかった。昔の友達みたいにぎゃあぎゃあ騒いで笑ってなんてことはなかったけれど、一緒の空間にいると落ち着いて過ごせるし、危ないところは何度も助けてもらえた。――そう。ハルトは勇士なのだ。

そんなハルトを、俺はどう思っているのか――……。

(……好きだけど、そういう意味で好きかって言われるとやっぱりわからないな……)

エロいことしたいとか、もっと触ってみたいとか、そういう欲求はない。そばにいるだけで俺は十分だ。……うわー!なんか自分でもわからん!純愛なような!単なるお友達のような!

(でも、ハルトがもしそういうのを望んできたら……?わか、……わからない、時と場合によっては、……OKする……かもしれない……?いやいや飛躍しすぎだ俺!)

落ち着け落ち着け。これで眠れなくなって明日寝坊したらそれこそ気まずいなんてレベルじゃないぞ。

そうだ、告白以外の可能性を考えよう。例えば……朝焼けがすごくきれいに見える日とか?……いや、だったらもっと具体的に時間指定するよな……。あと朝焼け見に行くなら普通にそう言うよな……。あんまりハルトってサプライズとかするタイプじゃないだろうし……。

いや、もう、明日の自分に全部任せてとにかく今日の俺は寝る!!!



――と、緊張の夜を過ごした翌朝。

「……夜、明けてるよな……?」

怖くてシャッターは開けられないけれど、仄かに部屋の明かりが点いている。時計を見ると、朝の4時を少し過ぎたところだった。さすがに早すぎるかなと思いながらも着替えて一階に降りる。

ソファには既に身支度を終えたハルトが座っていた。――警備隊の制服。ということは、話を終えたらここには戻らず出勤するつもりなのだろう。

「……おはよう、アキラ。早起きだね」

「おはよう。ハルトこそ……もういつでも仕事行けるみたいじゃんか」

「……何を着てもよかったんだけど、これを着ているときが一番気が引き締まるからこれにしたんだ」

「似合ってると思うよ。やっぱり、ハルトがそれを着てるとかっこいいなって思う」

「ありがとう」

ハルトは微笑んで、立ち上がった。

「行こうか」

「え、どこに……」

「行きたいところがあるわけじゃないんだ。ただ、……そうだね。散歩しながら話したいかなって」

「……わかった」

二人並んで朝の街を歩く。意外なことに昼間よりも人通りが多かった。すれ違う人はハルトに気づくと次々と会釈してくれて、ハルトもそれに律儀に返す。数人で固まってランニングしている人達もいた。

「まだ4時半なのに人が多いな……」

「この時間は貴重な自由時間であり、運動時間でもあるからね」

「ああそっか、確かにこの世界だと夕方走るより朝走ったほうがよさそうだな……」

一日の始まりに軽く走って、シャワーで汗を流して、朝食を食べてから仕事に行く。帰ったら夕食を食べて、湯船にゆっくり浸かって、温まった状態でぐっすり眠る。……理想的過ぎるくらいに理想的な毎日のルーティンだ。それを実現できる人がこの地区内だけでもこんなにいるのだと思うと畏敬すら覚える。

「……もう少し歩こうか。ここで立ち止まると走る人の邪魔になりそうだし」


そのまま家から離れて、最寄り駅とも逆の方向へ。大きな通りを渡ったところで、ふっと人影が途切れた。


「僕は君に出会って、ある一つの感情を思い出したんだ」

ハルトが足を止め、口を開く。俺も立ち止まり、ハルトの次の言葉を待った。

「…………」

「覚えているかい?僕と君が初めて出会ったときのこと」

「……〈覚醒者リズベリオ〉検定所のことか?」

ハルトは目を細めて微笑む。たったひと月前のことだ。忘れるわけがない。

ハルトがいなければ、きっと俺はこの世界にまだ馴染めていなかっただろう。

出会えてよかったと、本当に思う。

「……検定所で君に声をかけたのは、ただの興味だった。僕と同じ日本からの転生者は一体どんな人なんだろう、って」

「え、……あれ?あんた記憶が……」

思わず久しぶりにあんた呼びをしてしまった。確かあのときのハルトは『地球から来た』と言っていた。俺が薄々そうかもと思っていただけで、ハルト自身が日本人だと名乗ったことはこれまで一度もない。

「……黙っていてごめん。本当はとっくに思い出していたんだ。それでも僕は『勇士ハルト』だったから。なかなか言い出せなくて」

「…………」

どういうことだろう。『日本人だ』と、日本人の俺に名乗ることにそんなに不都合があったのだろうか。話の終着点が見えなくて、とにかく、ハルトの次の言葉を待った。

少し長めの沈黙のあと、ハルトは再び口を開いた。

「……ずっと、言わないといけないと思っていた。今日まで言えずにいたのは、僕の弱さだ。君の優しさを、友としての君を、失うのが……怖かったから」

――あ、これはやっぱり告白じゃないだろうか。

嘘をついて近づいて……でも一緒に過ごすうちに好きになってしまって本当のことを言わなきゃいけないと思って……とか、パーティに最初からいる元裏切り者とかでありがちな台詞だ。なんでそんなことをハルトがしたのかは気になるけれど、でも。

「……、……いいよ、言えよ。……だ、だいたい何が言いたいかは想像がついてるから」

でも、聞かない理由はない。まだ少し躊躇している様子のハルトを促すと、

「ああ、……君も、気づいていたんだね……」

ぞっとするほど綺麗な顔でそう呟いた。


――待ってくれ、ハルト。咄嗟にそう思う。

なんで今、そんなに苦しそうな顔をするんだ。

少しずつ太陽が昇る。夜明けの空の光が、俺達を照らし始める。

こんなに明るいところにいるのに、ハルトの顔は人形のように白い。

すべての覚悟を決めたようにすら見える。

待ってくれ、何を言うつもりなんだ。いやだ、何か、嫌な予感が――。


「僕はずっと、君に償わなければいけないと思っていた」


償う。償い?――それは、

「…………何、を」



「僕の本当の名前は山崎大翔やまざきはると。今から24年前の2022年6月1日午後7時頃、名古屋駅前の進学塾から帰宅途中の君を――――殺した人間だ」

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