第22話 空白の3年間(1)

次に目を開けたとき、ベッドの横には私服のピエトーゾがいた。

「……あれ、……」

「お久しぶりです、アキラさん。身体は起こせますか?」

言われて起き上がってみる。寝起きのだるさはあるけれど、それ以外は特になんともなかった。改めてピエの顔を見て頷く。

「なんでここに……?」

「ジョコーソさんから呼ばれました。顔見知りの療法士に診てもらいたいと」

ジョコーソに呼ばれた?……ああだめだ、なんだか眠る前の記憶がぼんやりしている。……だけど、ハルトに言われたことはハッキリ覚えている。ぼんやりしているのは家に帰った辺りからだ。

「……記憶に混乱がみられますね。まあ、仕方がないです。緊急時とはいえ耐性が無い方にこんな強い薬を飲ませたんですから……」

ピエがベッド横に置かれた瓶を見ながら溜息を吐く。

「そのア……アンシオリティコ?って、強い薬なのか?」

「抗精神病薬の中ではそれなりに。強い不安衝動があるとか、パニック症状があるとか……通常はそういう方にしか処方されません」

「それ、ハルトの薬なんだ」

「勇士ハルトの?」

ピエが目を丸くした。俺も驚いている。不安衝動?パニック症状?そんな様子いままで――……。

……なかった、と、言い切れるだろうか。不自然な言動が、今まで一度もなかったかと。

「……なあ、この薬について詳しく教えてくれないか?」

「……処方目的はさっき言った通りです。作用としては精神安定、緊張で強張った筋肉を弛緩……ゆるめる効果があります。副作用は用法用量を守っている限りはあまり出ませんが……過剰摂取でめまい、ふらつき、眠気、あとは表情筋も緩むため笑ったような顔になることがあります」


――――……。

『……ごめん、ジョコーソさんを呼んでくるね……』

『あ、おい、ハルト……!』

立ち上がったハルトはこっちが心配になるくらいにふらふらだった。咄嗟に追いかけて支える。


『洗面所にアキラの服を置いた後に急に眠くなって……とにかく床で寝るのはまずいと思って寝室に入ったところまでは覚えてるんだけど、そこから先は何も……』


『……笑ってた?』

『笑ってた。はっきり笑ってるというよりは、なんかこう、ふにゃっとしてたけど』

『ふにゃっと……。あはは、なんでだろ。特になにかあったわけではないんだけどね』


……思い当たることが、いくつもある。

ふらつき、眠気、本人に自覚のない笑い。どれもここ10日ほどのことだ。過剰摂取……不安で、普段よりたくさん薬を飲んだってこと……?

顔を上げてピエを見ると難しい顔をしていた。

「私は勇士ハルトの療法士ではないのでこれ以上のコメントは控えます。面識もないですしね。……ただ、あなたの治療と話し相手となるために来たと思ってください」

「うん。……それでも助かるよ。ありがとう。正直今1人でいたら、また頭の中こんがらがってダメになりそうだったから……」

「……ただ、私は職業上対話をすることには慣れていますが、あなたとは数日移動を共にしただけの関係ですから。あまり慰めとかそういうのは期待しないでくださいね」

「それはいいよ。立ち直るのはどうにか1人でやるからさ。それより、聞いてもいいか?」

「なんでしょう」

「ハルトは結局どうなってるんだ?今……」

ピエが驚いたような顔をした。

「勇士ハルトのことを気にしているんですか?前世のあなたを殺した張本人だと告げて出ていったんですよね?」

「そ……そりゃ気にするよ。そもそもどうして殺したのかとか、何があったのかとか、そういうの全然聞けないまま行っちゃったし……ハルトだって〈覚醒者リズベリオ〉なんだから他に行くあてはないだろうし、夜になったら危険だし……」

はっと気づいて時計を見る。15時半。そろそろ昼の刻が終わる。まずい。

「ハルトを探しに行かないと……!」

「それはジョコーソさんと警備隊の皆さんがやっていますのでご安心ください。あなたが行く必要はないんですよ」

「でも……!」

「……私の役割はもう一つ、あなたが勝手にここを出ていかないようにするための見張りです。いいから大人しくしていてください。食事でも用意しましょうか」

「…………っ……」

ピエの言葉は冷たいようにすら感じるが、でも、わかってる。これでもこの世界の住人の「当たり前」から少し逸脱しているくらいなのだ。

ここでピエを困らせてもお互いいいことはない。身体から力を抜いて息を吐いた。

「……ごめん。大人しくしてるよ。まだ食事はいいや、水だけ欲しい」

「わかりました。持ってきます」

ピエが立ち上がり、階段を降りていく。ベッドから窓のほうに視線を向けた。朝からずっとシャッターが閉まりっぱなしの窓。今日はもう開けてはいけないだろう。

…………ハルトは、どこに行ってしまったのだろう。

あんなことを俺に言った手前、ここにはもう戻ってこないかもしれない。それならせめて、安全に過ごせる場所にいてほしい。……俺は、言いたいことも聞きたいこともたくさんあるけれど、それでもまだ、ハルトを恨んだり、憎んだり、嫌ったりはできそうにない。

俺の中のハルトは、俺に優しくしてくれた、少し年上のかっこいい人のままなのだ。

「お待たせしました。どうぞ」

コップを受け取って水を飲み干す。相当喉が渇いていたんだと今更のように気づいた。

「……ありがとう。……ええと……。……あ、そうだ、ピエはまだマコの村に帰ってなかったんだな」

「いえ、半月前に一度帰りました。今回はたまたま別件で来ていて」

「え、もしかしてまた〈覚醒者〉が見つかったとか……?」

「田舎の村でそんなにポンポン見つかりませんよ。今回は魂の買い付けです」

魂の買い付け。ちょっと……だいぶ聞き慣れない言葉だ。

「……魂って売買されてるの?」

「はい。……アキラさん、この世界での子供の作り方ってご存知ですか?」

「確か、魂を両親二人の遺伝子で……こう……包み込む、的な?」

「だいたい合っています。そこから説明するのは面倒だったので助かります。その遺伝子縫合の際に使用する魂です。都会の病院であれば子作り希望者も多いので魂も定期的に入荷されるんですが、マコのような小さな村だと子作りの要望をいただくたびにこうしてパルティトゥーラまで出向いて買い付けにこないといけないんです」

「そんな……魂ってそんなモノみたいな扱いなの……?」

「はい。裸眼では見えませんが、魂内部の情報を解析する技術もありますよ」

「すっごいなこの世界……」

「ちなみに希望者はあなたのご両親ですよ」

「…………マジ?」

「はい。一人息子のあなたが〈覚醒者〉として家を出て行かれたので、次の子供を希望されるのは当然かと」

「……………………」

マコの村の両親は、どちらも四十代くらいだったはずだ。今から子供を……いやそうか、高齢出産みたいな概念がないんだここは。だから無事に生まれてきて……育てて……成人する頃には六十代……確かに理屈としては可能だけど、なんだかくらくらする。俺が出ていってからまだ1ヶ月なのにそんなあっさり次の子供作るの?

(……もしかして、ハルトが実家に連絡するのやめとけって言ってたのはこういうことだったのかな……)

確かに当時の俺が手紙書いて送って、その返事で「次の子供作ってます」とか言われたらだいぶこう……うん……ビビっただろうな……この世界にそこそこ慣れた今でもちょっとビビったけど……。

「保険として更にもう一人作っておくことを勧めたんですけど『子供二人を食わせられる金はうちにはない』と言われてしまいまして……。田舎はこういうところが難しいんですよね。パルティトゥーラだったら子供は5歳から18歳までずっと公費で全寮制の学校に入れるので食費なんて気にしなくていいんですけど」

「…………」

「あら、どうしました?」

「い、いや……。……この世界には慣れたつもりだったけど、……そうでもなかったんだなって思っただけ……」

「そうですか?なら話題を変えましょうか。……あ、そうだ。ジョコーソさんから話を聞いて気になっていたことがあったんです」

「何?」

「あなたが死んだのは勇士ハルトより後じゃないと計算が合わないんです」


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