第43話 暁のモレンド ―Dal Segno―

パツ、パタ、パタン、トン、パン、パタン……。

「…………」

不規則な、何かを叩くような音で目が覚めた。目の前が暗くて、あたたかい。

「……あ……」

思い出す。アキラの腕の中で泣いて……そのまま寝てしまったらしい。

「アキラ……」

「……っ、……ハルト……」

「……?」

「この、音、……『夜』に聞いた……」

アキラの身体が強張っている。優しく背中を撫でて、ささやく。

「大丈夫。雨のしずくが屋根の窪みに当たってるだけだよ。……もう朝だから、目を開けても恐ろしいものはないよ」

「…………、……あぁ……」

アキラの身体からほっと力が抜けていく。……もしかしたらアキラは僕よりも早く起きていたのかもしれない。それでこの音を聞いて、夜を思い出して、固く目を閉じていたのかもしれない。

「ごめんね、怖かったね。もう大丈夫だよ」

昨日優しくしてもらったお返しに、今度は僕がアキラを慰める。力が抜けていた身体が、また急に動いてアキラが起き上がった。

一瞬不安になったけれどその不安はすぐに消える。アキラの顔が、真っ赤だったからだ。僕も身体を起こして、改めてアキラを見る。

「……………………」

「……おはよう。ふふ、照れてる」

「て、てっ……照れるよそりゃあ!?ハルトはなんでそんな平然と……あ、いや……」

「…………」

「ハルト、その……顔はそうでもないけど、耳が赤くなってる……」

「えっ……。~~……」

お互い赤くなった部分を見つめあいながら、ちょっとの沈黙。

耐えきれなくなったのか、先にアキラが口を開いた。

「……お、……起きようか!まだ全然、早いけど!」

「そうだね、散歩にでも行く?」

「うん……!」

時刻は朝の4時半過ぎ。――奇しくも、あの日と同じくらいの時間だった。



お互いラフな服に着替えて外に出る。傘も念のために持ったけれど、差さなくても大丈夫そうだった。

「水たまりがあちこちにあるや」

「夜の間に結構降ったみたいだね。滑らないように気をつけて」

「大丈夫だって――あっ!」

アキラが少し大きな声を出して、空を指差す。その先には――。


「虹だ!……えっ、すごい、あんな虹初めて見た……」


――赤と青の混じった暁の空に、線を描くような七色の虹。


『――おかあさん、あれはなに?なんでおそらにあるの?』

『――あれは虹って言って、……えっと……なんでできるんだったかしら。ごめんね、帰ったらすぐに調べてみるわね』


……雨が降ったのだから虹は出るだろう。

大気中の水分がプリズムの役割を果たし、太陽光を七色に分ける。虹の正体はそういった、地球でもこの世界でも共通の自然現象に過ぎない。

だけど。


「きれい……」


それに心を奪われたように見惚れているアキラを見ていると、この虹が、まるで僕らのための奇跡のように思えてくる。


「……うん」


ずっと勉強ばかりしてきた。

知らないことは、己の知識の足りなさを突きつけられるようで怖かった。

だけどアキラといるときは、知らないことを一緒に考えるのが楽しかった。

知らないことがあると気づくのも嬉しかった。


出会いは完全な偶然ではなくて。

どれだけ謝っても償えない罪があって。

僕は本当は、祝福されてはいけない存在なのかもしれないけど。それでも。


「すごく、きれいだ」


君のその輝きに、僕は焦がれたんだ。


「……ハルト……?」

「なに?」

「……い、今、虹の話、してた……んだよな?」

「……さて、どっちだと思う?」

「どっちって……!」

「少し、歩いてみようか。……知ってる?虹のふもとには宝が眠ってるって話」

「知ってる。子供の頃にさ、行ってみようって友達と走ったことがあるんだ。誰が一番最初に宝を見つけられるかって……」

「どうなったの?」

「もちろん辿り着けなくてさ。隣町まで行っちゃってみんなで泣きながらここどこって言ってたらおまわりさんに家まで送り届けてもらってさ、すごい叱られたなあのときは……」

「……でもきっと、それは無駄な経験じゃなかったと思うよ」


the pot of虹のふ gold at the もとには end of that rainbow金の壺がある ――英語ではそんな風に言って、見果てぬ夢だとか、届かない理想だとか、そういう意味がある言葉だけど。


「……そうだな、うん。無駄じゃなかった。今はこうして笑い話にできてるし!」


それでも、アキラと一緒ならどんな未来だって乗り越えていける気がする。


「……ハルト」

「うん」

「手、つないでいい……?雨上がりだから……その、走ってる人もいないし……」

「……いいよ。その前に、僕からもいいかな」

「何?」


立ち止まって見つめ合う。肩に触れたら、僕の気持ちがアキラにも伝わったようだった。

僕は少しだけ屈んで、アキラは少しだけ上を向いて。


「――――」


そっと、唇を合わせた。




消え入るような死の夜を越えて、遍く大地を照らす暁の光。

僕のような人間でさえ、君と一緒なら、前を向いて歩いていける。




『暁のモレンド』 Fine.

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暁のモレンド シロ @siro_xx

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