第42話 消えゆくように(3)

……言ってしまった以上、男に二言はない。

「えっと……じゃあ電気消すね」

「うん……」

……ないんだけど。

「おやすみ」

「……おやすみなさい……」

…………ないんだけど、なんか、めちゃくちゃ緊張してる。

部屋が真っ暗になってハルトの顔も見えなくなるけど、息の音とか、衣擦れの音とか、むしろ真っ暗な分よく聞こえてくるようで。

(……や、やばい、心臓すごいばくばくいってる……)

ハルトは俺と同じ男で、一緒にベッドで寝るのだってこれで二度目だし、ここまで緊張する理由ないような気がするんだけど。それでも緊張するってことはやっぱり。俺がハルトのことを、そういう意味で意識してるってことで…………。

(……あああこれ、ハルトに聞こえてないかな、ないよな……!?とにかく早く寝ないと……!)

「…………」

「…………」

「……アキラ」

「……!な、なに……?」

「やっぱり、まだ起きてた」

「…………あ」

しまった、寝たフリしておいたほうがよかったか?と焦ったけど、返ってきたのは微かな笑い声だった。

「……昨日さ、家に帰ったら話すって言ったこと、今話していい?」

「あ、そういえば……。うん、いいよ」

危うく忘れかけてた。最後の秘密……名前の話って言ってたっけ。

話を聞くために身体ごとハルトのほうを向く。見えないけれど、ハルトも俺のほうを向いたようだった。同じベッドの中で向かい合う。

「…………この世界の人は、魂に由来する名前をつけられる……っていうのは、知ってる?」

「うん」

「……僕も例外じゃなくて」

「…………」

「僕につけられた名前は『モレンド』。……消えゆくような、絶え入るような……そういう意味でね、少し珍しい名前なんだ」

「珍しい?どうして……」

「この名前がつけられた子供は早死にしやすいから」

「――――」

「魂が死に向かっている……とでも言うのかな。この名前の子は生まれつき身体が弱かったり、小心者だったり、そういう子供が多いんだ。そしてその多くは子供のうちに死ぬ。……だから僕は、生まれたときから家族に期待されてなかったんだ」

――大勢子供を作って、一番優秀な者を次期当主にする……。

ジョコーソの話を思い出す。一番優秀な者にしか価値がないんだったら、ハルトは名前の時点で不利だったということだ。

「結果的に僕は〈覚醒者リズベリオ〉で、あの家を出ないといけなかったのだから早々に次期当主候補から外れていたのは不幸中の幸いってところだったんだけど……。…………だんだん話したいことから離れていっちゃってるな……。ええと……」

「大丈夫、ちょっと遠回りになってもちゃんと聞くから」

「ありがとう。……うん、そう、つまりさ、僕が……他の人よりも不安になったり、死にたくなったりするのは魂に刻まれた運命……みたいなもので」

「…………」

「アキラが僕をもう一度受け入れてくれたのは嬉しいんだ。……嬉しいんだけど、それでも拭いきれない不安があって……。……きっと、アキラやジョコーソさん、皆が期待するようには、僕はうまく立ち直れないと思う。……そもそも、立ち直った自分っていうのがどういう状態なのかもわからない、未知の自分だから……」

「…………ハルト……」

「でも、でもね。期待もしているんだ。未来は不安だけど、期待してる。……アキラが僕の手を取って間違った方向に進まないようにしてくれるから、こんな僕でも前に進めるんじゃないかって思える。morendoの消えゆく運命が、変わるような気がするんだ」

暗闇の中、手が触れる。微かに震える左手が、俺の右手に重なって、そっと握られる。

「……これだけ迷惑をかけて振り回したあとでこんなことを言う資格はないのかもしれないけれど」

「…………」

「……僕は、アキラが好き。僕の立場じゃなくて僕自身を見てくれて、それでも一緒にいてくれるって言ってくれた君が……好きなんだ」

「ハルト……」

「…………」

手が重なったことでわかる。ハルトも緊張している。俺のものなのかハルトのものなのかはっきりしないくらい、二人の鼓動の音が重なっている。

「……俺も」

何かいいことを言おうと思ったけれど、浮かばない。言葉の代わりに手を握り返す。

「俺も、ハルトのことが好きだよ……」

「…………ッ」

「……うまく言えないんだけどさ、俺、こんなに誰かのために頑張ったり、必死になったり、泣いたり、喜んだり、……こんなに心の中めちゃくちゃになったの初めてなんだ」

恋、とか、前世でも漠然としたものしかしたことがない。それこそ同じ幼稚園の可愛い女の子とか、雑誌に載ってたグラビアアイドルとか、相手のことを詳しく知ってるわけじゃないのになんとなく好きになってたっていうのばかりで。

たった1人にこれだけ感情が乱されて、それでも一緒にいたいと強く思ったのはハルトが初めてだった。

「俺はハルトのことどう思ってるんだろう、この気持ちはなんなんだろうってずっと考えてた。そんなときにハルトがいなくなって……真実を知っても恨む気にも憎む気にもなれなくて……とにかく話がしたくて……またここで一緒に暮らしたくて……」

「…………」

「俺にとってハルトは特別で……好きなんだって思ったらすごく腑に落ちた。だから今……すごく嬉しい」

「…………ッ……」

ぐすっ、と鼻を啜る音がする。……ハルト、泣いてる?

「は、ハルト……」

「……ッ、ごめ、……その、うれし、くて……。こんな、……ことって……」

「こんなこと、あるよ。……両思いだったんだ、俺たち」

「……夢じゃ、ない……?」

「夢じゃない」

ハルトの背中に手を回して抱き寄せる。少し戸惑った様子の腕が俺の背中にも回された。

「……夢じゃないよ」

「…………うん。……アキラの身体、あたたかい」

子供をあやすように、ハルトの背を軽くとんとんと叩く。俺の胸でハルトが泣きじゃくる声がする。ずっと、もう大丈夫だよと囁いていた。


……どうか、ハルトの中に根付いた苦しみが、その涙と一緒に流れ出ていきますように。

そんなことを祈りながら、夜を過ごした――。




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