第23話 空白の3年間(2)
ピエは鞄からノートを取り出し、いいですか、と俺に向けて白紙のページを広げた。
「転生は元の世界で死んでから7日以内。これはご存じですよね?」
「うん」
「〈
「大丈夫」
「そして、勇士ハルトは24歳。アキラさんは21歳。……あなた最初に18歳って私に名乗りましたけど、21歳が正しいはずですよね?」
「……まあ。……俺が嘘ついてるって言いたいのか?」
「そうじゃないです。あなたの意識の年齢はこの際どっちでもいいです。大事なのは死んだ年齢」
白紙のページに縦長の線が引かれていく。その横に、1998、1999、2000、…と等間隔で数字が書かれていく。
「アキラさんにわかりやすいように、パルティトゥーラ暦ではなくそちらの世界の西暦でお話しします。生まれは何年でしたっけ?」
「2004年……」
2004の横に『アキラ誕生』、そこから21年後の2025年に『アキラ死亡・〈覚醒者〉に』とピエが書き足す。
その更に21年後、2046年に『スケルツァンド21歳』と書かれた。
「西暦2046年……パルティトゥーラ暦851年がここ。現在です。ここまではいいですか?」
「うん、わかる。大丈夫」
「では勇士ハルトの生まれ年を逆算しましょう。今から24年前なので……」
……西暦2022年『ハルト死亡・〈覚醒者〉に』、更に24年前の1998年『ハルト誕生』…………。
「……あ」
「気づきましたか?……勇士ハルトのほうがあなたよりも3年も早く死亡しているんです。……一体どうやってあなたを殺したんです?」
「…………」
俺の肉体の年齢と精神の年齢が3年ズレていることは前から気になっていた。
だけどズレはそれだけじゃない。こうやって改めて書き表してみるとわかる。ハルトが俺を殺せるはずがないのだ。
「どういう、ことだ……?」
「可能性はいくつかあるでしょう。まずは単純に勇士ハルトの勘違い、あるいは人違い」
「いや、……いや、それはない……と思う。俺の記憶も2022年から先がないんだ。……2022年に何かがあったのは間違いないと思う」
「では、何らかの遅効性の毒などで本当にあなたを3年後に殺したと?そちらの世界ではそんなことができるんですか?」
「……………………」
……なんだろう。例えば、殺したというのは間接的に……とか?
例えばハルトが車の設計とかやってて、その車が3年後に俺を轢き殺したとか……いやでもそれだと2022年から2025年までの記憶がないことに説明がつかない。18歳より前の記憶がこんなにはっきりしてるのに、その3年だけまるごと忘れるなんてやっぱりおかしい。
だいたいそれをハルトが知る手段がないだろう。それとも俺の魂の記憶には俺を轢き殺した車の車種まで書いてあるってことなのか?
……いや、車から離れろ。手段は今考えたってわかるはずがない。……ただ一つだけわかるのは、ハルトが俺を「殺した」というのはあくまで結果であって、ハルトが俺を殺そうとして殺したわけではない可能性がそれなりにある、ということだ。
「…………どうやったのかはわからないけど、わざとじゃないなら俺はハルトを許せるかもしれないって思う。やっぱり、何が起きたのかを全部ハルトに聞きたい」
「…………〈覚醒者〉というのは不思議ですね」
「え?」
「故意でも過失でも自分が殺されたという事実がある以上、それは取り返しのつかない罪であり、裁きを受けるべきものではないんですか?」
「……なんていうかさ、憎めないんだ。そう思うには一緒に居すぎたんだよ。もし本当に初対面の時点で言われてたら俺もこの野郎一発殴らせろ、ぐらいにはなったと思うよ」
「相手との親密さで罰の大小が変わる……。やっぱり少し、感覚が独特だなと思います。私から見れば、という話なので否定するつもりはないですが」
「大丈夫、わかってるよ。俺もパルティトゥーラの人の感覚は変わってるなって思うことあるし……」
会話が途切れたところに、遠くからの鐘の音が割り込んでくる。夕の刻だ。
「そういえばピエは今夜どうするんだ?」
「今夜?……ああ、宿のことですか?こちらに泊めさせていただこうかと。ソファ使わせてもらいますね」
「それなら俺がソファで寝るよ。さすがにピエをソファで寝かせるのは……」
「私が二階でぐっすり寝ている間にあなたがこっそり抜け出さない保証はないでしょう?」
…………なるほど、一階で寝るのは見張りも兼ねてるのか。確かにこの家から外に出るにはリビングを通って玄関に行くしかない。当然、ソファの近くを通る。
そう言われると「いや、それでも女の人をソファで寝させるわけには……!」とも主張しづらい。大人しくピエの言葉に従うことにした。
「さて、では夕食を食べたいのでキッチンと食材も使わせていただきますね」
「あ、うん」
「何か食べますか?ついでに作りますよ」
「……それなら食べようかな。お願いしていいか?」
「いいですよ。起き上がれそうならゆっくりでいいので降りてきてください。お風呂も入れそうであれば入っておいてくださいね。後で私も入りますので」
一瞬ぎょっとしたけど、それを突っ込む前にピエはもう立ち上がっていた。
……ピエには男と二人きりで家にいるっていう危機感?緊張感?そういうものがないらしい。いや、仮に風呂上がりのピエを目撃したとしてじゃあ俺がピエを襲うかって言ったらまずしないと思うけど。しないと思うけど!
(本当にこの世界の人って他人に興味がないんだな……だから自分が他人から興味を持たれる可能性にすら思い至らないのかも)
少し前に半裸のハルトを見て大騒ぎした俺とは大違いだ……と少し遠い目になった。そして考える。
(……ハルトは今、どこで何してるんだろう…………)
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